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2011年12月

2011年12月10日 (土)

お母様のこと

2008年の代々木で行われたNHK杯の表彰式後のことだった。

「観に行きたい」と珍しく言った母のためにチケットをとり、70を超えた親と一緒に上京した。女子フリーで真央選手の見事な(フィニッシュでコケそうになったが...)”仮面舞踏会”と明子選手の”ウェスト・サイド・ストーリー”に堪能して、さあ帰りましょうという時だった。客席脇の階段を上がりきって、ホールへと向う廊下に出たところで、ばったり匡子さんと顔を合わせた。

相手も気がついてくれたようで、お互いにお辞儀をし、「真央さんのお母さんだよ」と私の母に言おうとしたら、”し~!”と唇にひと指し指を当てられた。かなり周囲に気遣われていたのだろう。それでも、母にもお辞儀をして下さり、「ずっと前から応援をしてくれているんです」と、私のことを母に言ってくれたのが、嬉しかった。お急ぎのようであったが、「まだ滑っています」と私が伝えたら、私の右腕をぎゅっと握られた感触は、まだ覚えている。

それが最後になってしまったのは、とても悲しい。

今年の夏に、私は父親を亡くし、その前後から滑ることに情熱を失い、半ば引退かと思ってもいた。ただ、それでは寂しいと思って、細々と陸上トレーニングは続けていたが、11月下旬にリンクへ戻れたのは、真央選手のNHK杯が背中を押してくれたから、と思っている。以前、このブログに記したことがあるが、2007年の大阪での全日本で浅田姉妹に会い(「大須のお兄さん」とお母様には言われた....)、その時にはバッジテストの1級をとれたことを伝えた。「すごいですね」が、真央さんの感想だったのだが。

選手が何のために、誰のために滑るのかは、もちろん、その選手の自由であり、ファンが束縛できるものではない。でも、ファンが選手に刺激され、勇気を与えられて、少しでも、エレベストに憧れてハイキングに出るようなものだとしても、フィギュアスケートや、あるいは別のスポーツや稽古事でも、とにかく何かに挑戦する行動ができたとしたならば、本当に素晴らしいことだと思う。家族の意見は色々あったが、私自身は、ずっと苦しんでいた病気の治療が軌道に乗り、十分に社会復帰できるようになったことは、奇跡だったと感じている。治療の軌道と私にとってのフィギュアスケートの軌跡とは、ぴったり合っている。病期療養から職場復帰を試みていた2005年の頃だった。世界選手権の番組宣伝で、荒川さんのスプレッドイーグルの映像が印象に残り、「なんでああいう動きができるのだろう?」と不思議に思ったのが、フィギュアスケートが好きになるきっかけだった。そして、同じ頃に名古屋の浅田真央の名前を知り、3月に中日カップを生で観たことが決定的であった。それについてはこのブログでも幾度か記したが、真央選手に憧れて自分でもフィギュアスケートを習い始めたことは、私自身が強くなれた大きなきっかけであった。

闘病には、家族の支援が大きかったのは、もちろんのことである。

しかし、自分で意を決し、大きく踏み出そうとする勇気を持てた背景には、やはり、山田ファミリーの先生方から薫陶を受ける機会に恵まれたこともあったと信じている。滑り始めた時に個人レッスンを受けていた先生が山田ファミリーの先生であったのが、きっかけだった。それと並行して、火曜日の午後にあったグループレッスンにも参加するようになり、満知子先生や伊藤みどりさんが先生になって下さることもあった。そういう中で、自分も、自分なりに頑張れたし、その姿を真央さん、舞さん、そしてお母様が観て下さっていたので、「ずっと前から応援してくれている」と言われたのだろう。応援の形はさまざまであるが、私にとっては、滑り続けること、頑張り続けることが、真央選手達を応援する形だったのだと考えている。おそらく、今でもそうなのだろう...。

ずっと自分を支え続けてくれていた母親への恩返しも兼ねて、年甲斐もないとは思ったが、フィギュアスケートの競技会に連れていった会場で、「いまでも滑っています」とお母様へ報告できたのは、なんという幸運だったのかと、今になって噛み締めている。

だからこそ、頑張り、滑り続けなければいけないのだと、思うのである。

たとえ、エベレストを目指しながらハイキングに行くようなトライアルだとしても、あの時、真央さん達は確かに大須のリンクで滑っていたのだし、2008年の代々木でお母様は、私の右腕をしっかりと握って下さった。細く、果てしなく長い、か細いつながりだとしても、途切れることはないことを信じて、日々を過していきたい。

肉親を失う痛み、辛さは、数ヶ月前に、私も経験した。私の年齢の半分にも満たない若い方にとっては、どんなであるかと想うことすら憚る。休むにしても、滑り続けるにしても、とにかく、ご家族の思いが平安へと導かれることを、ひたすら祈るほかない。

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