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2010年5月17日 (月)

備忘録

今、感じていることです。

今年のマスターズの経験は、きっと今後に生きると思います。

11人中最下位で、得点が2.0にも満たなかったことは、本当に辛いことです。1分間の曲で出場した過去の大会(子供達も出場する地方大会も含みます)でも、これより低い点数はなかったと記憶しております。ただ、動画を見返してみて、得点に結びつかない(=評価されない)演技であることは理解できます。

第一に、片足で滑っていない、滑ったとしてもエッジを生かしていないこと。

第二に、スケーティング、ジャンプ、スピン、ステップの各エレメンツの技術が中途半端であること。

第三に、動作がせわしなく、バタバタした印象を与えること。

これらは、昨年の動画からも感じ、反省した点でもありました。でも、改善はされていなかったようです。

ただ....言い訳でも、負け惜しみでも、強がりでもないのですが...これらの問題点は、自分の可能性でもあるように感じています。いわゆる伸び代とか、改善の余地、というものなのかもしれませんが、クラブの先生がおっしゃって下さった、「努力の方向性は合っているが、ジャッジの評価とはズレている(でも、いずれ、合ってくるだろう...)部分」が、上記の三点にあるように感じます。

自分のことなので、肯定的な断言をするとインフレーションにつながるおそれもありますが、あの曲を、あの振付で、あれだけ跳びはねられた自分に、可能性を感じます。同時に、以前のクラブの先生が、最初の曲として「夜のタンゴ」を与えて下さった意図も理解できます。やはり、自分の身の丈にあったテンポや雰囲気で、十分にエッジに乗せた滑走がフィギュアスケートでは大事なのでしょう。

なので、「夜のタンゴ」で4年間勉強させていただき、それとは、ま逆をいく”アフリカンシンフォニー”を2年挑戦させて頂けた、この経験は、とても貴重だと感じております。

エレメンツが中途半端ということについては、実際のところは、非常にゆゆしき問題なのですが、バッジテスト挑戦を見据えて、先生の指導を受けつつ、技術を身につけていきたいと考えております。特にステップで、エッジを十分に使っていない、あるいはトゥで立つべき部分でエッジを氷に着けているという欠点も見えてきました。この点は、今まで以上の頑張りが必要なのでしょう。また、スピンをきちんとできなければ、現在のポジションからの進展は望めないと思います。

やはり、最下位というポジションは、辛いものではありますが、受け容れるべきものでもあると思います。これも強がりではないのですが、このポジションのメリットを、今後は生かしたいとも考えています。それは「脱最下位」というものではなく、”底辺を生きる者の自由”がテーマになります。(最下位であることを嫌い、そこから抜けることを考えても、誰かは最下位になるわけですし...そういう考えは面白くないと思います)。

私は、フィギュアスケートは自己満足の世界ではなく、コミュニケーションの世界だと考えております。

相手は、基準の体現者であるジャッジや、応援して下さる方々(会場だけでなく、練習場所でも、本当に沢山の方々に支えて頂きました)、そして、音楽です。ですので、順位に構わずに勝手なことや、基準を無視したことをやるのが自由とは考えておりません。でも、意見が対立したり、合意に至らないながらも意見交換を諦めないのもコミュニケーションではないでしょうか?

採点競技の場合、ジャッジの判断する基準に適合するのが望ましいのですし、そこから最も逸脱している者が最下位になるのだと思います。なので、その逸脱をなるべく減らしていくことが、競技者には求められるのでしょう。でも、その逸脱を減らしていく過程を楽しむ自由が、下位に沈んでいる者には与えられているのではないでしょうか?

例えば、レフェリーから指摘された、動きの不自然さ....。何度も、お気楽さんが撮影して下さった動画を見返して、感じてくるものが見えてきました。でも、それが本当にジャッジがいわんとしている問題なのか、あるいは、どうすれば、ジャッジが求めている「自然な動き」になるのか? そういう宿題を考える時間と自由が、私には与えられているのです。しかも、昨年に続き、今年も先生に来て頂きました(今年はクラブの先生も!!)。

マスターズの雰囲気と上位(自分以外の全員...笑わせて下さい!)スケーターの滑りを実際に観て、先生方も感じるものがあったそうです。それらが、きっと今後の自分への指導に生かして下さるはずです。だから、ジャッジの求める基準に、自分がどうしたら近付けるのか、それを、先生や仲間達と、一緒に考えていける時間があるのです。きっと、楽しいと思います。

大切なのは、その結果がノルマでないということです。

競技者である以上、基準の理解と尊重は求められると思います。そこが、いわゆる「自己満足」との違いではないでしょうか? でも、良い演技でもってジャッジを満足させねばならない義務を、私は負うつもりはありません。ジャッジとのコミュニケーションはしていくのですが、コンプライアンス(遵守)を問われるいわれはないと、理解しています。

ここの部分がわかりにくいのですが....コンプライアンスが求められるルールもあります。例えば、参加資格に関する規程や、使用音楽に関する規程、衣装に関する規程などです。そういうルールは、守って当然ですし、競技者ならば遵守できるはずです。でも、いわゆる基準(スタンダード)については、競技参加者として尊重はせねばなりませんが、遵守義務はないと思うのです。

例えば、ルッツはアウトサイド踏切であることを「遵守せよ」と言われても、「できないかもしれません...汗」としか言えませんし...。スピンにしても、膝よりも低い位置でのシットスピンが望ましいのは理解していますが、「できないならシットはするな!」というのも乱暴な話だと思います。要するに、採点の基準は、いわゆる努力目標であり、基準に近づくほど得点が高くなる、でも、基準を満たさないから失格というものでもないと思うのです。

ならば、基準を理解し、それに近づくための過程を楽しむことは可能でありますし、最下位の者は、その楽しみを最も享受できる者なのかもしれません。今回は、ルッツ+トゥループを2-2でという、無謀な挑戦をしました。で、転びませんでしたが、基準からは大きく逸脱したジャンプになりました。ならば、次回は...それをどう改善していくか、先生と一緒に考えていきたいと思います。いわゆる、GOEでプラス評価をもらえるジャンプを夢見ることも、許されるのではないでしょうか?もちろん、できなくても、失格にはなりませんし。あるいは、現実的な線で、”ダウングレード”を”アンダーローテーション”にもっていくとか、-3評価を‐1評価に近付けるとか、そういうことにも取り組めると思います。

目標設定は自由であり、むしろ基準から逸脱しているほど、(基準を尊重した)目標設定の自由度は高いのかもしれません。これは、各エレメンツだけでなく、プログラム作成にも言えると思います。

来年のマスターズは、「カルメン前奏曲」でお願いしますと、随分前からクラブの先生に申しております。1分間バージョンは既に出来上がっていますが、おそらく2分間バージョンを作って下さると思います。その時に、このエントリーの始めに記した、私が感じている3点の私の演技に関する問題点を、先生に相談しながら作っていただくことも、きっとできます。それが、今年のマスターズでの惨敗からの一番大きな収穫になると考えています。

”アフリカンシンフォニー”を演じきれたというのは、私にとって、一生の思い出になります。素晴らしいプログラムでした。ただ、良い意味でも、(フィギュア的に)悪い意味でも、自分の癖が出てしまうプログラムだったのかもしれません。

ですので、あぶり出た問題点を把握しつつ、次のプログラムに移る時期なのだと思います。それと並行しつつ、基本練習は欠かさないようにしていきます。

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