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2010年10月

2010年10月26日 (火)

「下手は下手なりに頑張る」ということ

とうとう、その時が来てしまったかと思った。いつかは来ると覚悟していたが...。

本日の朝の陸トレでジャンプをしていた時、左膝に痛みが走り、力が入らなくなってしまった。フリップの踏み切りで2回転がどうしてもできない。氷上なら、きっとジャンプが抜けた状態になるだろう。

もう少し正確に記すと、踏み込んだ瞬間に左膝の内側に痛みが走るのだ。我慢して踏み切っても、膝から力が抜けてしまい、まっすぐに跳び上がることができない。トゥループの踏み切りと同じに跳んでも、左トゥを突く時にやはり同じ状態になる。なので、トゥループでも2回転はできなかった。

摩擦が効く陸上でそうなら、氷上ではシングルジャンプもできるか怪しい。もしかしたら、かなり辛いかもしれない。

自分の両膝の内側に変形があり、関節周囲の骨がすり減りつつあることは、このブログにも記したことがある。なので、筋トレで膝関節周囲の強化を行い、同時に減量も目指していた。今年の4月に84kgあった体重は、現在では78㎏である。でも、膝の障害は、その程度の減量では許してくれないようだ。今は、階段の昇り降りさえも辛くなっている。

整形外科の医師からは、痛みが走る動作は控えるようにと言われている。また受診し、実際の変形の程度を診て頂こうと思うが、フィギュアスケートを続けるにしても、パフォーマンスには影響が残るであろう。フリップやサルコウといったLBIエッジを使うジャンプが跳べなくなる事態は、覚悟すべきかもしれない。もちろん、症状の緩和を図り、再び跳べることを目指すとは思うが...。

来年のマスターズも、仮に出場しても、また負け試合になるだろう...。

頑張って、頑張って、頑張り続けて、これ以上頑張れないほど頑張っても、結局はああいう結果だった。それでも腐らず、夏を過ごし、秋を迎え、本格的なシーズンが始まった矢先のことである。実際のところ、左膝を壊したのは、今年のマスターズの前であったかもしれない。痛みを感じながらも、「5月15日までもってくれ」と祈りながら、練習を続けていた。福祉の現場へと転職し、馴れない介護の仕事に痛みつつも、練習を続けた結果である。

だから、私はあの演技に心底満足している。課題は残したが、あれが、私の、あの時点での精一杯だった。同様に、仮に、その時点で膝に故障を抱えたとしても、仕方なかったと思う。身体を酷く使う仕事であるし、それでも、私はフィギュアスケートを続けたかったのだから。

もちろん、来年へは、もっと質の高い演技を目指していた。

レフェリーから指摘されたことは、忘れていない。スケーティングはもちろん、エッジ管理に至るまで、改善を図っている。目的は、「足元をしっかりさせて、より綺麗に滑ること」である。クロスフットでのグラインドの無さも指摘されたので、脚をクロスさせながらもエッジに乗りつつ滑り続けるクロスの意識もテーマにしている。

とにかく、悔しかった。今年のマスターズは、非常に悔しい。

だけど、来年のコンディションについては、今年よりも悪くなるかもしれない。左膝に荷重できないとすると...おそらく、LFIとLBOには乗れないだろう。時計回りのフォアとバックのクロスのパフォーマンスにも影響することが予想される。ジャンプは、ループ以外は全てバツかもしれない....。

来年のマスターズでは、何を言われるか!? どんな点数になるのか...。考えただけでも嫌になる。ならば、出場を諦めるか...。それも、アリだと思う。

でも、ここからが! 私の戦いだとも感じている。仮に膝に故障があったとしても。仕事があるので過剰な無理はしないが、演技はできると思う。その演技がジャッジの目に適わないとしても、それは仕方ない。「下手は下手なりに頑張る」のなら、仮に障害(ICFの考えでは、障害は一つの個性であり、誰もが持ちうるものである)があっても、その制約下で頑張り続けることにこそ意義があるのではないだろうか。

スケーティングの難を、また言われるかもしれない。

もしかしたら、ジャンプでのエッジの不正を問われるかもしれない。

でも、それらの指摘を受け容れ、自分ができる限りで頑張ればいいのではないだろうか。不備を指摘して下さる、欠点を明らかにして下さるだけ、幸せなのだし、可能性があるということなのだろう。

「もしかしたら、真央さんも故障を抱えているのかもしれない」と道中、妻に言った。

「そうでなければ、あの不調は考えられないよね」と、妻は答えた。

自分が膝に障害を負って、初めて気が付いたことだ。もちろん、真相は知りえないし、真央選手は、彼女自身の戦いを負っているのだろうが。

道すがらの目的地は、福祉の大学の先生との会食であった。福祉の職を得た者として、どんなアイデンティティーを獲得していくのか?について、私も語らせて頂いた。結局のところ、左膝に爆弾を抱えつつも大事に滑り続けることも、答えの一つになるのかもしれない。

私は看護師である。そのことに誇りを持っている。

今は、福祉の現場で介護もさせてもらっている。だから、身体を痛めることも多い。

でも、だからこそ、痛んだ体でも頑張りたいと思う。私に身体を預けてくれる方々も、同じように頑張っていらっしゃるのだから。

膝を故障したことは、来年マスターズの敗北or不出場についての言い訳を得たという意味ではホっとしている。でも、ここからが、自分の戦いなのだと、思い始めている。

2010年10月25日 (月)

1秒間の可能性

小ネタかつ、身内ネタです。すみません。

昨日、地元リンクの営業がオープンということで、妻と行ってきました。

滅茶苦茶混雑するのが毎年なので、いつものジャージ姿ではなく、スラックスにシャツというオジサンスタイルで、ほとんどレジャー目的のつもりでリンクに向かいました。とても新鮮です。私自身は、この日に先だって一週間前から始まっていたクラブ専用の貸し切り練習にも参加させてもらっていたのですが、やはり、地元リンクの営業開始は、とても嬉しかったです。この日(オープン日は無料ですし^^)を心待ちにしていた人が沢山いるのがわかり、混雑しているのも嬉しい限りですし。

相手の方は、スケートはあまり経験がないのですが、モリコロで時々滑ってくれていました。片足滑走の練習のために両手を引きながら支えていた時に、「1秒でもいいから片足をあげてみたら?」と私は言ったのですが、その時によぎったのが、0.7秒という時間のことです。

バンクーバー前にNHKで放送した番組(「金メダルを決める一瞬」という名前だそうです)で、ジュベールの4Tの滞空時間が0.7秒と言っていたと記憶しています。1秒にも満たないわずかな時間で

トゥを着いていた脚と拡げていた腕を身体に引きつけて、曲げていた膝をピンと伸ばしてバックスクラッチ(=右軸で左脚を前)の形をつくり、4回転し、4回転目では左脚を前方に伸ばしながら右足のトゥで着氷しつつRBOに重心を移していく

みたいな作業をしていると想像します。

滞空時間...自分はどのくらいだろうか?と知ってみたくなることもあります。あくまでも、氷上でのジャンプの時間なのですが、0.3秒くらい?と、当てずっぽうですが...。バニーホップやアクセルなどの前向き踏み切りでは、トゥジャンプよりも短いはずです。今は、ファントムというブレードの大きなトゥにかなり助けられていますので。

初心者にとっては、”たった1秒”でも片足でこらえられない。

でも、世界のトップ選手達は、”0コンマ何秒”の世界でこれだけの仕事をしている!?

この仕事の積み重ねが、男子では270秒(=4分30秒)の演技になるのだろうと、思いました。ミクロからマクロにまでわたる世界の営みのような、緻密かつ壮大な拡がりが、フィギュアスケートにもあるのだろうと、思った経験でした。

2010年10月23日 (土)

真央選手に期待すること

傲慢な考えかもしれないが...今の真央選手の苦悩については、佐藤コーチよりも私達大人初心者の方が、よく理解できるのかもしれない。

「名選手、必ずしも名監督にならず。」

殿堂入りをされる名伯楽に、不遜な物言いであるのは百も承知だが、「金トク」というNHK中部地方の番組での練習風景を見て、そんな風に感じてしまった。

佐藤コーチは、スケーティングスキルを改善することで、自然に、スムーズにジャンプを踏み切れるようにしてあげられると考えているようである。なぜ、その試みが必要かと言えば、踏切時に膝を深く曲げて踏み込むことで滑走スピードが落ち、それが空中での回転スピードを落とすからだそうだ。

佐藤コーチと真央選手との取り組みの全てを理解することはできないので、あくまでも、この前提だけで考えるのだが、「空中での回転スピードが落ちることが、そんなに悪いことなのか?」と私は感じた。

NHKの番組で4年前(SPのノクターンの演技時)のフリップと今年(FSの鐘の演技時)のフリップとを左右に並べてスローモーションで映した映像があった。それを見ると、明らかに今年のジャンプの方が回転スピードは落ちている。しかし、滞空時間は、圧倒的に今年の方が優っている。残念なことに、NHKの番組では、ナレーションでも、佐藤コーチのインタビューでも、そのことには触れていなかった。

私がフィギュアスケートに強い不満を抱くのは、そういう部分である。

ジャンプの質や精度の低下という、わかりやすいアラの部分には厳しい。でも、その中に控えめに表れている可能性については言及を避けてしまう...そういう嗜好がフィギュアスケートの文化にはないだろうか?真央選手の昨日(NHK杯SP)の演技について言えば、ストレートラインステップは、ハっとするくらいに見事であった。ターンのエッジの正確性や下半身と上半身との動作の対比(スケートを滑らせながらも上半身は踊ってみせるなど)は、本当に素晴らしかった。真央選手は、世界にも誇れるステッパーではないだろうか?でも、そいう優れた部分について語って下さる方は、どのくらいいるのだろうか?

こういう「可能性」や「優れた部分」については、ジャーナリストや評論家よりもファンの方が敏感だとも考えている。ファンだから当然なのかもしれないが、好きな選手の好きな部分について、明確な言葉で表現している書き込みは、ネットでみることができる。たとえ”マオタ”と後ろ指を指されようと、可能性を見つけ、それを信じることは、とても大切なことだと、私は考えている。

ジャンプについて話を戻せば、歳を重ねるにつれて滞空時間を増しているとするなら、真央選手のジャンプは素晴らしい可能性を秘めているのではないだろうか?でも、もしかしたら...金の卵を産むニワトリの話のように、その可能性をダメにしてしまう方向に行っているのかもしれない。

安易な考えかもしれないが、佐藤コーチについて抱く疑問は、「この人は大人を教えたことはあるのだろうか?」ということである。

名古屋の先生方は、大人を教える経験も持っていらっしゃる。具体的に記すのは憚るが、リンクでの大人対象のフィギュアクラス、あるいは姉妹関係のクラブへの指導などで、いわゆる大人初心者の方々に接しておられる。恩田先生がインストラクター開始の最初の生徒に大人の方を選ばれたことは、私も知っている。

真央選手は大人である。心身共に大人の選手であろう。その特徴を踏まえてジャンプの改善を図らなければ、大きな落とし穴に嵌るのかもしれないと、昨日の演技を観て感じた。

身体面で言えば、体重の増量である。筋肉が脂肪よりも高比重であること、筋肉の量は骨格の成長と関係があることを考えれば、大人の身体になれば体重を増すことは避けられない。物理は習っていないのだが、スポーツ関係の番組での説明によれば(記憶に頼っているが)、回転運動に必要な力は、スピードと重力の二乗に比例するそうだ。(注1)だとしたら、同じスピードと力でジャンプするなら、体重の増加分だけ回転のスピードが落ちるのは当然ではないだろうか?

(注1)見返して気が付いたのですが...速度と重力の二乗に比例するのは、直線運動でのエネルギーのようです。回転運動は、軸からの距離と角速度が関係しているようですが、ググっても私に理解できるような優しい説明は見つかりませんでした。体重よりも、身体の形(横幅とか身長とか)の方が、「回転のし難さ」の理由になるのでしょうか?

もしも、踏切時のスピードで回転スピードを補うとしたら、体重増加分の二乗くらい(正確な計算はわかりません)の増速が求められるのではないだろうか?しかも、スピードが増したら遠心力との戦いも苛烈になる。踏み切り後に軸を締められずにジャンプが抜けてしまう、いわゆる”ポップ”という現象について、どのくらいの方々が、真剣に考えているだろうか?私は、この現象は、踏み切り直後の上半身(腕・胸・背中)の引きつけが回転運動開始に間に合わない、あるいは回転中に維持できない現象だと考えている。高速で踏み切り、高回転運動を形成するためには、より素早く、軸を形成し、保たねばならないのである。

軸の形成には広背筋(背中の筋肉)、軸の維持には大胸筋(胸の前側の筋肉)が重要だと考えているが、単に強くするだけでなく、素早く動かせる(=速筋を使う)特別な訓練が必要だとも考えている。それをしなければ、スピードと遠心力に負けて軸を形成できずにポップするのは、当たり前だと思うのだ。

「体重が増えたからちょっと踏み切りを速くする」では済まされない、ある意味では残酷な現実が、氷の上にはあるのだと、自分の経験から常々感じている。

まだ身体の出来上がっておらず、体重も軽い子供の頃ならば、特別なトレーニングは要らないかもしれない。でも、軟骨が骨化し、筋肉量も増えた大人の身体にもかかわらず子供の感覚で跳ぼうとするなら、それは無理だと私は考えるのだ。

NHKの番組で佐藤コーチが指摘しておられた、踏切時に「より高く跳ぼうと意識するための」踏み込みは、体重と筋肉(速筋を鍛えなければ身体のキレが感じられないのは当然である)の増加に対応した、真央選手なりの適応ではなかったのだろうか?選手本人は意識していなかったのかもしれないが...。

バンクーバーオリンピックで、前人未踏の3回の”トリプルアクセル”を成し遂げたことは、選手本人も周囲も、もっと評価した方が良いと思う。あの跳び方で、あの浅田真央が、やり抜いた偉業ではなかったのだろうか?4年前の浅田真央は、果たしてできたのか!?

20歳の浅田真央は、もはや”フワフワマオマオ”ではない。当たり前である。歳をとったのだから。でも、加齢を経た故に得たスキルの多さは圧倒的ではないだろうか?決して、ジャンプは劣化したのではない、進化し続けているのである。でも、少女時代の幻影を引きずるのであれば、進化は幻に果てるのかもしれない。

私が真央選手に期待することは、「大人でも跳べる」というジャンプをみせてほしいということである。深い膝の屈伸から繰り出す高いジャンプは、回転スピード以上に魅せることができる強みではないだろうか?むしろ、踏切時の速度が緩くなった分、広背筋を十分に使ってタイトな軸形成を果たしているように思える。

滑走スピードが全然落ちずに踏み切り、空中で高速に回って綺麗にランドするというイメージは、キム・ヨナからきているのかもしれない。彼女のジャンプの素晴らしさを追うならば、なぜ、彼女が出来るのか、その理由を明確にすべきだと、私は考える。伊藤みどりのイメージを追うのなら、伊藤みどりのジャンプの秘密を解明すべきなのと同じである。

その時に大切なのは、「目に見える現象」だけで良しとしないことである。

伊藤みどりのジャンプの秘密も、助走時のスピードにあると言われる。でも大切なのは、そんなに速い助走で、なぜ踏み切れるのか?である。それを明確にするには、身体の解剖学的な、あるいは力学的なレベルでの検討は必要であろう。それをせずに、「ただ速く、ただスムーズに」と氷上練習を重ねるのなら、それは危うい、と感じている。

真央選手について感じるのは、スケーティングの練習を重ねるのなら、是非、フリップの前のモホークを改善してほしいということである。釈迦に説法だとは重々承知だが...。

RFI→LBIに入るはずのモホークが、真央選手の場合はLBOになっている。アウトエッジでしばらく滑り(この時フリーレッグ=右足 も中心線より左側に寄っている)、踏切直前にフリーレッグを大きく右側に振ってインエッジ(=LBI)に乗りなおして右トゥを突く。これだけの蛇行滑走をしていれば、滑走スピードが落ちるのは当然であろう。でも、真央選手の跳び方、タイミングの取り方がそうならば、これもアリなのかもしれない。

この癖の是非を検討せずに、踏切スピードを上げることを考えているとしたら、トゥを突くタイミング、軸を締める速度がわからず、フリップがポップになる、あるいはパンクするのは当然だと考えるのだ。

「なぜできないのか?」を、つぶさに考えてほしい。「できていたのにできなくなった」のではない。①もともとできていなかったこと ②今でもできること ③これから改善したいこと を棚卸しして、それぞれの理由を踏まえたうえで、明確な意図と目的をもった練習をしてほしい。これも釈迦に説法ではあるのかもしれないが、そういう取り組みができてこそ、大人なのである。

もう、成人式を迎えるのだから...頑張れ!真央ちゃん!!

2010年10月 4日 (月)

ゆづり葉のように

スポーツには、ドラマがないと面白くないと思う。また、ドラマを見つけられるのなら、世界のトップを競うものでなくても素晴らしく見えるのかもしれない。

もっとも、昨日までの'10中部フィギュアスケート選手権大会で、一番、「いいもの観たなぁ」と思ったのは、無良崇人選手のFSだったのだが...。でも、一番印象に残っているのは、女子選手権FSでの村上友季子選手に声援を送る、樋口コーチの姿だった。後半のループが抜けた直後、「がんばれ~!」というグランプリ東海勢に合わせるかのように、リンクサイドで美穂子先生が選手に激を飛ばしていた。半分、顔をほこらばせながら...。ああいう先生方の様子は、今までの試合では気付かなかった。

女子ジュニアの熾烈な戦いでは、フェンス越しに選手のエッジや回転数をじっと、厳しく見つめていた先生方が、客席の応援団と一緒に大学生の選手に声援を贈っていた。そして、演技が終われば抱き合っていた。普段の競技会とは違う雰囲気だったと思う。

演技の前には、第2グループでの演技を控えている佳菜子選手も少し遠目のリンクサイドに出てきて、「おねえちゃ~ん!」と大声をあげていた。そして、演技途中で控室へと入っていった。シニア転向の初戦という大事な出番を前にした妹が、敢えて声援を贈るだけの意義が、この試合には、友季子選手にもあったのだろう。

パンフレットを確認して、やはりそうだったのだが、選手の所属の横に(大学4年)と記されていた。友季子選手だけではなく、永田有里奈選手、石原瑠衣選手も、大学4年生である。3選手とも、所属の大学は異なるが、グランプリ東海に縁のある選手達なのだ。演技が終わる度に、コーチの先生方と抱き合っていた。

選手達の大学卒業後の動向については、私は知らない。だから、この試合が引退試合なのかもわからない。中部選手権には、辻加代子選手や、三好麻耶選手のように、22歳を越えても選手権クラスに出場される選手達もいらっしゃる。荒川さんや村主選手、あるいは高橋大輔選手達の活躍により、大学卒業=現役引退という構図は崩れつつあるのではないかと思う。

ただ、社会人としてのスタートの時期は、選手生活を続けるのが難しいのは、事実かもしれない。「いままでのようには出来ない」という覚悟も必要であろう。その覚悟を引き受けつつ、後輩達の後押しを続けるのなら、本当に素晴らしいことだと思う。

それでも、大学4年生でのブロック大会は、節目なのだろうと、選手達や先生方の姿を拝見して感じた。もちろん、これが最後ではない。西日本選手権へと勝ち進む選手もいるだろう。そうでなくても、愛知県大会や中日カップ、あるいは大学生の大会など、競技会はこれからである。でも、全日本選手権へと続く、競技会シーズン最初の試合は、やはり特別であってほしいとも思う。紅葉の季節に先だって開催されるこの試合を、応援する私達も心待ちにしているのだから...。

姉から妹へ...

中部選手権での女子シニアの受け継ぎは、村上姉妹によって果たされた。

舞から真央へ...、残念ながら、この姉妹での受け継ぎは、ブロック大会では実現されなかった....。妹は、既にシニアでも世界に飛び出していたのだから(前年に全日本2位だったので、既に全日本出場権を持っていたという事情もあるかもしれない)

「フィギュアスケートって姉妹でやることもあるの?」と、会場で妻に聞かれた。確かに、姉妹揃って練習するところも多いと思う。私が所属するクラブでも、ひとカップルいる。お世話になっているクラブでは、兄弟で頑張っているし。グランプリ東海でも、浅田姉妹だけでなく、吉田姉妹もファンは応援していた。中部には、宮本姉妹もいらっしゃったし。関西では、村元姉妹は揃って出場しているのだろうか?

でも、選手権女子で姉妹揃っての出場というのは、あまり見かけない。大変なことなのだろう。その大変なことを、ブロック大会で、姉は大学生として最後の、妹はシニアの初戦として臨んだことに、私は意義を感じた。ちょうど、ゆづり葉のように、なにかが移っていく、そんな試合だったと思うのだ。

もしかしたら、おねえちゃんのためにも...と、FSでは力が入ってしまったのだろうか?

でも、それじゃぁダメだと思う。ポスト佳菜子を巡って、女子ジュニアでは熾烈な戦いが終わったばかりである。

同じクラブの佐藤未生選手(彼女はとても高い3Lを降りた)が制したが、本当にレベルの高い試合だった。私は、本郷理華選手のジゼルがとても嬉しかった。「たとえ胸がつぶれても、踊り続けたい」というジゼルの熱情が、本郷選手のスケートへの想いと重なるような演技だった。あと、6分間練習で失敗し続けた3Lから逃げず、本番では降りられたことに大きな意義があると思う。

ポスト佳菜子を争う女子ジュニアの選手達は、ソチの代表枠を争うライバルとなるかもしれない。日本女子の代表争いの熾烈さは、まだまだ続くだろう。ただ、真央ー安藤ー鈴木というトライアングルは、崩れるのかもしれない。「世代交代」の一言では納得できないのだが、今は、ジュニア世代が旬である。でも、若手がより大きく成長するためにも、トップ選手達の頑張りが、今こそ大切なのだと思う。

もしも、ソチの代表は奪われてしまうとしても...。

2010年10月 3日 (日)

モリコロから三河湖へ

本当に忙しく過ごしています。ブログの更新ができずにすみません。それでも、日々のトレーニングと時々の氷上練習は続けています。

シーズンオフですので、リンクでの練習は、週1回、愛・地球博記念公園アイススケート場(モリコロリンク)で自主練習をするのが通例です。9月も4回行きましたが、上旬に行った時には妻も同行してくれました。以前も記しましたが、高速料金を節約しての下道紀行ですので、静岡県西部(ほぼ、旧天竜市の近く)から愛知県の奥三河(鳳来・長篠)へ、そして西三河(豊田市)を通って東尾張(モリコロのある長久手町とか)に至ります。

日本史が好きな方ならピンとくるかもしれませんが、この道は、三方ヶ原(武田×徳川)→長篠(織田・徳川×武田)→長久手(徳川×羽柴)と古戦場を辿る道でもあります。「このあたりで戦があったのかなぁ」と想像しながら道を走らせることもあります。

にしても、ほとんどが山道です。妻が動画を撮ってくれたのですが....。

大半がこんな道です。幾つ峠を越えるのか、数えられません。スケートよりもドライビングテクニックの方が上達したりして...(汗。およそ、「スケートの練習に行くところです」という雰囲気ではないのですが...。でも、国道301号線の作手(つくで、新城市)の付近とか、とても気持ちの良い道です。

約3時間くらいかけて、モリコロに着きます。この道を初めて試した日には、愛・地球博記念公園の観覧車を遠くに見つけ、妻と歓喜の握手を交わしました。いや、本当に...辿りつけるかが不安だったのです。

実際には西門から入りますが、北門の方からモリコロリンクを撮ってみました。この日はとても天気が良く、行楽日よりです。

Img_0281_6

練習は、午前10時から午後1時までが通例です。暗くなる前に帰り着きたい(日が落ちた後の山道は怖い)ので、早めに帰るように心掛けています。

この日の練習では、フォアスネークの様子を撮ってもらいました。

モリコロはスピードスケート用の外周コースがあり、スケーティングの練習にはうってつけです。練習終了間際には、久しぶりにジャンプ練習もしてみました。

全然回れておらず、降りてもいませんが、動画を見返して反省点がみつかるのは、大きな勉強です。二つ気付いたのですが、一つ目は、踏切時に右足(フリーレッグ)での振り上げができていないことです。これは、シーズン中に先生に注意されていたのですが、もっと意識する必要があるようです。もう一つは、空中で孤を描きながら跳んでいることです。踏み切ってから、進行方向に向かって左側にカーブしながら跳んでいます。これは、軸をとって回りきるうえではデメリットになると思います。左回りの回転から逃げるような軌跡で跳んでいるからです。これも先生から指導されていたことなのですが、踏み切ってからはまっすぐ前へと跳ぶのが良いと、動画を見てつくづく感じました。その方が、跳んだ後も回転する力を維持しやすいと思うのです。

現状は厳しいのですが、その厳しさを動画で確認できるのは、とても良い勉強だと思います。

妻はリンクサイドで涼んだり、公園の中を散策したりして時間を過ごすようです。13時過ぎに待ち合わせをして、帰ります。この日は、ナビがなぜか香嵐渓へと迂回する道を指定しました。

Kourankeimap10101

地図上で豊田市の表示のあるすぐ上から道が分かれるのですが、先にも記した通り、国道301号線を辿るのが普段の行き来の仕方です。ところが、国道153号線から香嵐渓を通って420号線で本長篠に行く方法をナビは提案してくれたのです。それほどの大周りではないので、妻と相談して、そちらを試してみることにしました。紅葉にはまだ早いですが、秋にふさわしいところですので。

ついでに、三河湖にも寄り道し(普段の行き来でも三河湖への案内掲示を目にしていたので、気になってました)、そこからいつもの301号線に戻ることにしました。香嵐渓は、車で素通りでしたので、写真を撮りませんでした。紅葉が深まってきたら、また、ブログで紹介したいです。三河湖は、少し散策しました。

Img_0286

駐車場から坂をちょっと上ると、巴川の堰(副ダムというそうです)からあふれ出ている水の様子がみられます。ダムのブログを帰宅後に確認したのですが、冬には凍ってとてもきれいな模様になるそうです。ここからほんの少し、道を進めると...

”利水放流”というそうですが、常時、ダムで貯めた水を巴川に流しています。山間に響く轟音と自分達のいる対岸でも浴びてしまう飛沫(しぶき)に圧倒されました。

Img_0306

同じところから見上げた、ダムの全景です。このダムは、羽布ダムと言い、矢作川水系の巴川を堰き止めているダムだそうです。堤体上部にある、赤い余水吐ゲートが格好良いなと感じます。このゲート、堤体の上部にあるのでクレストゲート、門の仕組みからはラジアルゲートという部類に分けられるようです。勝手な感想ですが、”ラジアルゲート”という語感が、なんとなくダムっぽいなと...なんとなくですが...。

車で坂道を進み、堤体の上から下流側の眺めを撮影しました。

Img_0315

直下は、こんな感じです↓

Img_0327

クレストゲートのすぐ上から覗いてみます。

Img_0329

下から見上げた時にはスマートな姿にみとれたのですが、上からは...正直、怖いです。足がすくみました。もちろん、立派な鉄柵があるのですが...。

下流側からグルっとダム湖の方へ振り返ると、このような感じです。

ダム湖は三河湖といい、ダム湖百選にも選ばれているそうです。このダムが堰き止めている巴川は、作手のあたりも流れているのですが、ほんの小川くらいです。それが、こんな大きな湖になるのですから、不思議な感じです。

Img_0323

ダム湖の中ほどに、三つくらい円の形が見えます。近くの説明板では、オレンジ色のブイのあたりで湖水の攪拌をしているそうなので、その渦ではないと思います。もしかしたら、下流への放流のための取水を、あの円のあたりでしているのかな?と思いました。

堤体を渡って、反対側から撮ってみました。

15時くらいだったのですが、日が傾き始めています。「秋の日暮れはつるべ落とし」という時期になったのかなと、感じました。

この時はまだ、残暑が厳しく、地元では雨がずっと降っていない時期でした。にもかかわらず、湖は水をたたえ、コンスタントに川の流れが守られているのは、ダムのおかげなのでしょう。このダムは西三河地方の農業用水の確保のために作られたそうです。「日本のデンマーク」と呼ばれている地方ですから、私達の食糧のためにも、大切な働きをしているのだと思います。

私自身は、もともとは自民党支持であり、昨年の政権交代を快く思っていませんでした。もっとも、今は、衆議院を解散して自民党に政権を戻すことを願っていませんが。

鳩山政権下でしきりと言われていた、「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズは、このようなダムの恩恵を無視した空疎なものだと考えております。私の地元では新東名高速道路の建設も着々と進んでいます。静岡市付近の交通の脆弱性(特に災害時に)を考えれば、やはり必要な道路だと思います。コンクリートであろうと、社会保障であろうと、教育制度であろうと、人を活かす目的であれば、手段は限定されないのだと考えています。むしろ、人を見ていない政策であれば、たとえ福祉政策であっても、空虚なものになるのかもしれません。

私自身は、このような立派なダムを作ってくれた先輩方を誇りに思いますし、その努力に感謝したいです。ちょっと説教じみた結びで申し訳ないのですが...

Img_0344

羽布ダムは、とても格好良いダムです。

あと、余談なのですが、このエントリーを作成している今日(10月3日)は、中部選手権の最終日です。昨日は仕事で行けなかったのですが、初日だった一昨日と本日は、観戦・応援に行きます。道中はもちろん、山道(帰りは高速かもしれません)ですので、また写真を撮り、時間を見てエントリーしたいと思います。

初日のノービスA・Bがハイレベル(ジャンプの難易度というよりも、失敗の少ない演技が多かったです)でしたので、40名が西日本大会行きを争う、女子のジュニアの戦いを楽しみにしています。あと、合同練習でお世話になっているクラブの選手達も出ますので、応援したいです。

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