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2010年7月

2010年7月18日 (日)

靴の調整について

昨日、モリコロに行って、スケート靴の調整をしてもらった。

風越カップ前からエッジの摩耗が気になっていたので、大会が終わって最初の自主練習日であった7月9日に、モリコロで初めてエッジの研磨をしてもらった。その時に、担当して下さったスタッフの方から言われたことが、次の2点である。

  1. ブレードを止めるビスが斜めに入っているため、ブレード自体がアウト側にズレてしまっている。
  2. アウトとインのエッジのレベル出しの必要がある。

2.の「レベル出し」とは、初めて耳にした言葉だったのだが、イン側とアウト側のエッジの高さを揃えることと説明して下さった。はっきり言って、当たり前のことと思うのだが、私の靴のエッジはインとアウトとの高さが揃っていなかったそうである。もちろん、ズレは微妙だったのだろうが、このために乗り難いエッジがあったのではないかと、モリコロの方から言われた。

そう言われて、一番の心当たりは、バックインへの乗り難さである。マスターズの動画での振り返りで再三記したが、私はバックインで十分に滑ることができない。それが、プログラムの印象を損なっていると考えている。ただ、滑れない理由は技術不足だと思っており、靴に理由を求めるつもりはなかった。それでも、インーアウトで高さが揃ってなかったと聞けば、「だから滑れなかったのか...」と思わずにおれない。

そう書くと、じゃぁ、レベルを出したら滑れるようになったのか? と疑問に思う方もいらっしゃると思うので、先に結論を記すが....信じられないくらいに滑るようになった。インだけでなく、アウトエッジでの乗りも、良い意味でシヴィアになり、それこそエッジを利かせた滑りができるようになったと思う。ある意味、”目からウロコ”とは、こういうことを言うのではないかと感じたくらいである。

もちろん、今までのパフォーマンスの悪さの全てを靴のせいにしても仕方ない。

やはり、自分の練習不足、経験不足、認識の甘さ、そういう反省は、率直にせねばならない。でなければ、今後の成長は期待できないだろう。ただ、靴の調整でパフォーマンスの向上が図れるのなら、それもありがたいことである。今までの苦労や努力を無駄とは思わないが、今回のことで更なる改善ができるのなら、先行きに希望を持つことができる。

話が前後するが、1.に記したブレードのズレは、更に顕著な問題であったようだ。

Backedge 写真は、ブレードを中央の位置に直してもらってからの撮影である。黒く色のついた部分が、それまでブレードがあたっていた位置であるから、かなりアウト側に寄っていたようである。この靴を買った時には、ブレードの位置は中央で仮止めしていた。そこでバランスがとれたので、更なる調整は必要ないと、ショップの方から言われたし、私もそう思っていた。ところが、1年半使っている間に、こんなにズレていたのである。

ネジの緩みというのは、考えにくい。私は、練習の後は必ずネジの緩みのチェックをしており、締め直しをしていた。だから、緩みでブレードがズレてしまうことはないと思う。

むしろ、締め直しのためにブレードが少しずつズレていったのではないかと説明を受けた。もともと、ブレードを固定するネジが斜めに入っていたので、そのネジを締めるにつれてブレードが移動していたのでは、ということだ。その斜めに入っていたネジは、私も気がついていた。でも、スケートショップの従業員がした仕事だから、これで良いのだろうと思っていた。にもかかわらず(真相はわからないが)、ブレードがズレないように締め直しをしたから逆にズレていたとしたら、”皮肉”と言いたくなる。世の中では、ありがちなことかもしれないが...。

靴の後ろ側(フォアエッジ側)は、もっとはっきりしている。

Foreedge やはり、ブレードをセンターにつけ直していただいた後の写真だが、黒くなっている部分の大きさから考えると、今までは、かなりアウト側にブレードが寄っていたようである。そうすると、インに倒れやすく、アウトには乗り難い傾向で滑っていたのではないかと思う。私がスピンがとても下手な理由のひとつは、ここにあったのかもしれない。回転中にバランスをとろうとしても、どうしてもイン側に倒れてしまうことに難儀していたのだから。

しかも、この靴を購入した直後、スタンドスピンの軸がとても安定し、回転速度が増していたのを覚えている。その後、交通事故の後遺症の治療のためにスピン練習を1年間ほどしていなかったのだが、再開後はほとんどできなくなってしまった。練習をしていなかったせいだと思っていたが、もしかしたら、その1年の間(スケーティングやジャンプの練習はしていた)に、ブレードがズレていってしまい、それで、スピンの乗り位置がわからなくなってしまったのではないかと考えるのだ。

先ほども記したが、パフォーマンスの悪さの全てが、靴にあるとは思わない。でも、靴の調整で少しでも光明が見えるのなら助かる、この気持ちは否定しがたいものがある。とはいっても、今までの靴が悪かったわけではない。今まで頑張ってこられたのだから。ただ、更に頑張るために...靴の改善のきっかけが与えられたのではないだろうか?

だから、結局は、自分自身の問題であろう。靴が良ければ嬉しいが、それが絶対的な条件ではない。その靴を使って、自分がどこまで頑張れるか、そのことの方が大事なのだと考えるのである。

この日は、更に、左爪先外側の幅だしをしてもらった。滑走中は常にあたっていたので、左足の小指に立派な魚の目が出来ている。時々、市販薬で治療はしていたのだが、なかなか核まで削り出すことができず、ちょっとしたら元に戻っていた。そうでなくても、左足爪先はきゅうくつだったので、思い切って、幅だしをお願いしたのである。

Extension 手書きの円をいくつか描いたところが、爪先とあたっていた部分である。そこを拡げてもらった。これにより、爪先を十分に伸ばすことができるようになり、今まで以上に、足底を使うことができるようになると思う。

最後に、研磨のグレードにも、今後は拘ってみたいと思う。今までのシーズンリンクでの研磨は、いわゆる機械研磨であった。スケートのブレード用の研磨機を使う方法のようだが、フィギュアだけでなく、ホッケーのエッジもそれで研ぐようである。この研磨法では、ブレードの前後に対して垂直に、細かい傷がつくそうだ。それが滑りにくさにつながると、教えてもらった。でも、機械研磨はリーズナブル(1回1000円)だし、今までと同じ研磨法なので、今回もそれでお願いしてしまった。それでも、モリコロでの機械研磨は今までと違い、研磨すぐの練習でも全然違和感がなかった。スタッフの話だと、機械研磨でも細かく研磨する(砥石が違うのだろうか?)ので、一般のそれよりかは研磨直後の違和感が少ないはずなのだそうだ。

技術的な話にはついていけないのだが、それだけブレードやエッジのことを大事に思ってくれるスタッフにお願いするのなら、更にグレードの高い、フィギュア専用の研磨(1500円)あるいは、鏡面仕上げ(機械研磨の後に工程を加えるらしい2000円)だと、どんな風に変わるのか、少し興味が出てきた。研磨によって、スケーティングの伸びが変わるらしいので、それによってもパフォーマンスの印象は違うのかもしれない。

しかし、心配もある。靴の調整によって、あるいは滑走スピードは上がるかもしれない。エッジの乗りも良くなるかもしれない。でも、そうなれば、コントロールには更なる技術が求められるであろうから、スピードが上がったぶんジャンプの踏切に苦労するかもしれないし、ターン後の滑走に神経を遣わないといけなくなるかもしれない。そういうところは、更なる頑張りが求められるのであろう。

2010年7月13日 (火)

風越カップの動画

今月4日(日)に開催されました、第1回軽井沢風越カップに出場しました。

大会のことを知ったのが、5月15日のマスターズ会場ででして、それからの準備でしたので、練習不足、調整不足は免れ得ない状況でした。演技は精彩を欠き、一昨年のマスターズ初出場の時くらいにボロボロの出来でした。

それでも、リンクの上では集中が途切れませんでしたし、悪い時なりに頑張り続けるという意味では、良い経験になったと思います。妻がビデオ撮影をしてくれたので、それを載せます。

言い訳をひとつだけ許してもらえるのなら、マスターズに合わせて3月末に研磨したエッジを、風越カップに合わせて、もう一度研いでもらう時間を作ることができなかったのは、大きかったと思います。6月くらいの練習で、エッジの摩耗を感じていましたが、機械研磨の経験しかなかったので、研磨後にエッジが滑りよい状態になるまでの練習時間がとれないと判断し、摩耗したエッジのままで試合に臨むことに決めたのです。

この判断が裏目に出て、風越の固い(モリコロより固かったです)氷にエッジが、文字どおり”歯が立たず”、6分間練習からジャンプで転んでばかりいました。ランディングは自分のタイミングなのにRBOでスルッと面白いように転んでおりました。

もちろん、試合は靴やコンディションの調整も含めて、総合的な努力がものを言います。そういう意味では、練習だけでなく、(試合に臨むうえでの)努力も不足しており、負けるべくして負けたのだと考えています。でも、生涯の中でも大事な時期に、試合に出ることができた、それだけの時間と情熱を残すことができたことには満足しています。

練習と努力が不足していたと言っても、決して、いいかげんな思いで臨んでいたわけではありません。今回は、マスターズで痛感したスケーティングやフットワークの悪さを改善するということを、大きなテーマにしていました。その意味では、むしろマスターズよりも悪い結果を露呈することとなりましたが、収穫もありました。何より、脚元のバランスを崩しても身体全体では持ちこたえられるということです。脚元はおぼつかないのですが、上半身は比較的安定していたことが、ある程度のスピードを維持して演技を続けられた要因だと考えました。これは、マスターズでの演技でも言えたと思います。

脚元の良しあしを語るためには、ある程度の練習と経験が必要でしょう。私には、その自信がありません。フットワークの改善には、一層の努力と時間が必要だと感じております。でも、プログラムはそれを待っていてはくれません。今回の”カルメン前奏曲”は、”アフリカンシンフォニー”ほどハードではありませんが、やはり、練習を積まないと演技できないプログラムです。特に、スピードを求められますので、大変です。

この時に、上半身の強さがアドバンテージになると考えております。

脚元がおぼつかなくなった時(良いことではありませんが)に、上半身でバランスを保って転倒を免れる、そういう場面が、この動画でも何か所もあります。もちろん、プログラム練習を重ねて、スムーズにエッジをコントロールできるようにはなりたいです。でも、まだ、仕上がりにはほど遠い状況ですので、強引に滑走方向へ体を持って行かねばならない箇所もあります。最後のところで転倒してしまったのは、まさに、そういう箇所でした。反時計まわりのクロスからタイミングでアウトモホークをして時計回りのバッククロスに変える部分で、エッジが横滑りしたのです。今回はエッジの摩耗のために転びましたが、エッジワークが上手にできない時には、身体機能でバランスを保つ、それが現状です。

幸い、靴の調整について、モリコロでお願いができるようになりましたので、きっとフットワーク改善にもつながっていくと思います。これについては、また報告したいと思います。同時に、日々の練習を大切にしながら、一歩でも、半歩でも、より良い演技ができるようになればと願っております。

現在は、家庭や仕事のために割く時間がほとんどで、週1回3時間(往復で6時間はかかりますので...)自主練習ができるのが精一杯です。今回の試合前には、曲かけ練習は、6月中旬に一度できただけです。でも、それでも、改善し、前進できるものはあるはずです。それを信じて、頑張っていきたいと思います。

2010年7月 1日 (木)

夫婦で初めての戦い

6月2日が入籍だったので、やっと1カ月になる。

密度の濃い、初めてだらけの1月だった。とにかく目まぐるしく、毎日が新鮮で、同時に仕事との両立に意識した日々だった。初めの5日間は結婚の特別休暇で仕事を免除していただだいたが、6月6日以降は普通に仕事をし、夜勤もこなした。

初めての夜勤の勤務中は、少し寂しかった。相手もそうだったらしいが...。

とにかく、それなりの人生を歩み、年季の入った生活をしてきた者同士なので、同居生活でも、それほどの支障はきたしていないと思う。生活のペースは妻が握り、家の中のことも仕切ってもらっている。それに私がのっかり、ボツボツとやっている状態だと理解している。

そんな感じで1カ月をやり、少しずつ、自分の拘りも出始めているが...。例えば、パソコンを使ったり、本を読んだりするのに、勉強机が必要なのは私の拘りである。なので、数回の討議を経て、やっとニトリでフリーデスクを買ってもらえた。嬉しかった。

今までは、そういう勉強用のテーブルがなく、ちゃぶ台兼用のこたつや、キッチンのワゴン(写真参照)を机代わりにしていた。このブログの新規エントリーが滞っていたのは、そういう我が家の事情のためでもある。

1007011

ワゴンという以上、キャスターもついていてテーブル部分は折りたたみも可能だが、ほとんどキッチンテーブルとして機能している。結婚直前に、妻と義母が刑務所工房の即売会で見つけ、プレゼントしてくれた製品である。使い勝手が良く、ヒノキの香りも上品で、とても良い雰囲気を我が家に醸し出してくれている。

この日は作り置き用に揚げ物をしていたようだが、メカジキのフライが夕食にものぼり、美味しかった。白身の魚は、冷たく荒い海流で味を深めていくそうだ。そういう味覚に自分もあやかりたいものである。

ついでに...このワゴンと一緒に使っている椅子。

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私が学生の頃から実家で使っていた、キッチンテーブル用の椅子である。かなり年季が入っている。2脚持ってきたが、これが、私からは唯一の婚礼家具である。他の生活用具は、妻が独身時代から使っているものを持ってきてもらった。他の私のモノとしては、スケート靴とかトレーニング用品とか、ジャージとか...そんなものばかりである。

出会った頃からスケート馬鹿であることは理解してもらっていたので、6月も練習は続けていた。もっとも、新生活のために、ある程度は遠慮もしていたが。でも、ここ2回ほどのモリコロでの練習は、妻も一緒に行きたいと言ってくれた。彼女は滑りはしないが、観覧席で本を読んだり、リンクから離れてラヴェンダーを摘んだり(有料らしい)、彼女なりにモリコロで楽しんでいたようだ。私の稼ぎでは、二人の生活を維持するだけでも大変なので、スケートにかけられる費用も大幅に減った。なので、高速道路を使わずに行ける道を探し、先日は、愛知県の山間部を縫うように走って豊田市市街地から中京大学豊田キャンパス付近を通り、モリコロまで行くルートを試してみた。予想以上に気持ちの良い道で、とても楽しいドライブになった。転職の関係で、院の研究は中断しているが、いずれ再開せねばならない。そうなったら中京大学にも通う必要があるので、その点でも画期的なルート発見となった。

志を失わなければ、道は見えてくる。本当に、そう思う。

新婚期にもかかわらず、練習を続けているのには、自分なりの理由がある。7月に大会を控えているのだ。”第1回風越カップ”という、大人のフィギュアスケートの大会が、7月4日に軽井沢である。大会要項は”スケートコムコム「暖房室」”でも掲載されているので、興味のある方はご覧下さい。

先ほども記したのだが、経済・社会・心理と様々な側面で独身時代の感覚とは変わっている。なので、大会参加には迷いがあった。でも、ETC休日割引もあり、長距離ドライブを厭わなければ、交通費はさほどかからない。妻も軽井沢への旅行を兼ねての大会参加ということで快諾してくれた。試合後は、いただきものの旅行券を使って野辺山で一泊し、翌早朝から山道を走って~平日なので、ETC早朝割引でも1000円にはならない~、その日の夕方には自宅に辿り着くつもりである。高速を使わないモリコロ通いと言い、タフな妻に、心から感謝している。

今年のマスターズは、独身最後の戦いであった。惨敗であったし、悔しさがまだ残っている。でも、自分でも課題は認めざるを得ないので、結果は受け容れるしかない。すべきことは、課題の改善であり、それしかない。たとえゆっくりでも。

スケートを続ける以上、結婚後も試合に出場するつもりであったが、こんなに早くチャンスがもらえるとは思っていなかった。なにより、中部地方で大人の大会を開催して下さること、その初めての大会に参加したかった。どんな人達が、どんな思いで準備してこられたのか、それを知りたいと思ったのだ。私自身、いつかは中部地方でマスターズのような大会をと思っていたので、先を走ってきた人達がいることに、大きな驚きを覚えた。ならば、競技参加者という形で、是非、協力していきたい。

そういう思いを伝えて、妻に了解をもらった。

今は、彼女にもサポートをしてもらっている。技術的な事柄は私の範疇だが、食事の管理や金銭的な承認、精神的な慰安など、本当に独りの時とは異なっている。ストレッチも、少し手伝ってもらっているし。初めて開催される大会に、夫婦で初めて臨む。彼女がリンクで滑る機会があるかは全然わからないし、私はシングルスケーターを続けるだろうが、選手だけがチームではないこと、それを噛みしめる大会になれば幸せであろう。

プログラムは、”カルメン前奏曲”の予定である。まだ1分間しかできあがっていないので、そのバージョンで全力を尽くす。ただ、リンクを広く使うには、かなりの滑走スピードが必要なプログラムであり、ジャンプよりも滑ることを優先せねばならない。なので、前降りで失速することを避けるためにも、ジャンプは全てシングルとし、ランディングも十分に滑って、スピードを失わないことが大事だと考えている。

先生は帯同されないが、その考えで相談しており、了解を頂いている。

とにかく、頑張ろうと思う。

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