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2013年1月

2013年1月21日 (月)

「果てぬ村のミナ」

先日、浜北の”なゆた”という公共施設で「果てぬ村のミナ」という映画の上映会がありました。

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この映画は、地元では話題になっており、職場でも「ああ、あの映画!」と知っている人がいました。というのも、水窪町という浜松市の北の果ての山村が舞台の映画ということで、ローカル局で報道されていたからです。でも、単に地元がロケ地になっているというだけなら、私はそれほど興味を持ちません。やはり、舞台が水窪というので、そりゃぁ観にいかないとと、思った次第です。

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龍山から佐久間、水窪に至る天竜川沿岸の村々は、まさしく、「天空の村」と呼ぶにふさわしいです。昨年、何度か国道152号線を北上しましたが、あんなところに道が!、村が!!と運転しながら驚いたものです。

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Aの印がついている地点が水窪地区です。以前は磐田郡水窪町でしたが、平成の大合併で浜松市に編入し、天竜区の一部となっております。Aの印から青い直線に沿って南下すると浜松市(私の故郷でもあります)の市街地へとたどります。この青い線は赤石構造線という断層であることは、以前のエントリーで記しました。赤い線はいわずと知れた、中央構造線です。

中央構造線と赤石構造線との交差点として、以前のエントリーでは佐久間町をあげました。確かに、中央構造線と天竜川とが交わるという意味では佐久間町は特異な地点です。この佐久間町から県道290号線(どうも、中央構造線の谷間に沿ってできている道のようです)を辿って至る地点が水窪町となります。下の図を見ていただければわかるように、断層の交差点としては、佐久間町よりも水窪町の方がふさわしい地点と考えられます。

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断層の走る場所は地質が脆くなるため、川に浸食されやすいことは何度も記しました。おそらく、中央構造線と赤石構造線とが交わる水窪地区は、そういう地質的特徴によって、山間部にもかかわらず開けた土地にも恵まれたのではないかと想像しております。私が行った時にはちょうど秋祭りの時期でしたが、文化にも恵まれた地区という雰囲気がありました。もっとも、この映画の舞台になったのは、町の中心から更に上ったところのようですが。

映画の話題から離れ、いつもの調子でクドクドと書いてしまいました。とにかく、水窪が舞台なら観なくては!と意気込んで、妻と一緒に行った訳です。

中央構造線と縁のある映画と言えば、「大鹿村騒動記」を忘れてはなりません。俳優の原田芳雄氏の遺作となった作品です。DVDを借りて観たことがありますが、中年の焼けぼっくいの顛末が面白く描かれていました。大鹿村には中央構造線博物館がありますが、それと並んでの観光資源が大鹿歌舞伎であり、それを題材に2011年に上映された映画が、「大鹿村騒動記」です。

”きっと、「大鹿村騒動記」を青春版にして、ミステリーを少々加味したような映画じゃないの?”が、「果てぬ村のミナ」を観る直前に、妻へ言った私の冗談でした。映画は年に1~2回しか観ませんし、”コクリコ坂から”では涙をダーダー流して劇場を後にしましたが、青春の恋愛ものを楽しむには、私は薹が立っております。なので、ストーリーはともかく、水窪の風景が多く観られれば良いという、極力軽い気持ちで席に着きました。

ところが、映画そのものも、本当に素晴らしかったです。自分の身体の中を、何かが吹き抜けていったような、衝撃にも近い印象が残りました。

これ以降はネタバレに近いことを記します。もしも、この映画を観る予定のある方は、「素晴らしい映画であり、是非観て下さい」とお伝えしますので、これ以降は事前には読まない方が良いと思います。興味をお持ちの方のために、公式サイト(リンクはこちら)で発表されている上映情報を記します。今のところ、静岡県内だけのようです。

平成25年1月22日 浜松市みをつくし文化センター

      2月3日  磐田市アミューズ豊田 ゆやホール

      2月2日~シネマサンシャイン沼津

鑑賞には制作協力券が必要です。詳細は、サイトをご覧ください(リンクはこちら)。

ーーーーーー以下、ネタバレに注意して下さいーーーーーーーー

ーーーーーー以下、ネタバレに注意して下さいーーーーーーーー

ーーーーーー以下、ネタバレに注意して下さいーーーーーーーー

たった一度しか観ていない映画です。ここに書き連ねることは記憶に頼っており、セリフも展開もウロ覚えで不正確なものであることは、どうかご了解下さい m(--)m。

衝撃的だったのは、ヒロインの松下神菜(ミナ)と、彼女が付き添って天音(あまね)村にやって来た老女(フミ)との関係です。チラシのStoryには「黒髪の美少女・松下神菜が、病に侵された祖母のフミとともに上ノ集落に越してくる。」と書いてあります。でも、二人の関係は孫ー祖母ではなく、本当は姉ー妹であったことが作中で明かされます。16歳の転校生としてやってきたミナはフミの姉であり、実は73才です。そこで初めて、「神菜が帰ってくる・・・60年振りに」という言葉の意味が観ている私たちにも理解できるのです。

ミナ自身が相手役である耕助に淡々と話すのですが、時として著しく成長の遅い子が生まれてしまう家系であり、その宿命を背負って70余年を生きているのがミナとのことです。「別に病気とかじゃないよ」と本人が言っております。その口調は、健気とか強がりといった響きではなく、ただ、そういうこと、というような明るく澄んだ、そして乾いた声だったように私は感じました。他言はしない方が良いと耕助に戒めますが、その理由もバチがあたるとか呪いがかかるとかというようなオカルトチックなものではなく、単に、「そんなことを言ったら、あなたが変人扱いされるから」というものでした。とにかく、ドライで現在的なミステリーなのです。「早発性老化」という、実年齢よりも老化が進行する病気があるのなら、その反対の事実があってもおかしくないのでは?と思わされるくらい、淡々とミナによって語られます。

しかしながら、ミナの語りと裏腹に重いのが、彼女の妹のフミとの死別でした。

ミナの秘密を嗅ぎ付けた新聞記者の永山に入れ知恵され、ミナの真実を探ろうと、彼女の担任の望月はフミ宅へ訪問します。60年前の写真をフミに見せ、「ここにいるのはミナさん、これはあなた、あなたはミナさんの妹ですね。」と問い詰めていきます。始めは、何を馬鹿なことを...と聞き流そうとしていたフミですが、望月の詰問にたまりかね、「何の権利があるの!」と激情を露わにします。そして、「あの子は見たくないものを見て、聞きたくないことを聞いて生きていかなくてはいけないのよ!」と望月に強く訴えていきます。その最中に発作が起こり、息が絶えてしまいます。望月を追ってフミのところへ向かっていたミナでしたが、彼女は間に合うことができず、そのまま別れとなってしまいました。

見た目は孫のようであっても、実際には自分の姉であるミナをかばって、「あの子は...」と望月に訴えていたフミの気持ちの複雑さが胸を打ちました。自分よりも年長(=人生経験が長い)ことはわかっていても、実生活ではミナを孫として扱わなくてはならないし、見た目も少女である。そのようなミナをおいてきぼりにして、自分は大人となり、老人となっていかねばならないことへの恨めしさもあった一言ではなかったかと思うのです。

置いていかれる寂しさは、ミナも感じていたようです。

フミの直接の死因を、望月と永山とのやりとりから知ったミナですが、何も言うことはありませんでした。ただ、「いつからか涙を流さなくなった」と耕助に寂しそうにつぶやくだけです。「悲しくないわけじゃないよ」と言いつつ。それでも、73年間を生きてきた証を、ミナは作中で示しています。耕助には、高校卒業後の進路のことで父親の無理解を彼がボヤいていると、昔、この坂を死にかけた子供を背負って下っていった母親のことを話して聞かせます。おそらく、もう死んでしまったであろう子供に、「(医者まで)もうすぐだから」と懸命に言い続けていたことから、”子供のことを本気で心配しない親はいないよ”と、諭すのです。

ストーリーの終わりの方では、村をひっそりと去る姿を、耕助の祖母であり、ミナの幼馴染でもあるハルに見られます。耕助を起こして来ると言うハルに、「良い、良い」というミナの口調は、松下神菜役の土屋太鳳さん渾身のババ臭さが出ていたと思います。フミの葬儀の時には、二人きりになった耕助に「一人でもやっていける背格好になったから」(この言い方もババ臭い)と強がりつつも、耕助の手にすがろうとしたミナでした。まだ若い耕助は、その手からナチュラルに離れてしまうのですが...。そういう切ないやり取りがありながらも、単身で村と別れる時のミナの落ち着きには、人生の実りが現れていたと感じました。今生の別れと覚悟したハルは、「また村に来て、私の墓参りをして」とミナに言います。それにミナはうなづきます。妹のフミだけでなく、ハルや他の幼馴染の老人たちからも置いてきぼりにされることを、彼女が受け容れた、とても重い一言だったと私は感じました。

ミナは来た時と同じように、電車に乗って村を去りました。祖母の様子から別離を察した耕助は電車を追って跨線橋から見送りますが、ミナに届いたかどうかは、はっきりとは描かれておりません。多分、ミナは耕助の姿を見たけれども、耕助はそれを確認できなかったのだと、私は想像しております。この時のミナの悲しみは、画面から切々と伝わってきました。その悲しみの理由が、運命によるものか、村との別れによるものか、耕助への思いによるものか、どれなのかはわからず仕舞ですが,,,。

物語の最後は、後日談でした。何年後を描くのか、物語を観つつ楽しみだったのですが、なんと!更に60年後の村でした。さすがに2072年の様子は描ききれないようで、茶畑とそこで働く初老の男性だけです。それに先立って、トンネル(リニア新幹線のメタファー?)の描写と、小型の未来カー(スバルR2っぽかった。映画のスポンサーはSUZUKIだったが)のCG?もありましたが...。その未来カーから降りた、白いワンピースの女性に、茶畑を下って男性が近づいていくところで映画は終わりました。

後日談の他は、ミナはたいてい制服姿でした。エンドロールクレジットでわかるのですが、ミナの制服はクラーク記念国際高等学校のもので、天音村に引っ越した後で転入した高校でもその制服で通していました。なので、後日談のワンピース姿には、ゆっくりながらも成長し、制服を卒業できたミナを表現しているのだと思います。ちなみに、天音村でミナが通った高校のシーンは、二俣高等学校でロケをしたようです。クラスメートの制服も二俣高校のもののようです。そういうところは、地域振興の面でも効果的だと思います。ただ、水窪から二俣高校というと30㎞はありますので、ミナも耕助もハードな通学をしていたのかな...と。天音村には駅はありますが、ロケ地と同じ事情だとすれば、飯田線は中央構造線同様豊橋に行ってしまいますので、随分な遠回りをしなければ二俣には行けません。余計な話とは思いますが...。

ただ、地元ファンとしましては、ミナと彼女の祖母とがこの電車から村に来たというのは、ちょっとした意味を持つと思います。水窪は浜松ではないという意味でなのですが...。先ほども記しましたが、飯田線は愛知県の豊橋駅が始発になっています。そこから延々と乗ってやっと辿り着くのです。浜松駅から遠鉄電車に乗ってもダメなのが水窪であり、北部遠州の奥深さなのかもしれません。浜松という街は、本当にスクラップ&ビルドが好きで、街並みがどんどん変化しています。今は遠州鉄道の高架化が完成し、地上の線路や駅を撤去している最中です。踏切による渋滞が解消され、線路による東西の分断もなくなったことは喜ばしいことです。また、半世紀近く、浜松の変化をみていますので、昔の面影がどんどん失われていること自体が当たり前になり、そのことへの寂しさはあまり感じていません。

でも、都市の近代化は、生き急ぎすぎる現代人のようでもあり、遊興や消費のための施設ばかりが目立つ街並みは、バイタリティはあるけれどもメタボな我々の姿を映しているのかもしれません。結局は、老化しているだけではないでしょうか?

世間から置いきぼりになりながらもゆっくりと人生を重ねている松下神菜の姿に、「私たちのふるさとが、いつまでも、ふるさとであり続けますように・・・」という想いを重ねていることは、容易に理解できます。生き急がないこと、そして、自分の背負うべきものを背負っていくこと、その心構えが、いつまでも若く生きられる秘訣なのかもしれません。美容的な意味でのアンチエイジングとは異なる、淡々とした若さを、私たちは故郷からもらっているのではないでしょうか。浜松市は私の故郷です。でも、生き急ぐほどに変貌している浜松からではなく、豊橋駅からか、あるいは、信州の山奥の駅からなのか、どこからかはわかりませんが、フラっとミナはやってきた。そういう不思議さを、飯田線(かどうかはわかりませんが...)を使ったということから感じてしまいます。

「生き急がない」ということについては、この映画から多くのことを感じました。

ミナの人生は、彼女の妹であり、祖母でもあったフミの言葉からも、「生き難さ」そのものであろうと察します。でも、73年間、あるいは、133年間もそのような境遇でも若さを保っているキャラクターを描いてくれたことは、私にとっては福音でした。というのも、高校を卒業してから30年が経ちますが、そのうちの半分以上の年数を私は「学生」として過ごしております。浪人生ではなく、教員としてでもなく、正規の学生として幾つもの高等教育機関に在籍しており、今も大学院に通っております。幸い、看護師という資格を持っており、常勤の職員として職も有しておりますが、「いつになったら学生を卒業するのか?」と自問自答することもしょっちゅうです。今は、共に大学院1年生である妻と励ましあっての充実した日々ですが、22歳で首尾良く学生生活を終え、良き社会人、良き家庭人として日々を送っている同世代の人たちに引け目を感じてしまうことがありました。自分で選び、決めてきた人生とは言え、このような生き方をしているために感じずにはおれない「生き難さ」がなかったわけではありません。

特に、理を立てることを第一とするために生じる軋轢、それを賢く避けることができない不寛容、大学院でのそういう日々に少々疲れ気味でもありました。それでも、学生を卒業しきれない自分でもありますし...。苦労しながら修士論文を書き上げた時には、おそらく、更に先の学位を目指すのだと思います。母親からはブーブー言われるでしょうけど(笑)。

この映画を観て、とても救われた気持ちになりました。

半ば、永遠の美少女である松下神菜と自分とを重ねられる糊しろは全然ありませんが、”人並みな歳のとり方ができない故の生き難さ”の辛さは、自分にも共通すると感じたのです。そして、「生き急ぐことはないんだ」と思うに至りました。どこで人生に終わりがくるかはわかりません。もしかしたら、死ぬまで学生かもしれません。でも、それをみっともないとか未熟だとかと嘆くのではなく、「それが自分、全然おかしくない」と、淡々と言い切れる勇気を、この映画からもらえた気がするのです。

水窪は、中央構造線が大きく向きを変え、そこから赤石構造線が分かれる場所にあります。日本列島が弧を描く巨大な力のシワ寄せが地を盛り上げ、天へと向かって耕す人々によって形成された集落です。1万年の歳月が、費やされております。水窪の中でも、152号線沿いではなく、更に山中に入った集落での物語のようですが、私も、出会ってみたいものです。

そして、この映画は、2月からは沼津市で上映されるようです。もう一度、神菜(ミナ)に会うために、自分から行ってみたいと思います。

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