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2011年10月

2011年10月31日 (月)

ヴィシニョーワのグラン・パ・クラシック

反則かもしれませんが、まずはこの動画を観て下さい。

ロシアが誇る名花、ディアナ・ヴィシニョーワのグラン・パ・クラシックの女性バリエーション(ソロ部分)である。その後に編集で付加されているのは、同じ演目のコーダ(男女二人での締めくくり)である。前のエントリーで紹介した、鈴木晶氏の「バレエの古典」の講義を聞いて、久しぶりに見たくなったのである。

もっとも、”グラン・パ・クラシック”自体は1949年初演(女性ダンサーはイヴェット・ショヴィレ)と新しく、古典の範疇には入らないのだと思う。しかし、中身は、マリウス・プティパが確立したクラシック様式へのオマージュであることは、多分間違いではないのではないだろうか?ディアナ・ヴィシニョーワはマリインスキー・バレエ団のプリンシパル。ワガノア・バレエ学校在学中からマリインスキー劇場の舞台に立っていたというエリート中のエリート。でも、確か、ワガノワの入学試験に一度失敗していたと記憶している。あと、数学が得意な才媛とも紹介されていたかと...(「サンクトペテルブルクの新星 ヴィシニョーワ」で。持っているのがVTRなので、今となっては見返すことができない(涙)。)

のっけで「反則かもしれない」と記したのは二つの理由から。

一つは、既に記したが、作品自体が20世紀のものなので、19世紀に確立したクラシック技法をこの作品で語るのは適切でないかもと...。でも、”グラン・パ・クラシック”とタイトルにもあるので、許してほしい。グラン・パは、グラン・パ・ド・ドゥの略だと思う。要するに、主役級の男女が①アダージョ(遅めの音楽を二人で)②男性バリエーション③女性バリエーション(この部分に女性ダンサー憧れの踊りが多い。オーロラのバリエーションとか金平糖の踊りとか、キトリのバリエーションとか)④コーダ(速く、軽快な音楽を二人で踊って締めくくる。この部分に女性のフェッテが入ることが多い。ただ、オーロラ@眠りの森の美女にはフェッテがない、なぜだろうか??)と踊る形式のことである。この形を決めたのも、かのマリウス・プティパ(1818年~1910年)らしい。

もう一つは、グラン・パ・クラシックというと、どうもシルヴィ・ギエムの映像が頭に残っており、パリ・オペラ座の作品というイメージから抜け出せないため。最初に見たのが、”バレリーナ”というテレビ番組での紹介で、オペラ座のリハーサルルームでギエムがルグリと踊ったものだった。同じ映像は、”パリ・オペラ座 輝けるエトワールたち”というDVDで簡単に観ることができる。自分の頭がそんななので、どうも、ヴィシニョーワのグラン・パは反則という気がしてしまうのだ。そんなことを言えば、ロシアのダンサーが踊るジゼルとかコッペリアはどうなのか?ということになるのだが....。

それだけ、オペラ座時代のギエムが踊るグラン・パ・クラシックは、自分には衝撃であったということで、ご理解下さい。

もちろん、ギエムの映像も動画で簡単に観られる時代なのだが、敢えてヴィシニョーワを掲載したのは、いわゆる「釘で打ち付けられた」と称されるポワントテクニックに注目してほしいからである。この表現は、ローザンヌ国際バレエコンクールで金賞を獲った演技(下の動画)の頃に評された言葉だったと記憶している。確かに、イタリアン・フェッテ(1:20頃より)の軸足の揺らぎのなさとか、凄いものがある。

ちなみに、動画の冒頭でチラっと映るのは、ワガノワ・バレエ学校のリュドミラ・コワリョーワ先生。ヴィシニョーワの恩師というので、日本でも一躍有名になったバレエ教師。伊藤みどりさんと山田満知子先生のような関係か。コワリョワ先生も、生徒のダイエットのために自分のアパートで生活させることもあったらしく、面倒見の良さでも山田先生と似ているのかもしれない。

ローザンヌで金賞を獲った頃(18歳)を「釘で打ち付けた」と称するのなら、冒頭の動画のヴィシニョーワは、ボーリングマシンで岩盤を貫いたと言いたいほどの迫力である。特に、1分10秒あたりからの、両手を腰にあててのバロネ(しかもアン・トゥールナン=回転しながら)は、この踊りの見どころであり、難関であるのだが、毛ほどの揺らぎも見られない。

こういう演技を観ていると、このバレエという芸術とフィギュアスケートというスポーツのどこに接点が見いだせるのか、本当にわからない。優劣を言うのではない。フィギュアスケートは、氷上滑走中という非常に過酷な状況で踊ることを求められる。これは、常に動揺する舞台で踊り続けることと言っても過言ではないだろう。また、60×30メートルという驚くほど広大な舞台を一人で踊るというのは、バレエではとても考えられないだろう。常に高速で移動しつづけるからこそ、表現可能な世界がフィギュアスケートにはある。

でも、この滑走と、バレエのポワントテクニックとは、あまりに違いすぎると私は思うのだが...。銀盤という広大な面だけでなくジャンプを繰り出すフィギュアの演技は3次元的であり、観客の眼前に大きな世界を創りだす。その反面、バレエは(舞台装置や共演者が醸し出す演劇空間はあるのだが)、一人の踊り手の凝縮された技巧へと注視せざるを得ないと思うのだ。その演技は、舞台空間の広がりとは裏腹に一点(ポワント=pointとはよく言ったものである、もちろん、ポワントシューズ=トゥシューズに由来する言葉だが)へと集められてしまうのだと、私は感じている。

もちろん、バレエの見せ場にもジャンプはあるし、激しい上下の動きはある。スケートシューズよりもはるかに軽いバレエシューズでのジャンプは、高さだけを見ればフィギュアスケートに勝るであろう。男性ダンサーの空中での回転(トゥール・ザンレール)はプロなら3回転が当然である。決してフィギュアスケートより見劣りするということはない。バレエに4回転の時代が来るのかはわからないが...。でも、3次元的な空間創出という意味では、フィギュアスケートの方が、はるかに適していると常々感じている。

それは、走らなくても横方向へ動ける、という滑走の本質に関係していると思う。

職業柄よくわかるのだが、人間の歩行動作はまだ完成していない。足を前方に振りだすためには足を上げなくてはならず、その時に腰を揺らさなくてはいけない。「人は脚でなく腰で歩く」と看破したのは、紙屋克子氏だが、この腰を揺らして歩く姿は美的に難があるようなのだ(モンローウォークは別格だが (笑))。だから、モデルウォークとか、ダンスでのステップ移動など、特別な歩き方や複雑な動作で素の歩き方を見えなくしようとしているのであろう。フィギュアスケートは、この課題からは根本的に自由である。滑れば良いのだから...。もちろん、「美しい滑走」という更に難しい課題がふりかかってくるのだが、それを批評しようとする間に何十メートルも移動しているのがスケートなのである。この圧倒的なモビリティー(移動性)が創出する世界の質は、バレエが醸し出す世界とは全く異なるのではないかというのが、私の結論である(ゼイゼイ..)。創る世界が質的に異なるのなら、創出の方法論であるメソッド(方式)も同じはずがないだろう、ということである。

結局のところ、フィギュアスケートもバレエもどっちも好きというのが、一番幸せだと感じるのだが。

で、本当に一点をみつめずにはおれない、グラン・パ・クラシックである。言わずと知れた、シルヴィ・ギエムである。ただし、撮影場所と年代は不明である。この動画を見つけた時には、ネット社会に本当に感謝した。まさか、観られるとは思ってもみなかった。推測なのだが、ダンスマガジンで紹介されていた、世界バレエフェスティバル(@東京)での絶好調のギエムのグラン・パ・クラシックと近い時期の演技だと思う。観客の言葉からすると、ロシアでの撮影みたいだが。。。あるいは、東京文化会館でロシア人が撮影したのか??

「まるで男性ダンサーがザンレールを降りるのを待っているかのようにポワント(爪先立ち)を保っている」というニュアンスがダンスマガジンに書いてあったと記憶している。多分、1997年の第8回世界バレエフェスティバルでの演技の評だったと思う。その部分と同じか同じだけの演技が、動画の1分35秒からの部分にある。また、踊り終わると同時に大喝采となった女性バリアシオンは、最初に紹介したヴィシニョーワの踊りとは対照的で、クラシック技法へのギエムの温かさを感じる踊りだと思う。coolと言われているギエムには適さない感想かもしれないが。

最後に、ヴィシニョーワのキトリのバリエーション(「ドン・キホーテ」第1幕より)を。あれこれ小難しいことを記したが、締めくくりはスカっとしたいので。

ロシアのバレエには、南ヨーロッパへの憧れが強く感じられる。冷たく、暗い冬を過ごさねばならないからこそ、劇場だけは華やかに、熱くしたいのではないかと。

2011年10月28日 (金)

「バレエの古典」(放送大学)

放送大学の講義がBS231でも視聴できるようになり、学習機会が広がっている。仕事に関係する社会福祉関係だけでなく、趣味の領域として日本美術史(なんでも鑑定団の影響なのだが...)も見ている。特に、専門科目の「舞台芸術への招待('11)」は、バレエだけでなくオペラや演劇にも造詣を深めたいと思って視聴するようにした。これらの課目が、視るだけなら無料というのがありがたい。

この課目は、主任講師は教授の青山昌文氏(正規の受講生ではないので、先生と呼ばなくても許されるだろう)。Wikipediaによれば、東大出身の美学者らしい。「講義では、とても楽しそうに話す」とも書いてあった。

そりゃ楽しいだろうなぁ。。。!!

第2回講義はベルサイユ宮殿からの中継だったし。宮殿内のオペラ劇場では国王のための椅子に座ってご満悦の様子でした。パリのオペラ座でも首相(だったと思う)が座る席から舞台を眺めてみたり、オルセー美術館からオペラ座模型で建物構造を解説したり...

お金かけてるなぁ...という豪華な講義である。

第3回目はワーグナーについてであった。さすがに、バイロイトまで足を延ばすことはなかったが、楽曲紹介では、わざわざクナッパーツブッシュ指揮の「ニーベルンクの指輪」を流していた。何年の録音かは忘れてしまったが、とにかく旧い、モノラル録音か?と思わせる年代ものであった。もっと新しい、映像つきのコンテンツがいくらでもあると思うのだが....。パリの豪華さと裏腹のチープさ(というか、講義者の趣味?)についていく気力が萎えてしまった(笑)。

で、第4回目の講義は楽しみにしていたバレエについて。

青山先生、今度はどんな仕掛けを繰り出すのかな?と思ったら...とんでもないサプライズで、講義は鈴木晶氏だった。またしても、青山マジックか!と。いや、バレエと言えば、やはり鈴木晶先生ですよね。氏のバレエに関する本は読みやすく、初心者にも優しいと思う。「バレエへの招待」(筑摩書房)や「バレエの魔力」(講談社現代新書)にはお世話になった。もしも、バレエに興味を抱いたのなら、やはり氏の著作である「踊る世紀」(新書館)は読んだ方が良いと思う。20世紀初頭のバレエ・リュスの活動を知っているのと知らないのとでは、バレエの見方が全く変わってしまうと思うのだ。

で、冒頭からビックリ!の講義だったが、バレエの歴史を理解するのに非常に有益だったので、ノートとして以下に記しておきたい。

「舞台芸術への招待('11)」第4回 バレエの古典 講師 法政大学教授 鈴木 晶

 ・バレエーヨーロッパで生まれ、ヨーロッパで育った舞台芸術

 ・日本には明治時代に紹介、普及したのは第二次大戦後

     お稽古ごと、習い事、少女マンガの題材として広まった

     1950年頃からバレエマンガはあった

       最高傑作は「アラベスク」(山岸涼子)

         山岸涼子は21世紀にも「テレプシコーラ(舞姫)」をダビンチに連載して手塚治賞を受賞している

     日本はバレエ大国ー海外バレエ団の公演、100万人を超えるバレエ人口

 ・ダンスとしてのバレエの特徴

   ダンスは2種類に分けられる

    ①内発的ー脚が中心でヨーロッパのダンス

    ②模倣的ー手が中心でアジアのダンス

    ※地域できれいに分かれるわけではないし、各ダンスに両方の要素が混ざり合っているが、手or脚のどちらかが優勢になっている。

    バレエーマイム(手で表現)とダンスに分かれ、ダンスに重きが置かれる

 ・バレエはいつ始まったか?-バレエの定義によって分かれる

    日本の歌舞伎ー出雲阿国によって17世紀初めから

    バレエの誕生の考え方

     ①”バレエ”という言葉が出たー15世紀中頃に文献に登場

        ・ルネッサンス時代の王侯貴族の宴会の余興

     ②”エレバシオン”と”アン・ドゥオール”が成立ー17世紀

        ・エレバシオン=上へ持ち上げるという考え方

        ・アン・ドゥオール=外へという考え方

          (180度開脚を前提とした足のポジションなど)

          アン・ドゥオールにより、脚での表現が豊かになる

        ※当時のバレエはダンスだけでなく、詩の朗読や歌などもある、宮廷でのバラエティーショーのようなものだった(=宮廷バレエ、バロックダンス)。

        ※舞台は劇場ではなく、大広間であり、ダンサーは宮廷の王(ルイ14世が有名)や貴族などのアマチュアであった。

        ※音楽や詩人やダンスの振付師はプロがいた。

 (映像紹介)アポロンのアントレ(作曲リュリ 振付ベクール) 振付復元・指導 市瀬陽子 バレエダンサー フィリップ・ダルド~舞踊譜によって復元~

    ③バレエの独立(音楽、演劇からの分離)ー18世紀

       オペラからも独立し、バレエは非言語的芸術となる

       バレエ・ダクシオン(演劇的バレエ)-ダンスでストーリーを表現するバレエ

       フランス革命による宮廷の消失ー劇場が舞台に

    18世紀にバレエが自立し、19世紀初めにヨーロッパへ普及

    (これをバレエの誕生と考えることもできる)

         ※19世紀からのバレエが現代バレエに通じている

    <ロマンティック・バレエ>19世紀初頭から

        ロマンティック=ロマン主義の

        女性のつま先立ちでの踊りー1810年代から、どこで始まったのかは不明だが、ヨーロッパ中に流行する

          ※自然に反した動作だが、人はそこに美を見出す

        ロマン主義ー古典主義への反発

         ・自由、個性重視、民族主義、歴史的概念・進化という考え方、感性・情熱・想像力の重視、夢・不安・憂鬱への注目、不均衡・非対称・動きへの好み

      (バレエ)

        以前ーギリシャ・ローマ神話をテーマ

             男性舞踏手が中心

        ロマンティックー現実逃避願望→妖精の頻繁な登場

         (例)ラ・シルフィード(婚約者を捨てて森へ去るところに、産業革命と近代社会からの逃避願望があらわれている)

                 -異国情緒趣味(スペインやスコットランドなど外国を舞台)

                 -女性ダンサーの台頭

 (映像紹介)ジゼルー舞台はドイツ、ヴィリ(結婚前に死んだ女性の霊)の登場

        グルジア国立バレエ ニーナ・アナニアシヴィリ(ジゼル)

     ・19世紀中ごろのバレエの変化

       旧来の富裕層から新興ブルジョワジーへの客層の変化

       悲劇から喜劇への演目の変化(気軽に観られるものが好まれる)

       芸術でなく女性の身体を観賞するための舞台へ

                      →バレエの質の低下

      ・ロシアにおけるバレエの事情

        国家政策としての振興→ロシアバレエの水準の高まり

        19世紀後半にロシアで発展したバレエ=クラシック・バレエ

   <クラシック・バレエ

      舞踊と演劇との離別(ダンス部分の独立)

      ダンスとダンスをつなぐためにストーリーをマイムで表現

      ダンス部分ではストーリーの枷を外すことで、ダンス本来が持つ表現力が発揮されるスタイルの確立(=クラシック様式)

      クラシック様式を創りあげたのが、マリウス・プティパ(1818~1910)

      (技術におけるロマンティック・バレエとの違い)

        トゥシューズの発達→つま先立ちでの表現の発達

        男女の踊りの分化→踊りのバリエーションが豊富に

         (例)パ・ドゥドゥ(男女がそれぞれに踊る)

          チュチュの丈が短くなる(足さばきが見えるように)

  (映像紹介)ドン・キホーテ(グルジア国立バレエ)

       ※空中を浮遊するようなロマンティック・バレエに比べ、動きがダイナミックになっている

       ※浮かびあがるようなつま先立ちだったロマンティック・バレエに比べ、硬く楔を打つようなつま先立ちになっている→フェッテ(女性の超絶技巧)

  (映像紹介)白鳥の湖

      ※オディールのフェッテ(ドゥーブル=2回転 のスーパーテクニック)

  ・オペラ、クラシック音楽と同様、バレエも19世紀に完成された芸術だが、20世紀にも進化して多くの作品が創られている(第5回講義へ)

                    以上

感想として...山岸涼子のバレエマンガとニーナ・アナニアシヴィリが好きというのはよくわかった。でも、「アラベスク」を最高傑作と言いきってしまうのは、放送大学的にいかがなものか....?

ロマンティック・バレエの代表作としてジゼルを紹介しているが、ジゼルの浮遊感のある動きの例で、アナニアシヴィリのピケマネージェを見せていたのはどうなのか?と感じた。現代のジゼルはクラシック以降の改訂振付がされており、ピケもそうだが、クラシックの技法が込められているので、それでロマンティック・バレエを理解することはできないのではないかと....。むしろ、ラ・シルフィードのワイヤーロープでの演出の方がロマンティック・バレエ的ではないかと思ったりして....。

アナニアシヴィリのオディールでのフェッテ(ドゥーブル)は凄いと思った。ドゥーブルとは、動脚(=軸にならない方の脚)を空中で蹴る(ロンデ・ジャンブ・アンレール)間に二回転するフェッテのこと。確か、SWANというマンガで、黒鳥の32回転全てをドゥーブルにして64回転でライバルに勝ったというエピソードがあったような....キャプテン翼みたい....。

バレエが脚の芸術であるという大前提は、フィギュアスケートをするうえでは考えさせられることだと思う。やはり、バレエ=表現力という先入観は捨てるべきではないかと。バレエの真骨頂が脚での表現だとしたら、明らかに脚の使い方が異なるフィギュアスケートにどう生かすのかと?「しなやかで繊細な腕や手の表現こそバレエ」と言うのなら(もちろん、そういう要素もあるのだが)、それはアジア的ダンスの延長でバレエを誤解しているのではないかと思わずにおれない。

同じことになるのだが、バレエ=柔軟性というイメージを持つのなら、アン・ドゥオール(=外転)によって脚の表現が多彩になった、という講義内容を押さえなくてはいけないと思う。脚が上がるためにアン・ドゥオールが必要なのは、骨盤のヒップソケット(股の窪み部分)と大腿骨骨頭の突起との関係が理由なのだが、フィギュアスケートの原理にアン・ドゥオールはあるのだろうか?スプレッドイーグルやイナバウァーでは180度の開脚が求められるし、女子ではスパイラルではかなり脚を上げないといけない(スケーティングレッグの膝が曲がっているのがバレエとの違いだが)。そういう場合には、脚はターンアウトしているのだろう。でも、基本的な立ち方や滑走時の脚の開きは、明らかにバレエとは違う。だとしたら、別にバレエを習わなくても、専門的なストレッチやトレーニングで事足りるのではないかと考えたりする。

ただし、バレエが内発的ダンスという意味では、フィギュアスケート(特に小児期)の選手達がバレエを習うのは、非常に意味のあることかもしれない。自分の内面や感性を磨き、表現として外へと輝かせる訓練を経験する意味では、バレエは有益だと思うのだ。結局のところ、バレエを、表現力を(手っとり早く)得る手段として使おうとする成人選手達に、私は違和感を感じるだけなのかもしれない。

2011年10月17日 (月)

鉛筆を奪われたサルは、次に何を持つのか?

高校3年生の甥が、超難関と呼ばれている大学への進路を早々と決めてしまった。しかも、法学部である。大学のランクはかなり落ちるが、やはり法学部卒の私としては誇らしい気持ちでもある。まだ内定の段階だが、指定校推薦なのでまず大丈夫らしい。本人にしてみれば、12月の発表まで落ち着かない気持ちだろうが...。彼にとっては祖父である私の父のことを誰よりも深く、静かに悲しんでくれ、1週間かけて想い出をビデオ編集してくれたことに、私達は感謝している。受験の天王山である夏休みのほとんどを棒に振ったわけで、そのことに申し訳なさを感じていた私にしても、彼の進路に支障がなさそうなことを知り、ホっとしている。本当に良かった。

で、彼が目出度く大学生になった暁には、愛用のマックを新調する話が、もう出ている。もちろん、お祝いということで、私達もいくらかの協力はするだろう。その見返りというわけではないが、彼が高校1年生になった春に祖父(私の父)が買ってくれたマックブックからも卒業ということで、そのお古を私がもらうことで話がまとまっている。来年の春には、私もマック使いの仲間入りができるであろう。

昔...遠い昔になるが、Lisaというコンピューターが世にあった。

http://www.maniacworld.com/alto-computer-video.html

FM8 MZ80 PC8001など、アルファベットと数字を並べただけの武骨な名前で呼ばれていた国産パソコンに比べ、女性名が冠されたそのパソコンは、憧れ以上の雲の上の存在であった。上のリンクの動画後半で、Lisaが動作する様子を見ることができる。私のアップルへの憧れの原点が、このコンピューターにあるのだと思う。

ただ、私がアップル製品を選ぶことは今までなかった。

もちろん、QuickTimeで動画を見るなど、限られた例外はあるが。マックに一番接近したのは、看護学校を卒業する1995年3月にパフォーマの購入予約をした時だった。しかし、製品が品薄で、しかも納期が未定であり、結局予約を取り消してローンで車を買ってしまった。パソコンはその年の冬に富士通のFMVを購入した。こうして、私はWindowsの支持者となったのである。そういう私を可哀そうだとアップル教徒達は言うかもしれない。

でも、幾つかの理由で、あの時にマックを買わなくて良かったと考えている。

第一に、ジョブス不在の当時、アップルはプレミアム路線をとっており、コストパフォーマンスが非常に悪かった。高いお金を出して、使えない道具を買わされるのは悲劇である。

第二に、シェアの狭さから周辺機器やアプリケーションの選択が限られ、買い手にとって不利な状況であった。勝ち馬に乗れとは言わないが、沈没する船に乗船することもないであろう。

第三に、マックの素晴らしさを謳うエヴァンゲリスト達がウザかった。今日では第一と第二の状況は大きく改善しているが、第三の要因は更に拡大している。今では、マスコミすらジョブス礼賛者であり、アップルふぉ~えば~!である。

彼らに問いたいのだが...iphoneは人がものを考えるのに適したツールであろうか?

私にとってWindowsマシンはそうであった。パソコン通信とテキストエディタが私の脳を鍛えてくれた。自分の頭で考え、文章にまとめ、他者に読んでもらうことが習慣になった。そのおかげで、「いかにわかりやすく他者に伝えるか」を思考の課題にすることができたのである。”考える”ことよりも、”(考えたことを)伝える”ことに重きを置くようになった。それは、思考のステップアップであると私は考えている。

少し脱線させるが、「考える」→「伝える」の次にくるのは、「(他者の意見を)取り入れる」であろう。ディスカッションを通して、自己の考えを修正し、それを意見に反映させれば、もっとダイナミックな思考ができるかもしれない。ただ、ブログはもちろん、掲示板やSNSを含めてもそういう複数の思考の練り上げにまで至っている過程を、サイバー空間で目にしたことはない。

このような思考のステップアップのチャンスを、Wdindowsマシンとそれらを繋ぐインターネットは私達にもたらしてくれた。私がパソコンを本格的に使い始めた1995年の以前と以後とでは、私の頭の中身は全然違ってしまったと思う。それは、多くの人たちにも言えるのではないだろうか。

でも、最近のアップルの製品は、その時代のような熱さを私達にもたらしてくれるであろうか?「世界を変える」「1984年は(オーウェルの描いた)”1984年”のようにはならない」と言ったアップルは、今、どこに行ったのか?と感じている。

有名な1984年スーパーボウル(レイダース対レッドスキンズ)で放送されたアップルコンピューターのCM

有名なCMであるが、今のアップル社にとっては皮肉でしかないだろう。実際、パロディ作品も幾つか作られているようだ。モトローラーは、やはりスーパーボウルのCMとして2011年(スティーラーズ対パッカーズ)に美しい物語を造った。本家の”1984”の大衆が青く染められている(Big BlueことIBM社を暗示しているらしい)のに対し、このCMで出社する人々は白いフードを被ってヘッドホンを両耳につけている。いわば、現代版の「見ざる、言わざる、聞かざる」みたいなものであろう。この白さは、アップルストアのデザインの基調である白を意識しているのではないかという記事も目にした。

極論かもしれないが、今のアップル製品は、人をモノを考えないサルにしてしまうのではないだろうか。もちろん、ここで言うアップル製品とは、iphoneやipad、ipodのことである。マックは入らない。既にインテル製CPUで動き、WindowsやOfficeが問題なく動くマックはWindows互換機と言っても差支えないであろう。問題なのは、人から鉛筆を奪ったジョブズが、代わりの思考ツールを与えなかったことである。正直に言うが、画面を指でタッチして操作しているスマホユーザーの姿は、サルにしか見えない。全然スマートじゃないのだ。

タッチ操作が先進的と言うのなら、日本の銀行ATM(とその中のOS)はもっとリスペクトされて良いのではないだろうか?

スマートフォンについて色々と記事を読み、使っている人に感想を聞いてみたりした。そういう情報収集はこれからも続くだろう。でも、それでわかったのは、スマホは情報を受けるのには長けているが、発信するのには貧弱だということだ。twitterのようにリアルタイムでやり取りするのには良いかもしれない。でも、収集した情報をまとめ、練り上げ、一つのドキュメントに仕上げる作業をスマホでできるのだろうか?脊髄反射的な言葉のやり取りだけでは生まれないコンテンツこそが、ネット社会の肝だと思うのだが....。

もちろん、社会にも落書きや無駄話みたいなものが必要だと思う。しかし、落書きよりも価値のあるコンテンツを生み出せなければ、情報機器としてはそんなに価値がない。電子書籍や電子メディアとして便利な道具であっても、文書作成すらまともにできないのだとしたら、それでは世界を良くすることはできない。ダウンロードした音楽を耳から流し込み、手にした画面から目を逸らせない人々に、美しい明日を創ることができるのだろうか?創造的な言葉を、歌を口ずさむことなどできないのではないか。

また、私がよく言うことなのだが、今のスマートフォンは全然スマートではない。見た目も使用感も、既成の携帯電話(いわゆるガラパゴス携帯)の方が洗練されていると、私は感じている。PDA(携帯情報端末)に通話・通信機能を持たせるというコンセプトは随分前からあったが、真の成功者はiモードであったのではないだろうか?それ以降、各社でバラバラに進化しすぎた携帯電話を一度リセットするという意味では、スマートフォンは歴史的な意味があると思うが、使用の利便性という意味では、退化、良く言っても栄誉ある退却でしかないように思うのだ。なので、スマートフォンは、結局はガラパゴス携帯の跡をなぞるような進化をたどるかもしれないと考えている。特に、ズボンのポケットに入らない情報端末なんて話にならないという時期は、そのうち来るのだろう。

PC時代の幕引きをジョブズがしたと記す新聞もあった。だが、少なくともコンテンツ作成という仕事では、まだまだPCを必要とするであろう。確かに、コンテンツを受け取る媒体としての役割は減るかもしれない。でも、新聞・雑誌・テレビ・ラジオの役割をPCに期待する人は少ないだろう。そういう、一方的に送られる情報は、専用機器に任せれば良い。アップルコンピューター社がアップル社へと名前を変更したのは、そういう一方通行の情報機器を中心に開発してく会社になったということなのだろう。アップルとジョブズとがPC時代を終わらせたのではなく、PCユーザーがアップルを見限ったという方が真実に近いと、私は考えている。その状況を見抜き、コンピューター以外の情報機器の開発・販売へとシフトさせたことは、ジョブズの大きな功績なのかもしれないが...。要するに、アップル社は家電(もしくはオーディオ)メーカーとなることで成功しているということだろう。

既存の報道の乱暴なところは、”Stay hungry Stay foolish”をジョブズの言葉として紹介しているところからもわかる。スタンフォード大学でのスピーチでも、彼はホール・アース・カタログからの引用としている。彼のオリジナルの言葉ではないようだ。ジョブズの精神を共鳴させたかもしれないが、彼が創った言葉ではない。

これは、GUIインターフェースがアップルオリジナルのアイディアであり、Windowsはその真似をしたという批判にも通じる。本歌がゼロックス研究所の”アルト”というコンピューターにあることは、このエントリー冒頭のリンクにある動画を見ればわかると思う。しかも、アップル側からはジョブズだけでなく、スティーブ・ウォズニアックも見学に行っていたらしいことも、動画からわかる。本歌をないがしろにして、ジョブズの威光を増幅させるのは、今後のアップルにとっても良くないとは思うのだが、どうなのだろう。

ちなみに、アルトからインスパイア(笑)されたのは、ビル・ゲイツも同じらしい。「僕たちにはParc(パルアルト研究所)というお金持ちのお隣さんがいて、僕が盗みに入ろうと思ったら先に君が盗み出していたようなものじゃないかな」とジョブズに言ったと、Wikipedeiaに記されている。あと、リンク先の動画のもとは、NHKの番組なのだが、「電子立国日本の自叙伝」なのか、その続編なのかは、確認できていない。このシリーズはVTRが市内図書館にあるので、少しずつ視聴している。

結論なのだが、現在のアップル社の製品は、ポストPCには位置づけられないし、文化的価値に乏しいと思う。ただ、そういう製品を求める層が広がっているのだろう。それは、iモードによってPC抜きのメールが当たり前になったのと似ていなくはない。でも、音楽はもともとPCとは縁遠いコンテンツであったし、電子書籍も印刷が電子化されただけであろう。PCの文化的貢献は、市民がコンテンツを創り、多くの人たちに知ってもらうことが可能になったことにある。

音楽で語るならば、インターネットで音楽を買うことができるようになったことよりも、自分の演奏をYouTubeで観てもらえるようになった方が、はるかにインパクトの大きいことであろう。iPadを楽器代わりに使うアプリがあることよりも、リアルな自分をサイバー空間に投影するための動画編集ソフトがPCにあることの方が、大切なことだと考えるのだ。もちろん、マックでも動画編集は可能であるし、Windows機よりもクリエイティブだとも聞いている。ただ、そういう、本来のアップルらしさを会社がどう位置付けているのか、そこのところは気がかりである。

コンテンツを一方的に流し込まれる機械ではなく、コンテンツを上手に料理し、皆に喜んでもらえる一皿にできる機械、そんなPC、あるいはポストPCが待ち望まれているのではないだろうか?

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