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2012年12月

2012年12月21日 (金)

全日本を前に

本日から開催される全日本フィギュアスケート選手権だが、北海道という地元からは遠いところでの開催ということもあり、行くことはできない。女子SPのある22日は、夜勤明けのまま大学院の研究発表会に夕方まで出席し、その勢いで、別件の忘年会に出る予定となっている。とても、「真央ちゃん頑張れ!」という場合ではない。

でも、応援はしている。

報道で常套句になっている「基礎からの見直し」という表現には強い違和感を感じるし、佐藤コーチとの蜜月にも悔しさを禁じ得ないが、それでも、今シーズンは良い時間を過ごしているのは確かだと思う。それは、今までの戦いが実りつつあることであるのも、確かなのだろう。グランプリファイナルでの優勝という結果からも、そのことは認めずにはおれない。

つくづく、安堵しているのは、フリーの”白鳥の湖”を批判しながらも、「少しは大人になって、佐藤門下でも真央選手を応援していきたい。」と書いておいたことである。とにかく、良いシーズンを過ごしてくれていることは、何よりも嬉しい。

で、”白鳥の湖”なのだが...。結果が出た後の、後出しジャンケンのような感想で申し訳ないのだが、大会を通して、選手に馴染んできているように感じている。私が好きでなかった、冒頭の、白鳥のポール・ド・ブラの部分も、ただ上下に両手を動かすだけの動作ではなくなってきているように感じる。素人の憶測に過ぎないのだが、あの振付をただ両手を動かすだけにしたならば、ジャンプのタイミングをとるのが難しいのではないか?NHK杯で幾つかのジャンプを失敗したのも、そういうバタつきが影響しているのではないかと思うのだ。

スケートが氷の上を滑走する動作である以上、ジャンプで垂直方向の動作に切り替えるのが難しいのは言うまでもない。陸上で摩擦を利用して跳ぶのとはワケが違う。にもかかわらず、両手をバタつかせて上半身をブレさせてしまったら、ジャンプに入るタイミングはとりにくいし、垂直方向に体をもっていくタメを生むのも難しいだろうな、と想像するのである。

以前から言っていた、滑走しながら両手を羽ばたかせる振付そのものが、”白鳥の湖”の世界とはそぐわないという気持ちは、今でも変わっていない。ただ、何度も観ているうちに、腕の動きと音楽との同調性がわかってきた。特に、2A+3Tの後にアティテュードを入れ、フォアクロス2回からRFIロッカーでS字を描いて時計回りのバッククロスをし、ジャッジ席前で短くイーグルをしつつアピールをする箇所は、腕の振付も、第2主題の旋律のアクセントを押さえていることが、今になってわかった。タラソワの凄さを感じ入った次第である。

それでも強調したいのは、バレエのような腕の振りをするから芸術的とは、私は思わないことである。むしろ、細かいクロスストロークとターンやイーグルの組み合わせという、フィギュアスケート独特の表現方法(「文法」と言っても許されると思う)を土台として、その上にバレエ的なテイストを加味していることが評価されているのだと思う。そのような複雑さと音楽との同調性が素晴らしいのである。くれぐれも、黒鳥のフェッテと真央選手の怒涛のステップが重なるなどと言っている訳ではない。浅田真央は、フィギュアスケーターであり、バレエダンサーでないことは、私は信じている。

浅田選手のターンの技術、身体のキレは、素晴らしい。これも佐藤コーチの薫陶の賜物なのか、それとも昔から持っていたものかはわからない。マスコミ的には、これこそが「基礎の見直しの成果」と言いたいところかもしれないが、彼女のステップワークの素晴らしさは、例えば、仮面舞踏会(FSの方)の見せ場となったストレートラインでも感じさせてくれていたと思う。もちろん、佐藤コーチの指導のもとで、更にスケート技術が向上したのは確かなのだろうが...。

ただ、土台が素晴らしくても上層に問題があれば台無しになってしまうこともある。ケーキに例えれば、スポンジは良いのにデコレーションがまずいという感じなのだが。浅田選手の”白鳥の湖”に、それを感じていた。白状したとおり、タラソワの振付の意図を私は感じていなかったということもあるのだが、どうしても、あのバタツキ感のある腕の動きは好きになれずにいた。その理由は、「ポール・ド・ブラは(肩や肘ではなく)肩甲骨から動かす」というバレエの原理に求めることができる。「浅田選手はスケーターでありダンサーではない」と記したにもかかわらず、バレエの論理をもってくるのは気が引けるのだが、デコレーション(=上半身の動作)がバレエ的であるのならば、やはり語らずにはおれないのだ。

良く言われることなのだが、羽ばたきに似せるために肘を曲げて動きを出そうとしても、白鳥のしなやかさは表現できない。視線が集中する指先から、極力遠いところを支点として動かさなければ、曲線的なしなやかさは見せられないのである。整形外科的な見地からバレエの動きを解説されている蘆田ひろみ先生は、”クララ”という子供向けのバレエ雑誌で、「ダンサーの腕は肩甲骨から伸びる」と記されていたと記憶している。それに反して、浅田選手のジャパンオープンでの演技では、肘を曲げて腕を動かしているように見えた。それでは肘から先しか見えないし、一生懸命腕をバタつかせているだけにしか見えない。

しかし、グランプリ・ファイナルではもっと優雅に腕をしならせていたように感じる。きっと、練習の賜物だと思うのだが、滑りと上半身の表現とがしっくりマッチするようになってきたのではないだろうか。腕を優雅に動かすために大切な肩甲骨をコントロールするのは、僧帽筋などの背中の筋肉である。また、脊柱起立筋や広背筋といった背中から腰へ分布する筋肉は、力強く安定したスケーティングでも大事な筋肉となる。ただ腕を動かすだけではなく、上半身のコアな部分から指先へと緊張を伝わらせてしならせるという、優雅なポール・ド・ブラを氷上で、滑りながら表現できるようになったとするならば、体幹の後ろの筋肉群は、上下連動して過酷な運動を強いられているのかもしれない。

浅田選手の腰痛が、何を理由として、どのような具合なのかは、私にはわからない。ただ、思うのは、腰部に疲労を貯め込むほどに過酷な練習を強いてきたことと、その成果がグランプリ・ファイナルでは花開いたということである。シーズン開始当初のジャパンオープンの演技に比べ、グランプリファイナルでは体幹を巧みに使っていたことは、自信を持って言うことができる。だからこそ、全日本選手権では、腰の状態が良くなっていることを祈らずにはおれない。

もう一つ、期待していることは、ジャンプの回転のタイトさについてである。佐藤コーチの指導のもと、浅田選手がジャンプに手ごたえを感じていることはネットでの報道で目にした。ビデオを見返して気が付いたのは、ジャンプの踏切りから軸を形成するまでの時間が速くなったこと、軸を形成しているときの両腕の締めがよりタイトになったことである。特に以前は、軸を形成して回転している最中も、グーにした両手を顎の下につけるだけで、腕をクロスせずに跳んでいることが多かったと思う。こうすると、両腋(わき)が開いてしまうのである。しかし、グランプリファイナルで観たジャンプは、両腕をきっちりとクロスして体幹に密着させていた。なので両腋もきちんと閉じられていた。きっと、この点の修正は意識して努力されたのではないかと思う。

今までも応援してきたし、これからも応援していくのだが、今年の浅田選手ほど充実した状態で全日本選手権に臨めるシーズンはないのではないだろうか。もちろん、勝負は最後までわからないし、氷上という過酷な場所での試合であるから、誰にミスが出るかも想像がつかない。特に、鈴木明子選手、村上佳菜子選手との三つ巴の争いになることは、容易に想像できる。ただ、今の浅田選手には、以前のような強さを感じることができる。

例えば、周囲が強調してきた「白鳥と黒鳥の演じ分け」について、テレビインタビューでは、「強いホワイトスワン」と言ってのけていた。それがバレエ的解釈としてどうなのかは別として、開きなおって自分の表現を掴んだ時の真央選手は、とても強いと思う。

だから、頑張って選手権を獲ってほしい。(心情的には、鈴木明子選手の初優勝を願ってもいるのだが...)。

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