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2010年2月

2010年2月26日 (金)

世界をその手に(オリンピック女子FS終了後の雑感)

すみません、まだ、ポエムチックな書き出しや内容が思い浮かびません。雑感です。書き散らしになりますが....もし、よかったら読んで下さい。

試合の感想は、何もない。というか、言っても仕方ないと思う。

いや、私自身は、歴史に残る名勝負どころか、神々の闘いにも似た最高のゲームであったと満足している。ヨナは凄かった。彼女とチームは、4年前からこの結果を目指して準備を続けていたのだろう。そこは、真央選手サイドの出遅れがあったと思う。戦略(長期・広域での視点からの展望)、戦域(ある程度のまとまったスパンや広がりから把握する状況理解)、戦術(その時、その場に応じた対応)のいづれもで、ヨナサイドが金メダル獲得にふさわしい努力をしてきたのだと思う。

でも、何度も記すが、昨年10月のフランス→ロシア杯と立て続けに崩れ、キムどころか他の有力選手達からも大幅に遅れていた真央選手が、オリンピックFSの最終グループに入り、金メダルを目指せるとは、誰が予想できただろうか。結果的には、FSでもヨナに大差をつけられることになったが、SP終了時に4.72点の差まで肉薄できたのは、真央選手の頑張り以外の何物でもない。よく戻ってきてくれた、よく、復活してくれたと、喜ぶ他はない。12月の全日本、フタを開けるまで、私達は不安で仕方なかったのではないだろうか?

だから、とにかく嬉しい。銀メダルを獲ってくれたことは、私的には万々歳だ。もちろん、真央選手の金メダルを信じていたし、願っていた。でも、かなわないのなら、我慢するしかない。ヨナ選手の涙で、「おめでとう」と言う気持ちになった。彼女だって、勝利を目指して頑張ったのだろうし、完璧に、高難度の技術と表現で演じたのだから。

それでも、「感想を言っても仕方ない」と記すのは、キス&クラでの真央選手の無表情な顔つきと演技直後の泣き顔を見て、ああ、この試合はやっぱり真央選手の試合なのだなと思ったからだ。私は、私的に「嬉しい、おめでとう」と思う。でも、真央選手がそうは思っていないとしたら...一方的に思っても仕方ないのかなと感じるのだ。それでも、みんながおめでとうと言ってくれて、初めて嬉しさがこみ上げてきたというのも、あるのかもしれないが。

だから、大事なのは、この試合の結果を真央選手がどう受け留め、どう生かしていくかであり、私はそれを見守っていきたい。でも、同じ日本人として、誇りに思うよ>真央さん。きっと、カナダの人達も、世界中から応援に来たり、TVで観た人達も、「なんてすごい選手なんだ」と感動したと思うよ。だから...私は嬉しい。

ロシア杯が苦杯となりそうであったSP終了後に、「全力で”アウト!”を聞きにいく」というエントリーを記した。本当に、どこで”アウト!”となるかわからないほど、大変なシーズンだったのだ。でも、真央選手は走り抜いた。バンクーバーオリンピックのFS22番滑走まで、走ってくれたのだ、これ以上ない全力疾走で。結果は、対ヨナを思うなら”アウト”だったかもしれない。でも、ヨナだって相当なところまで追い込まれたのではないだろうか?

この全力疾走は、決して無駄ではない。多くの選手達が、彼女を見習い、彼女に続くだろう。しかし、ヨナやチームヨナと真央選手とサポートチームとの差については、真剣に考える必要があると思う。結果としてヨナの勝利は、圧倒的であり、順当な結果であった。それだけ地力に差があったのだ。真央選手が超人的な努力を重ねても埋まらないほどに。

この差がどこから来て、なぜ拡がってしまったのか?

それを検討して対処しなければ、フィギュアスケートもいずれは、ショートトラックやスピードスケートの二の舞になるだろう。いや、それどころか、欧州や米国にも第二のヨナが次々と生まれ、日本選手は全くついていけなくなるかもしれない。バレーボールや体操、スキージャンプのように...。結局は、選手の育成はシステマティックに、継続して行わないといけないのだと思う。野辺山体制の成果は、システムの勝利であり、発掘→育成→世界転戦という継続した支援の勝利であったのだろう。このような投資とも言える試みを、キム・ヨナという稀有な才能に注力したのが、現在の差の広がりの理由なのかもしれない。

それに比べると、真央選手は、アルトゥニアン→タラソワの間で、必ずしも一貫性があったわけではない。今後も、タラソワにつくのであろうか?それで、ヨナとの差、特にGOEの格差は狭められるのであろうか?得点を見た真央選手の無表情は、「これから先、私はどんな努力をすればいいの?」という思いの表れではなかったかと想像する。TOTAL228.56などという点数に、どう練習すれば辿りつけるのか...茫然としたのではないだろうか?

もう一度記すが、私が不安に思うのは、この差がヨナ一人ではなく、他選手にも波及することである。チームヨナの手法を他の選手達が取り入れ始めたら、とたんに得点が跳ねあがる時期が来るかもしれない。実際、安藤選手の今大会の戦い方を見ていると、モロゾフはオーサーを意識しているのではないかと勘繰りたくなる時があった。プログラムのトータルな印象よりも、どれだけ得点のツボを抑えるかで勝負するという意味でだが...。もしかしたら、ヨナのコピーをモロゾフ門下で育てる日が来るかもしれない。

ただ、それがヨナの金メダルの価値を下げることはない。金メダルを目指して続けてきた努力が正解であり、実を結んだ、それだけなのだから。反面、試行錯誤や逡巡を繰り返しながら、自分なりの道を見つけて全力で翔け続けた真央選手とサポートチームも、素晴らしかったと思う。彼らも、フィギュアスケート競技で勝つためには何をすべきかを、得たのではないだろうか?難しいもの、他の誰もができないもの、に拘り、日々進歩を続けることを是とするのは、日本の伝統である。

それは、トゥジャンプの3-3(ファーストをフリップからルッツに変えたという進歩はあるが)を最大の武器とし、選手の個性に合わせて得点の出やすいプログラムを次々と試していくことでマスターピースを作成したチームヨナとは、異なるアプローチだと思う。今後の興味は、オーサーやウィルソンから離れてヨナは新たな側面をみせることができるか...である。もっとも、彼女ならあっさりやってのけそうにも思えるが...。

ただ、「良い作品を作りたい」という日本式の拘りが、「勝つ作品をみつけたい」という目的とは合致しないこともあるだろう。その拘りのために、日本のスポーツ界が遅れをとることも、多々あろう。フィギュアスケートがそのジレンマに陥った時に、どうすれば良いのであろうか?純国産では勝てない。でも、外国の技術の移殖だけでは自国の技術者は育たないといった時に、負けに甘んじて雌伏の時を過ごすことも許されるのだろうか?

真央選手の今後は、その試金石になるのかもしれない。

「勝ち」を目指すのなら、話は簡単である。勝たせてくれるコーチやコリオグラファーの門を叩けば良い。タラソワがその任に堪えられないのなら、別を探すしかないだろう。でも、密かに思ってしまう。ヨナの勝利は韓国の喜びであろうが、韓国を潤す結果になるのだろうか?と....。今大会では、カク・ミン・ジョンという優れた選手を韓国は送ってきた。でも、エースのキム・ヨナは国内選手権を勝ち進んだわけではない。ヨナの活躍の場は、韓国に根を降ろしてはいないのである。どちらかというと、北米のメソッドを北米で実践しただけなのかもしれない。そこでも、タラソワ不在の時には日本スケート連盟スタッフが全力で支え、中京大学豊田キャンパスのリンクで力を蓄えていき、全日本4連覇を果たしてからバンクーバーに来た真央選手と大きく異なる点である。希望的観測かもしれないが、今回の敗北で日本フィギュア界は沢山のことを学んだのではないだろうか?「今のやり方では勝てない」と思い知らされただけでなく、どん底にいた真央選手をサルベージし、北米勢と戦えるまでにバックアップする能力も得たのかもしれない。

突出した一人のタレントだけに勝利を託すのではなく、メンバー一人ひとりが頑張る、それが、日本式の選手育成の強さかもしれない。男女全員入賞は、快挙であろう!!しかも、第一人者は共にメダリストになった!!!

何度も記すが、今後は緊張を強いられる時代になるかもしれない。第二、第三のヨナが様々な地域で生まれるかもしれないのだから。でも、私達も強くなった。世界を目指せる仲間達がチームジャパンとして活躍している。そのような、「皆で戦い続け、次につながる選手育成」という点では、日本は世界をリードしているのではないだろうか?

地元の新聞に、「オリンピックでメダル有力と賑わっているが、昨シーズンの世界ジュニアはメダルがなかった。若手の育成にもっと力を入れるべきだ」との記事があった。あるいは、ロシアのマカロワが今シーズンのジュニアGPFで4位だったとの紹介がFSの中継であった。共に思った...「今シーズンのジュニアGPF覇者は、男女ともに日本選手であることをご存じですか?」と。人を勝たせることには不器用だが、人を生み、育てることには熱心な国民性が、私達にはあるのかもしれない。

だから、真央選手、安藤選手、明子選手の活躍、世界が羨む三人の女神をバンクーバーに送り出した日本フィギュアスケート界を、私は誇りに思う。そして、次を。。。!!目指さねばならない。

「もしもし...男子選手3人をお忘れですか?」と言われるかもしれないが。

女子FSの事前情報(ユーロ、全米などより) その2

オリンピック女子FSの第3グループからです。このグループは、鈴木明子選手の他はユーロ勢。そして、最終グループは全員4大陸勢と、カラーが分かれました。そして、SP4位の安藤選手(64.76)からSP11位の明子選手(61.02)と3点余りに8人がひしめいております。5点以内が逆転可能範囲と考えれば...12位のマカロワ(59.22)も含まれそうなので、SPで70点オーバーの上位3人以外は、3Gと4Gで順位変動は大きくありそうという、波乱含みの大混戦になりそうです。

13.レオノワ(ロシア)

<'10.ユーロの情報>

この大会には、現世界ジュニアチャンピオンとして出場。(小林さん)

3T-3T セカンドの回転不足は、見てわかるレベル。

曲はシカゴ。衣装は、青と黒のツートン。黒のメッシュが下地のよう。

なんとなく、曲と動きが合っていない印象を受ける。ループやサルコウなどエッジジャンプが抜けるのがよくある。3S-2T-2Rのセカンドは、典型的なトゥアクセル。

演技後は、がっかりして溜息をついたという感じ。

FS 95.31 TOTAL 153.57 

コストナーとレピストの表彰台が確定。

14.鈴木明子(日本)

ストレートラインの前で、是非、カメラ目線のポーズを決めてほしい。

マンボ~トゥナイトの流れで、会場が多いに盛り上がることを期待。なんといっても、北米でのオリンピックですから。ユーロ勢に囲まれているからこそ、キラっと光る”ウェスト・サイド~”を望みます。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

衣装は、4大陸と同じだと思う。滑りやステップにキレがあった。いつものペースで良く動いていて、緊張はあまり感じられなかった。曲かけでは、中盤のルッツがダブルになった。最初の3連続とフリップは綺麗。

15.コストナー(イタリア)

<'10ユーロの情報>

曲はバッハのG線上のアリア。3F-3T 軸がまっすぐ。 3ルッツ「ちょっと両足っぽい」(樋口氏)

手足が長いので、スパイラルのキャッチフットも映える。

2回目のフリップはシングル。3Rは転倒。2Aもエッジから降りるがチェックにもっていく。

衣装は、メタリックな水色。キラキラ光る。ストレートラインは、ステップのひとつひとつが大きく、あっという間にリンクを縦断する。

演技後は、やや疲れた様子。キスクラでは、コーチとハイタッチをする。

FS 107.66(SB)  TOTAL  173.46

16.レピスト(フィンランド)

<'10ユーロの情報>

もの凄いスピードでターンを繰り返し、そのままの勢いで、3T-3Tを決める。次のルッツはダブル。ループもダブルで2Tをつける。

「早く回ろうとして、タイミングがあわないのでは」(樋口氏)

2Aでハンドタッチ。 衣装は、深みのあるワインレッド。ジャンプがことごとく、決まらない。

最後は、タンゴ風のポーズ。

FS 103.41(SB) TOTAL 166.37

17.マカロワ(ロシア)

<'10ユーロの情報>

ロシア国内チャンピオン。初出場。

青字に、左腰元にオレンジ色のダイヤ型の布。

2Aダイナミック。3Rも空中で軸がブレるが、ランディングする。アラビアン3回からキャメルが終盤にある。3F転倒。

「ジュニアの選手だけど、シニアでも通用するかなと。スケーティングはジュニアっぽいかな」(樋口氏)

FS92.79(SB) TOTAL 146.85

18.ゲデヴァニシヴィリ(グルジア)

<'10ユーロの情報>

カルメン。鐘の音の後、間奏曲。衣装は、艶のないワインレッド。背中にハート型に近い穴が開いている。前胸部の上側にもスリットがあり、縁を金色の花であしらう。

3L きれいにランドしたと思ったのだが、エッジが外れてステッピングアウト。

よく滑っているが、滑らかさにやや欠ける。最後に、右手の拳を目の前に突き出す。

FS 103,72(SB)  TOTAL 164.54 (SB) 拳を突き上げて喜ぶ。

19.フラット(アメリカ)

<'10.全米の情報>

3F-3T セカンドは根性降り。みっつめの3Lはステップの前に工夫がある(ハーフジャンプの様)。

曲は、パガニーニの主題による狂詩曲(ラフマニノフ)

曲の盛り上がりと、バックアウトのY字がよく合っている。衣装は、赤のノースリープ。

中盤の締めを3連続。終盤の盛り上がりの3Sを魅せて観客が盛り上がる。

技術的にあまり高くない印象だが、魅せ方で成功した演技のように思う。その意味では、とても優れた、観客にも喜ばれるプログラム。

ニコルの振付と、杉田氏。

なぜか、得点表示前に、杉田氏達が話している時には、アメリカ解説は聞こえず。演技以外は、あまりしゃべらないようだ。逆に、演技以外の情報量の多さが、Jスポの良さだと私は思う。

FS 130.76  TOTAL 200.11 選手、コーチともども凄い喜び方。

私は、ワグナーの方が好きだが...。

20.安藤美姫(日本)

SPで動きが思い感じがした。オリンピックの空気にあたってしまったのだろうか?トリノでの経験があると言っても、やはりオリンピックは独特なのかもしれない。

3-3でも3-2でもいいから、元気出して滑ってほしい。漫画家の折原みと氏がアイディアを出したという衣装がどんなかに興味があるが、タンニングした肌の色と合うといいなと思う。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

曲かけ以外では、あまり滑らずにモロゾフとフェンス越しに話し合っている姿が多かった。表情がさえない感じ。曲かけでのジャンプは軸も定まっているが、最初のコンビネーションは省略した。衣装は、黄緑色に金の飾り。胸のあたりがビキニのようなシルエット。会場のフェンスと色が被らないかが心配。

焼いた肌の色とはよくマッチしている(LIVEのスタジオゲストであった由希奈さんも、そう言っていた)。

21.ヨナ(韓国)

完璧に演じたら、勝ち目がない、ヨナのキャラクターにあった美しくメリハリの効いたプログラムだと感じる。ヨナを最大限に生かそうとする、チームヨナの作戦が、現在のところはハマっているのだろう。でも、一番大事なのは、オリンピックにどんな気持ちで臨むかという、選手自身の心の在り方だと考える。なので、ヨナが最高の演技を望むのなら、栄光も勝ち獲ることは、十分に考えられる。

ただ、心配(というか、逆転のうえではつけどころ)になる点もある。

冒頭のワンフットや、サルコウに入る前のスネーク→スリーなど、左足をよく使うプログラムだと思う。なので、左足の疲労が、後半のルッツに影響するかもしれない。

ショートの007と違い、息を整えるポーズの部分が見当たらない。4分間を演じ切る勢いを保てるかが疑問。

国際規格にサイズを直したといっても、元はアイスホッケー会場。氷が硬くないか、すり鉢状のアリーナの客席から歓声がリンクに降るように響かないかが気になる。足に力が入らないと、硬い氷ではジャンプが抜けやすい。また、エリックでは最後のサーキュラーで明らかに膝が使えなくなっていたので、思わぬ躓きがないとも限らない。何より、韓国応援団の過剰な声援(SPでも演技開始のためにポーズをとっても声を出していた)が彼女の集中うを殺がないかが気になる。

相手の失敗を待ってもしょうがないことは、SPで痛感したが、ヨナが完璧な演技を果たすためには、案外敵も多いように感じる。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

衣装は、グランプリシリーズと同じ、ブルーのワンピース。リラックスした様子でもあり、淡々とした感じでもある。あまりナーバスにはなっていないよう。動きも軽い。曲かけでも、ジャンプはしっかり跳んでいる。

22.浅田真央

会場での日本のファンほど、選手の心理を理解し、演技中の選手を支えてくれる存在はないと思う。きっと、真央選手は、演技に集中できるはず。「鐘」に没入し、真央選手の心の鐘の音を響かせてほしい。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

リンクに入った時から、よく動いている。でも、表情は落ち着いていたと思う。身体のキレも良い感じで、地に足が着いているのがよくわかる。曲かけでも、最初の3Aはしっかりと回って降りる。二つめもアプローチまではいくが、省略する。中盤のアティチュードでのフォアスパイラル~→3Fからの3連続も、しっかり降りる。音楽と表現がよくあっており、プログラムを自分のものにした感覚がうかがえる。衣装は、赤と裾が黒の、いつもと同じもの。

タラソワはニコニコして、ジャンナさんも、それにつられている感じ。それでも、真央選手は、眉ひとつ動かさずに、本番までの仕事をこなしているという感じ。

23.ロシェット

<'09.カナダ杯より>

イブニングドレスのように胸から首の後ろにまとめられた衣装。青のスパンコールがキラキラしている。腹部と背中の二か所で、上下がわずかにつながっているが、ほとんどセパレート。曲は、サムソンとデリラ。サンサーンスのオペラからの抜粋だと思う。

最初のジャンプは、3ルッツ+2T+2R 詰まりながらも降りる。上半身の動きと重心移動がピッタリで、エッジに乗ってとても良く滑っている。

3T→3Sのシークエンスが終わり、後半に入ってバッカナールの部分になる。編曲がとても良く、曲のエッセンスの部分を取り出してある。弦楽器が奏でる主題の再現部で、会場から拍手が湧く。そして、安藤選手のお蔵入りになったSPでは省略したクライマックスの部分を、サーキュラーに使っており、そこからカットなしでフィニッシュに盛り上げている。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

動きにキレがある。特に、音楽に乗ってのステップシークエンスは必見か。ジャンプは、跳んだものは、きちんと降りたと思う(記憶があいまいです)。本日の本番でも、このバッカナールの部分で、場内が沸きに湧くのは間違いないと感じた。

衣装は、スケートカナダと同じ。

24.長洲未来

<'10全米FSより>

カルメン前奏曲!! でも、すぐに終わる。

3F-2T-2T 

ハバネラで、2A-3T! 3Fで笑顔。とても良く集中している。

レイバックで手拍子。

バックアウトのY字スパイラルで笑顔。「こんなの簡単なんだよ」という雰囲気。

3ルッツ、イナから3R-2A  神が降りている。

イーグルから2A

終盤、ジプシーの踊り。

フリップからストレートラインに入る。シークエンス途中のセンターでタメを作り、大盛り上がり。

最後は、本当に頑張ってのコンビネーションスピン。I字で絶叫。

もう、とにかく信じられない、神がかった演技。

「このフリー観たら、本当、すごいと思いました。」(杉田氏)

ジャンプで?が付くのは、ほとんどない。放物線を描くような、質の高いジャンプと、杉田氏。

FS  118.72  TOTAL 188.78  2位

両手を挙げて喜んだ後、うんうんと頷く。フランクキャロルに笑顔はない。

ナガスの得点はわかるが、フラットの得点集計の時、計算機がサービスしすぎたのでは?

※滑走順から想像すると、ミライが一番滑り難いと思う。最終滑走は全米でも経験しているが、ロシェットで大盛り上がりになるだろうし、サンサーンスのサムソンとデリラと、ビゼーのカルメンは、同じフランス音楽(舞台は前者がパレスチナで、後者はスペインだが)で、曲調が似ていると思う。なので、ミライがよほど自分をしっかりもって演じないと、雰囲気に飲まれる可能性があるかもしれない。

逆に、ミライまでしっかりと演じ切れば、もの凄いハイレベルな闘いになるかもしれない。

<日本時間、2月26日(金)AM1:15~の公式練習LIVEでの情報>

動きは軽いが、ちょっとオーラが不足している印象。曲かけでは、2A+3Tをきちんと決める。トリプルからのコンビネーションは見せなかったと思う。途中で、フランクキャロルのもとに行くが、何かを言われ、「え~!」という感じの苦笑いを見せる。そこからリンクに戻って曲の続きを行うが、ちょうどストレートラインの部分。緩急のつけかたが上手で、観客の気持ちを引きつけると思う。

同グループの他メンバーと比べると迫力不足にも思えるが、「真央ちゃんのカルメンのように、さわやかな感じ」のようなことを、ゲストの由希奈さんが言っていた。

多分、本番用は着ておらず、練習着での参加だと思う。

女子FSの事前情報(ユーロ、全米などより) その1

せっかく、今年のユーロや全米のFSレポを、以前書いたので、本日のオリンピック女子FSの滑走順に、レポを並べてみます。事前に読んで下されば、観戦の友になる...といいのですが...。

元がJスポーツ観戦と同時の打ちこみでしたので、かなり粗いレポです。オリンピック中継と合わせて、間違い探しでも楽しめるかもしれません(自笑)。ユーロと全米以外でも、確認できる範囲で、映像を見直してレポしてみました。

明日の滑走順は、http://www.vancouver2010.com/olympic-figure-skating/schedule-and-results/ladies-free-skating_fsw010101pB.html にあります。

1.カラデミル(トルコ)

<ユーロ'10のレポ>

「SPはノーミス。出来には満足。バンクーバーへのステップになるとのこと」(小林さん)

曲は、バネッサ・メイのタンゴ エクサルドス(正式名称は失念)。

衣装は、黒地のレースのワンピース。終盤の編曲がひどい。順番がめちゃめちゃで、ストレートラインのクライマックスに入る。中野選手の火の鳥みたい。

振付はカート・ブラウニングと、小林さん。

カナダで練習しているが、トルコではスケート人気が高まっている。次の世代の選手も育っていると、小林さん。

FS 82.54(SB TOTAL 136.42

2ラフエンテ(スペイン)

<ユーロ'10のレポ>

オリンピックの枠を獲得した。(小林さん)

白のワンピース。背中が大きく開いている。右側に黒いバラの模様。スカートの縁も黒。

3Rとても綺麗。ストレートライン、よく滑っている。

中間のスローは、ポエタ。終盤の曲の盛り上がりに合わせて3T-2T-2Rを決めて、観客から歓声。

表情に乏しいことを、樋口氏は気にしている。

「せっかく、お国の曲を選んだのに」(小林さん)

FS 75.89(SB)  TOTAL 121.15(SB)

3.ヤン・リュー(中国)

※以前、「中国の浅田舞」と報道されていた選手だと思います(ねくすと情報)

4.グレボワ(エストニア)

<'10ユーロの情報>

大歓声で迎えられる。会場はホームリンクで、自分用のロッカーもあるとのこと。なので、スーツケースも持たずに欧州選手権に参加し、変な感じであったと。(休憩時間の小林さんの紹介)

スペイン奇想曲。衣装は、ワインレッドの地に黒色がマーブルのように混ざる。

最初の3Rで両手をタッチ。3S-2T-2T と 3T-3Tを決めて観客が喜ぶ。

ストレートラインは、突っ立ったまま滑っている感じ。

最初のジャンプ以外、大きなミスない。会場が多いに湧く。

「大技はないけれども、地道に点を稼いでいる。」(樋口氏)

SPで杉田氏が指摘したとおり、踏切の時に両手を開いている。

FS 88.83 TOTAL 138.93

5.ジマゼトディノワ(ウズベキスタン)

※すみません、情報がないです。

6.ヘッケン(ドイツ)

<'10ユーロの情報>

登場の時に、応援団から太鼓。

「滑ったのが最終グループだったので、あがったのかもしれない」(SP後の本人談、小林さんの紹介)

曲は、マキシムのクロアチアン・ラプソディー?

中間で、ルッツが前降りで手を突き、腰も強打。それでも、すぐに立ち上がって演技を続ける。

スローパートでの腕の動きが柔らかい。衣装は、白地のワンピースで、袖や肩はシースルー。全体に、黒い曲線の模様が廻っている。

終盤は、ワンダーランド。

スカートの右腰に赤い布が付いており、同じ色の髪飾りでコーディネートされている。

「このヨーロッパ選手権では、技術審判は厳しい採点をしている」(小林さん)

FS 75.45  TOTAL  121.79  がっかりした表情。

ここまでで1位。SPの貯金が生きたのでは?

7.ファヌフ(カナダ)

<GPカナダ杯のFSより>

衣装は、エメラルドグリーンのノースリープ。背中が大きく開いている。両肩に細いストラップ。腰から胸にかけて、笹の葉の形の黒い縁取りが重なっている。首周りにアクセサリーのような飾りがあしらわれている。

曲は、ミッション・クレオパトラと表示。安藤選手と同じ曲だと思う...(多分)。冒頭からすぐに滑りだす。反時計回りのバッククロスからジャンプに入る間、腕がダランと前に出ている。最初の3T~2Aのシークエンスで、2Aのランディングに失敗して転倒。その後も滑走中に腕のポジションが不明確。ルッツやループで、ことごとく転倒。途中から、両手を合わせて左右に振るなど、オリエンタルな雰囲気の振付が始まる。表現をすれば、長い腕が生きてくる。

ストレートラインは、ループが沢山入っている。チョクトウからつながるウィンドミルの出でもバックループをしており、キレがある。後半のカウンターもきれい。ただ、上下の動きが両足滑走中で、レベルが上がるのか、ちょっと疑問。

スピンの軸はきれいで、長い手足をよく伸ばしている。足変えのコンビネーションスピンからフィニッシュのポーズをとるが、すぐに頭をかかえる。

FS76.90(ディダクション4) TOTAL 132.48

8.コルピ(フィンランド)

<'10.ユーロのレポ>

衣装は漆黒に控えめなスパンコール。

チョクトゥからアプローチして、3S→2A(高さがある)のシークエンス。

何気ないフォアクロスも美しい。バックダブルスリーの連続から2R 3Fでハンドタッチ。3Tで転倒。

演技終了後、フィンランド国旗の応援団が凄い。

「最初良かったのですが...小さな失敗が多かった。」「プログラム、何を表現したいのかがわからない」(樋口氏)

「彼女は好きなのかもしれないけど...もう少しわかりやすい方が、得なのでは?」(小林さん)

FS 99.42  TOTAL 163.68 (最終4位)

「細かい回転不足が多かったのでは?」(樋口氏)

9.リー(オーストラリア)

※すみません、情報がないです。

10.マイヤー(スイス)

<'10ユーロの情報>

プロコフィエフのロミ・ジュリ。舞踏会の場面の曲(以前のソフトバンクのCMで使われた部分)。突然、ニノ ロータのロミ・ジュリになる。

衣装は白に金の模様。白百合をイメージしているのか?

ドーナッツ→キャッチフットのスピンの回転がとても綺麗。さすがスイス人。

フリップのエッジがアウトになり、ルッツを跳びたかったのか、樋口氏が迷う。

「彼女に合った、美しいプログラム」(樋口氏)

FS102.58 TOTAL 157.44

11.セベスチャン(ハンガリー)

<'10ユーロの情報>

青地で、首周りのリングが右袖につながる形でのワンショルダー。腕の動きが激しいので、左右の肩の色の違いがインパクトを与えている。

最初のルッツは抜けてダブル。2回目は綺麗にトリプル。高さも十分。フライングキャメルの入りのバタフライも高い。

ムード音楽風のピアノ曲だが、最後はホーンでのジャジャジャン。振りは最後までしっかり表現している。

「ストーリー性はないプログラムで、音楽を上手に表現している」(樋口氏)

FS99.33  TOTAL 156.77

12.カク(韓国)

<4大陸選手権FSより>

黒地のノースリープに薄いブルーの生地が重なっている。肩から腕にかけて金色の細いラインが入っており、それが腕の振りを強調している。曲は、レ・ミゼラブルと表示。

「16歳になったばかり」(小林さん) 「ジュニアの選手で、シニアの大会は初めて」(杉田氏)

ストロークでのエッジの押しが弱い。氷から離した後の足先の伸びも足りなく、弱い感じに見える。

最初のジャンプは、3ルッツ+2T+2R。 3Fでステッピングアウト 

3Rも回転がギリギリと杉田氏。

足替えのコンビネーションは、右足から入る。シットで軸が大きくズレるが、回転は維持する。スローパートは、「夢やぶれて」の部分だと思う。スーザン・ボイルが歌っていたところ。ここで、綺麗に3ルッツを決める。これで調子に乗ったのか、スパイラルシークエンスは、エッジによく乗ってポジションがとてもきれい。バックアウトでの支持なしも入っている。滑りが大きくなり、3S~2Aシークエンスを決め、レイバックでは足を高く挙げたビールマン。

曲の盛り上がりに乗せてサーキュラーに入るが、カメラの角度のためかトレースがわかりにくく、ブラケットなのかカウンターなのかわからず。あまり、エッジで滑っている感じがしない。でも、スリー→ブラケットの繰り返しや、ツィズルは綺麗。ジャッジ前でイナ・バウァー。

2A+2Tで笑顔、フライングシット(キャノンボール入る)でポーズ。後半の盛り上がりに合わせて演技も勢いを増し、観客の大歓声でフィニッシュという感じ。

ポスト ヨナの旗手になるであろう選手。年齢、順位ともに、今井遥選手のライバルになるのでは?

「後半頑張れたというのは、力があるということだが、ステップやエッジの使い方は、シニアの選手に比べると、ちょっと浅い」(杉田氏)

ストレートラインで、シャッセの後はLFO→LBOのロッカーのようだ。(スローVTRより)

コーチは日本で滑っていたことがあり、日本語が達者と杉田氏。

FS 101.03 TOTAL 154.71

2010年2月24日 (水)

blue rose(見果てぬ夢)

昨年の全日本選手権の後、五輪などの代表発表での花束贈呈をテレビで観て、タラソワの思いやりを感じたような気がした。

ブルーローズ、花言葉は「夢かなう」、ということで、青いバラを代表選手達に贈っていた。それを胸に置いた真央選手を観て、エリックボンパールの衣装を思い出したのだ。

タラソワは、やはり真央選手にブルーローズを贈る意味で、SPの衣装を、薔薇をあしらった青にしたのではないだろうか?今は、バイオテクノロジーの発達で、青に近い色の薔薇も作ることができるようだが、本来は違った。昔からそれに挑みながらも、夢半ばで散っていた栽培家の想いが積りつもって、ブルーローズは不可能の代名詞になっていた。

結果論かもしれないが、今シーズンの真央選手に課せられたテーマは、「不可能」だったのかもしれない。本来ならば、為し得ない、臨むことすらあり得ないような、実現不可能を、タラソワは真央選手に託したのであろうか?ラフマニノフの”鐘”をフィギュアスケートで表現すること、あるいは、高難度のジャンプを織り交ぜながら洗練された表現でプログラムを繋いでいくこと、これらを真央選手に託しながらも、同時に、タラソワにとってのブルーローズであったのかもしれない。

「出来っこない」

フィギュアスケートの理想を体現したような、芸術家タラソワ、彼女自身が、自問自答しながらのシーズン前半だったのだろうか?

でも、真央選手は、贈られた薔薇の色を別な風に見ていたのかもしれない。

確かに、青い薔薇は「不可能」を意味した時代があった。でも、その頃にも花言葉があり、それは「見果てぬ夢」であった。タラソワの課した過酷なテーマを、真央選手は飛躍のためのモチベーションとして受け容れたようなのである。

2月21日(日)のNHK特集「浅田真央 金メダルへの闘い」でのインタビューで真央選手は語っていた。ロシア杯の結果を受けても、プログラムを変える気はなかった。まだ完全に演じたことがなく、せっかくタラソワ先生からもらったプログラムなのに(ここで、少し涙ぐむ)、勿体ない。

また、次のようにも言っていた。完全に演じたら、何点になるのかわからない。

彼女にとってのブルーローズは、”ノー・ミス”なのだろう。昔からそうだったが、今でも、バンクーバーでも、それが、浅田真央の「見果てぬ夢」に違いない。たとえ演じるのが大変なプログラムでも、いやむしろ、大変なプログラムだからこそ、ノーミスで演じれば、すごい得点が出るかもしれない。だったら、中途で諦めるのは勿体ない。完全に演じ切った時の自分に辿り着きたい。その想いで、「プログラムを変える気はない」と一貫しているのだと感じた。

辿り着いたら、何が見えるのだろうか?

SPとFSでの3回のトリプルアクセル成功という実績? 世界最高のトリプルアクセラーという称賛? 技術と芸術とを融合した最高のプログラムを演じ切ったという満足? あるいは、キム・ヨナに勝てたという実感? そして、夢に描き続けた、オリンピック金メダル。

全てが、望むもの、あらゆるものが手に入るかもしれない。その時、彼女はチャンピオンであろうから。でも、手に入ったものの中で、真央選手を一番喜ばせるものが何かは、私にはわからない。少なくとも、REGOやスポンジ・ボブではないだろうが...。

だからこそ...私も追っていきたい。

真央選手が見果てずに、4年間、追い続けた夢に辿り着いた時、どんな笑顔でいるのか? それが、私達の”blue rose”だから。

安藤さん...空を見上げて...

「辛くなったら空を見上げる」って、安藤さんが言っていたと、学生達に伝えたら...「安藤さんって、誰よ?」と。

え、フィギュアスケートの安藤選手、知らないの?と私がびっくりしたら、「あ、知ってる。安藤さんって気安く言うから、もっと身近な人かと思った」とのこと。

うん、確かに、安藤選手とお話したことは、ほとんどない。

唯一のチャンスは、2006年の夏、トリノでボロボロになった安藤選手が、門奈先生の指導のもとで再起を賭けた時期に、私も大須に居た。その頃のことは、昔のブログ(もう削除してしまったが)にもさんざん書いたし、焼き直しを、今しても仕方ないと思う。

ただ、あの時ほど、生き生きした安藤選手を、私は知らない。小さな子達に、熱心に指導していた姿も、あの時以外に見たことはない。

安藤選手の空は、ひとつではないと思う。

”雨過天晴の、雲破るる処”

雨上がりの晴天、雲の合間をのぞくように...真っ白なリンクの狭間に、安藤選手が笑い転げる姿があるのかもしれない。

あと、少し...もう少しだけ頑張れば、きっと楽しいスケートになると思う。だから、今を頑張ってほしい。スタミナ切れだった全日本でも、最後のダブルアクセルは、踏切に全力を尽くして綺麗に降りた。ああいう粘りができる選手なのだなと、私は感動した。

突き抜ける青空だけが晴れではない。辛く、苦しく、上手くいかない時にでも、その経験を糧にして伸びていく時、人は永遠の青さを目にするのかもしれない。

正直、ロシェットの後は滑り難いと思う。それでも、喜びも、楽しさも、悲しみも、辛さも、悔しさも...そして、寂しさを、知っているからこそ、相手を思いやりながらも、滑れるのかもしれない。 温かみのある、安藤選手ならではの演技をと、期待しています。

明子さん!!

一番よく覚えているのは、2008年の春、6月だったかな?岡谷でのエキシビション。

その数週間前に、偶然、邦和の貸靴コーナーでお会いして、当面はアイスショーの予定がないことを教えて頂いた。4月の名古屋フェスティバルで観た”タイタニック”に感銘していた私が、あのプログラム凄くいいのに...と憤慨したら、岡谷のエキシビで演じ納めになることを、そっと教えて下さった。もちろん、観に行った。

開場待ちの列で並んでいたら、そのすぐ側を明子さんが通ったのだけれど、気がついた人は少なかったようだ。声をかけたら手を振り返してくれたと思う。

エキビシ本番では、氷上のショールを掴みそこねて、もう一度戻って拾ったりとか、何度か観た者としては美味しすぎる出来栄えだったけど...全部が終わった後でのジャンプ大会では、トリプルルッツに何度も挑んでいて、あのジャンプへの拘りを感じました。

あと、ショーのフィナーレでリンクを周回した後、包みに入れた絵本を渡したら、明子さんの方から手を差し出して下さり、握手したのにも感激しました。あの時が、明子さんに一番近付けた瞬間だったのかもしれません。

それから、どんどん距離は遠くなっていき、今では、遠州とバンクーバーですか。こちらは、深夜1時、そちらは...時差17時間だから...2月23日の午前8時ですか。いよいよですね。

成功を祈ってます。念願だった、海外での大きな大会!! 世界で一番大きな大会まで来たのですね。長久保先生も喜んでいるんじゃないですか? パシフィックコロシアムのリンクは、きっと岡谷とは比べ物にならないくらい、素晴らしい舞台でしょうね。

でも、あの時のルッツへの拘りを、決して忘れないで下さい。しっかりと掴み直したスケートへの情熱、噛みしめながら、幸せへの階段を翔け上がって下さい。

応援しています。

2010年2月22日 (月)

ロシェット....

「君、死にたもうなかれ」という言葉を思い出した。戦いだけが人生の全てではない、という意味で。

お母様の急な報せを父親から聞き、それでも、競技に出場することにしたロシェットの報道を読み、心が乱れる。どうして、お母様の側に行かないのか? とも思う。

決心は彼女に委ねられ、彼女には、彼女の想いがあるのだろう。

トリノのFSは、お母様が好きな「愛の賛歌」だった。フィギュアスケートへの情熱と、お母様への愛情は、大きく重なるのかもしれない。ただ、競技よりも大切なものが、人生には多いのではないだろうか? 大事な事は、本当にそれなの?と、思ってしまった。

もう一度記すが、決心は彼女に委ねられている。

だから、彼女が、お母様の想いと共にリンクに立つのなら、全ての選手が、コーチが、審判が、役員が、大会運営スタッフが....そして、会場の観客、放送クルー、報道関係者....何より、世界中で見守っている我々が、彼女を応援するだろう。

ただ、当然のことだが、彼女がもしも滑らなかったのなら、私たちは...そっと見守っていると思う。人の命は、掛け替えのないものである。

ジョアニー・ロシェット...私たちも応援し、心からのお悔やみを、覚えています。

2010年2月21日 (日)

決戦の週明け

いつも練習してきたことを、ただ繰り返すだけ。

そんな感じなのだろうか?

大事な試合であることは、誰もがわかっている。この4年間、あるいはスケート人生の集大成になるかもしれないオリンピックである。

観る方も緊張する。ドキドキしながらの一週間かもしれない。来週の日曜日のワイドショーは、どんなになるだろうか? 想像できないし、想像したくない。 結果は、必ず出るのだから。

ただ、普段通り、いつもの通りに過ごしたいと思う。水曜日と金曜日以外は...。この二日だけは、特別だ。

自分のことだが、先日、ガイシでの貸し切り練習に参加させてもらった。振付をして下さった、インストラクターの先生の指導で、”アフリカン・シンフォニー”を2回滑った。ただ、インストラクターの先生は大会を控えているクラブの子達のチェックが中心だったので、今回はあまりみてくれないだろうな、というのは雰囲気的にわかった。

でも、怖かった。特に2回目は、「次、滑りますか?」と、いきなりのご指名だったので、気持ちを整えるのに苦労した。1回目もそこそこ滑り切ったが、サルコウの入りが悪く、後でそこのチェックを繰り返していた。だから、そこをまた失敗したらどうしよう、ジャンプがボロボロだったら先生に呆れられるのではないか...と、不安というよりも、とにかく怖かった。練習でも、スケートは怖い、今でもそうだし、今後もそうなのだろう。

それでも、時間になれば曲はかかる。だから、いつも考えることは一緒。「それだけの練習をしてきたんでしょ?」 社会人なので、練習不足や課題残しは、いつでもある。もう、十分と言えるだけの練習を積んだためしはない。でも、今、その時に、力を発揮できるだけの練習は、してきているはずである。 もう、そこに賭けるしかない。

練習でも怖いというのは、私にとっては幸せなことだと思う。普段からそうなら、本番も怖いだろうから、怖い慣れすると思うのだ。それで、練習の7割でも成果が出せればラッキーだろう。

真央選手は、どうなのだろう。選手入口からアリーナに出た時、広がる観客席とリンク。

もう、何度も見てきた景色だろう。6分間練習の時、足は動いてくれるだろうか? 音楽を待つ時に、息は整っているだろうか? きっと、怖いと思う。 でも、真央選手ならば...きっと...という確信が、今の私にはある。

大丈夫、いつものとおりに頑張って下さい。 と、今週は心の中で繰り返しているだろう。

”ファイト!!”

2010年2月19日 (金)

ジーニャの笑顔

仕事帰りに夕方の練習をリンクでして、19時からコンビニで買ったパスタ(笑)を車の中で食べた。貸し切り練習は21時からなので、ちょうどオリンピックハイライトをナビのワンセグで観る時間があった。

お目当ては、もちろん、男子シングルのFS。結果は既に知っていたが、プルシェンコの演技に圧倒された。追撃の手が迫っていても、王座から滑り落ちても、帝王はやっぱり帝王だったと感じた。彼は転ばなかった。4T-3Tを冒頭でやってのけ、途中の3Aが空中で完全に斜めったにもかかわらず...降りやがった!! 帝王に”~やがった”は失礼だと思うが、観ていて本当にそう思ったのだ。「なんで降りやがる!! 普通転ぶだろうが!!!」と。

「彼は8年間転んだことがないのです」みたいなことを、アナウンサーが言っていた。だとしたら、ソルトレイクのSPでの転倒からなのか。よほど、あの(生では観てないが)転倒が堪えたのかもしれない。ヤグディンにチャンピオンを奪回され、彼が引退した後も、その悔しさとプライドが、彼を支えていたのだろうか...? 中継が終わってしばらくしてから、決して膝をつかないラオウのプライドを思い出した。帝王というのは、そういうものなのかもしれない。

演技は、両手を突き上げて終えたように覚えている。最後までやりきったという実感をもったのではないだろうか。彼が最終滑走者。トップのライサチェックはノーミスで演じ切った。彼も、ほぼノーミス、途中でヒヤっとするところはあったが。この、ガチンコのノーミス対決で、軍配はライサチェックに上がった。SPでかろうじて保っていた首位を、彼はライサチェックに譲った。バンクーバーのチャンピオンには、4回転を跳ばずにプログラムをまとめてきた、エヴァン・ライサチェックが就いた。    彼は、4-3を決めたというのに...。

エントリーの趣旨から外れるので簡単に記すが、私はライサチェックの演技は、バンクーバーの覇者にふさわしいと思う。彼のトレーニングの密度の濃さは、重厚な肩回りと安定した軸の動きを見ればわかる。あれだけの演技をするのは、決して簡単なことではない。チャンピオンを目指し、チャンピオンになるために、ライサも努力してきたのだろう、きっと。SPがノーミスだったというだけで泣けてきたなんて、どんなに自分を追い込んできたのだろうか?

でも、私は、プルシェンコが負けたとも思ってない。彼は、やはり帝王だった。ボロボロの体を治し、ちょっと緩んでしまった身体を絞り、おそらくは筋力も衰えたと思うのだが、プログラムをこなせるところまで、よく戻してきたと思う。オリンピックに戻ってきただけでも感涙ものなのに、メダルを争って、堂々と戦い抜いたのだ。もちろん、帝王ならば勝たねばならない。勝ちは、ライサに譲ってしまったが、でも、負けてはいない。プルシェンコが、負けるはずがないのだ!!!

ただ....ちょっとプログラムが今風ではなかった。2回予定していた4回転トゥループが1回しか入らなかった、それだけだったのだ。現在の競技会では勝てるプログラムでなかったこと、ジャンプが予定通りでなかったことが、彼やミーシンの限界だったのか、それとも、ほんのちょっとした作戦ミスだったのかはわからない。でも、このちょっとしたほころびで、順序を違えてしまうことは、現在のフィギュアスケート競技にはありうることである。留守の期間が長かっただけ、プルシェンコは苦戦を強いられたのだろう。

それでも、私は言いたい。プルシェンコは、闘い続けた。彼は、負けていない。迫りくるプレッシャーにも、観客の期待にも、4回転こそ帝王の証明という使命感にも、立派に勝ち抜いた。ただ、ライサの得点がちょっと勝っただけ、それだけなのだ。

ただ、ジーニャは、氷から上がった帝王は、負けを認めたのかもしれない。キスクラで点数を見たとき、ちょっと顔をしかめたようだが、その後の表情は穏やかだった。ミーシンがジーニャの肩を叩く。「負けちゃったなぁ、おい!」みたいに見えた。それでも、彼の顔は、穏やかだった。

表彰式、銀メダルを下げた彼に、笑顔が見えた。

私は、ホっとした。同時に、泣きたくなった。練習がすぐ後にあったので我慢したが、家だったら涙がだ~だ~だったろう。8年前、転んでしまったために色が変わったメダルを、彼はそっとポケっとに隠したと雑誌で読んだ。今度もそうなのかなと、ちょっと心配だった。でも、彼は誇らしげに金色でないメダルを首にかけ続けていた。

ジーニャに言えたらと思う。「あんた、本当に凄いよ」と。もう一言いわせてもらるのなら...「カムバックしてすぐに獲れるほど、金メダルは簡単じゃないでしょ」とも。

今回の銀メダルでもって、金メダルの重みを再認識したのではないかと思う。でも、ソルトレイクとは違い、今回、金メダルを獲れなかったことは、彼の尊厳を増しこそすれ、減らすことはないだろう。彼だって、金メダリストなのだから。トリノで、SP「トスカ」 FS「ゴッドファーザー」を演じ、圧倒的な強さで勝ったのは、プルシェンコだった。エキシビションでは、エドウィン・マートンを引き連れての「トスカ」で、五輪の前に両手を広げたポーズで世界中の観衆を虜にしたのも、プルシェンコだった。バウムクーヘンのように、真ん中に丸い穴のあいているトリノの金メダルの重さを、今回の銀メダルと合わせることで再認識できるのではないだろうか。ソルトレイクとバンクーバーの銀メダルを両脇に従え、トリノの金メダルは燦然と輝き続けるだろう。

私達も、彼がバンクーバーで闘ってくれたおかげで、4年前の熱狂が過去でないことを思い起こすことができた。彼は、まさしく、帝王であったし、穏やかな敗者として、ライサにその座を譲ったのだろう。

ジーニャに、ありがとうと言いたい。プルシェンコには、”スパシーバ”と。

”ダスビダーニャ”は、まだ早すぎるだろう。

オリンピックのつぶやき(男子シングル)

ちょっと時間が空いたので、エントリー作ります。

今、まさに男子シングルフリーの試合中ですが、TVを観られる状況ではないので、祈るだけです。

ニュースを観ると、4回転が勝敗のカギを握るという論調が多いです。確かに、そうなのかもしれませんが、単に4回転と記さず、4回転トゥループときちんと記してほしいものだとも思います。同時に、4回転ジャンプが男子選手のステイタスであることは感じるのですが、それが跳べたからと言って勝てるわけではないのも確かです。

それについては、パトリック・チャンが一番良くわかっていると思います。カナダ選手権で、ケビン・レイノルズに勝ってチャンピオンとしてオリンピックに出ているわけですし。彼の演技を私は好きではないのですが、4回転に挑まないことについての重圧と闘っていることには同情と応援の気持を抱きます。彼は、彼に託された仕事をきちんとしてくれればと願っております。

4回転のジャンプをプログラムに入れている選手達にも思うことは、そのジャンプは4Tであり、基礎点で3Aより1.6高いけれども、GOEのグレードごとの幅もトリプルジャンプよりも広いということを考えて跳んでほしいということです。言うまでもなく、フィギュアスケートは演技のトータルの得点で順位を争います。なので、4Tが成功することは選手の義務でないし、より得点の高い結果を目指すことは、選手の義務なのだと考えております。もちろん、トリノの荒川選手のように、得点には関係なく、こだわりを篭めるのも素晴らしいことなのですが、基本は競技会であることを、観る方も、演じる方も忘れてはいけないのだと考えるのです。

なので、4Tを変更してトリプルでGOEの加点を狙うのも、当然、戦術としてはアリだと思います。「4回転」を「3回転」にするのは、安全策でもなく、回避でもなく、勝利を得るための努力の場合もあるでしょう。もちろん、勝つために4Tに挑戦するのであれば、可否はともかくとして、そのトライも素晴らしいと思います。

比較して思うのは、昨日のスノーボード 男子ハーフパイプでした。幸い、決勝は観ることができました。優勝したショーン・ホワイトは、いいヤツです。全然、知り合いでもなんでもないですが...(笑)。でも、トリノ後のドキュメンタリーを昨年観たのですが、アフリカまで渡り、スケートボード(スケボー)とトリック用の台(キッカーと言うらしいですが)を現地の学校に寄付して、自分でも手本を見せていました。アフリカの子供達が、それで楽しんでくれることを願っていたようです。

試合とトレーニングの合間を縫って、そういうことをしてくれるヤツですから、いいヤツに決まってます。苗場での試合でも、ホテルで怪我に苦しみながらも、日本のファンのためにと、2日目に優勝してました。凄いヤツです。

で、バンクーバーでは、ニュースで何度もやりましたが、”ダブルマックツイスト”という、なんだか凄い名前の大技を最後にきめてくれました。これ以上はない、人類究極のトリックだそうです。ボードのことは全然わからないのですが...、でも、そりゃぁ、興奮しました。信じられない大技です。

このオリンピック、格好いい選手が目白押しです。でも、金メダルがもう確定しているのに、残された仕事として、ラストランで自分だけの大技を決めてしまった、ショーン・ホワイト、おそらく、世界で一番格好良い男だと思います(女性は、26日に決定予定です、もちろん!!)。

ただ、ハーフパイプの技の位置づけは、フィギュアスケートとは全然違うと思うのです。ハーフパイプでは、トリックの技術が問われる。でも、フィギュアは演技が問われるのだと思います。もし、ショーンが、音楽をバックに、4分30秒のパフォーマンスをしろと言われたら、全然違う内容になると思います。それでも、フィニッシュに大技を持ってきたのならすごいですが...。逆に、フィギュアスケートの選手が、バッジテストのように「それじゃぁ、4Tをやって下さい」と言われて行うのであれば、確度は上がるでしょう。当たり前ですが。

理想を言えば、演技の中に大技を盛り込めるのが一番です。でも、フィギュアスケートで問われるのは、技そのものではなく、技がちりばめられた演技である、これは大事なことです。美味しんぼの教訓で言えば、ハンバーグばかりが豪華なハンバーガーではダメなのです。パンズとハンバーグ、その他の具材とが、量・質ともにバランスがとれ、美味さの調和がとれなければ、完成品とは言えません。この、完成度が、フィギュアスケートの命なのかもしれません。

だから、ショーンの”ダブルマックツィスト”に勝るとも劣らぬ、”メガマック~~”なプログラムを、作品として男子フィギュアの選手達には演じてほしいものです。

2010年2月17日 (水)

オリンピックのつぶやき(ペアFS)

昨日のペアFSにまつわる駄文です。感想にもなっていません、すみません。

昨日はワンセグ環境で視聴していたので、BS放送でのライブは観られず、昼間はスピードスケート男子500メートルを応援していました。他のエントリーでも記していますが、同じスケートということで、スピードスケートも関心を持っています。あんなに薄いエッジで氷上を疾走し、巧みなカーブワークでグイグイ速度を上げていく姿には、とても驚きを感じます。

力強さはもちろんですが、機能的な姿勢を保ち続ける忍耐力と高速で勝負を挑む勇気には、深い敬意を抱きます。もしも、自分が跳べなくなったら、スピードスケートに挑戦する機会があったらいいなと思ってます。フィギュアに耐えられない状態なら、スピードもできないとは思いますが...。

2回目の滑走で、長島選手が2位につけ、残り1組になった時には興奮しました。加藤選手が最終組で残っていたので、二人のうちどちらかはメダルを獲得が決まっており、もしかしたら二人とも...!! しかも、加藤選手には金メダルの可能性もある...!!!

似たシチュエーションは、トリノでのフィギュアでもありました。

女子FSで、村主選手が演技する時点での首位は、直前演技の荒川選手。村主選手を含めて残った滑走者は三人(村主、マイズナー、スルツカヤ)だったので、この時点で日本人のメダルは確定という状況でした。

これまでは、私は"メダル、メダル"と連呼するマスコミ報道や体育協会関係者のコメントには、あまり良い印象を抱いていませんでした。メダルの個数を誇るのは、みっともないことだと感じていたのです。荒川選手の金メダルは嬉しいです。心から凄いことだと思っていますし、トリノから半年くらいの間は信じられない気持ちでした。でも、金メダル以上に、プロ活動で新境地を拓いている姿の方が立派だとも感じていました。メダルは、そのためのステップにすぎないとも...。

今は、そういう考えから変わっています。今回のオリンピックで、女子モーグルの上村選手の涙を見て、ノルディック複合の個人男子で、小林選手が果敢に攻めたにもかかわらず、次々と欧米の選手達に抜かれる姿を見て、入賞も素晴らしいことですが、更に上のメダルを獲ることがいかに厳しいことなのか、想像することができました。ですので、選手達が勝利を目指し、メダルを獲得することには、本当に価値があり、それこそ為し得がたい偉業なのだろうなと、考えが変わりました。

結果を先に記せば、ロシアの川口/スミルノフ組は残念であったと思います。4位入賞は素晴らしいことですし、オリンピック初出場での大健闘であったのは違いありません。ですが、1964年インスブルック大会以降、過去12試合連続(ソビエトとEUNを含みます)で金メダルを獲ったという歴史から考えれば、厳しい評価もあるのかもしれません。

ただ、川口/スミルノフ組に、その歴史の重圧を背負うことを求めるのは、あまりに酷だとも、私は考えています。理由は、時代の変化がソビエト→ロシアのペア大国終焉に流れていたからです。

インスブルックからトリノまでの12大会のメダル獲得者を見れば一目瞭然なのですが、ほとんどの大会(12大会中8大会)で、ソビエトは複数のメダルを獲得しています。おそらく、共産主義陣営での選手育成は、西側のそれとはかけ離れたレベルで進んでいたのだと思います。また、アイスダンスは、1976年のインスブルック大会から種目に加わったようですが、過去9大会のうち、ソビエト→EUN→ロシアの選手が金メダルを獲得していないのは、2大会だけです。ついでに記せば、この9大会の全メダル(金、銀、銅)の27個のうち、16個をソビエトやロシアが獲得しています(トリノのウクライナが獲得した銅メダルは除く)。

ですので、カップル競技に関して言えば、他国に強力なライバルがそれほど育っていない(東ドイツ勢はいますが)中で、国内選考を勝ち抜いた複数のエリートのうちどれかが金メダルを獲得していた状況が続いていたのではないかと推測するのです。でも、共産態勢の崩壊により、この状況が永続しないのは明らかです。1991年のソビエトの崩壊以降も、アルベールビル、リレハンメル、長野とEUN・ロシアの快進撃は続きますが、状況は刻々と変化していたはずです。

2002年の採点疑惑は、ペア大国ソビエト→ロシアがこの変化に焦りを感じたものだったのかもしれません。

私は、このスキャンダルのどこまでが事実であるかは知りませんし、実際にジャッジ間で取引があったとは考えていません。ただ、そういう疑惑が生じるほど、ロシアはペアでの金メダルに拘り、しかし、それが困難かもしれないと考えていたということは、あったのかもしれません。その時に、ロシアに立ちはだかっていたのが、中国のシェン/ツァオ(銅メダル)であり、疑惑の渦中でロシアペアと共に金メダルに繰り上がったのが、カナダのサレー/ペルティエでした。

もう少し記せば、ソルトレイクの疑惑の渦中にいたペアの女性(エレーナ・ベレズナヤ)に憧れて、川口選手はタマラ コーチの門を叩いたということであり、そのきっかけになった長野五輪(ベレズナヤ/シハルリドゼは銀メダル)で銅メダルを獲っていたのは、今大会で川口選手達の強力なライバルであった、サフチェンコ/ソルコビーのコーチである、インゴ・シュトイアー達でした。

要するに、ソビエト→ロシアのペア連覇の終わりのプロットは、1998年から2002年の間に完了されていたのだと思います。単なる偶然かもしれませんが...。でも私は、1991年のソビエトの崩壊から少しずつ進行していた、東西の競技レベルの均等化が、20年かかって形として出たのが、今大会の結果ではないかと考えております。2002年に銅メダルだったシェン/ツァオ組が悲願の金メダルを獲得する、「なぜ彼らが金ではないのか?」と議論の的にされた、サレー/ペルティエの母国でのオリンピックで、ペア大国ロシアが陥落する...。その急先鋒に立ったのは、ソビエト時代では唯一とも言えるライバルだった東ドイツの流れを汲むサフチェンコ/ソルコビー(コーチはシュトイヤー)であった...。考えすぎかもしれませんが、やはり、プロット(意図的ではないと思いますが)はあったのかもしれません。

そう考えたくなる、つまり、2002年の出来事(私は、かなり後になってからそれを知ったのですが)を想起したくなるのは、今大会で7位になった、ムホルトヴァ/トランコフ(ロシア)のFSが「ある愛の詩」であったためです。2002年のカナダペアのFSの曲を、よりによって彼らの母国で、ロシアペアが演じるということに、なにか飲み込めないものを感じたのです。

単に音楽が被ったという以上の意味を、どうしても感じてしまいます。というのも、サレー/ペルティエのカナダペアが演じる「ある愛の詩」は、ローリー・ニコルのマスターピースとされているからです。それを言ったのは、デイビッド・ウィルソン(どのインタビューかの出典は出せません。記憶に頼ってます)なのですが、同じカナダ人である彼が、バンクーバーオリンピックでは、カナダ代表ペアのデューベ/デイビソンの振り付けをしています。つまり、ソビエトに対抗し得るようになった背景には、もちろん、選手育成システムのグローバル化(中国の台頭など)もありますが、それだけでなく、”勝てるプログラム”を作れる振付家が西側世界にも出現したことが大きいのではないかと思うのです。その象徴が、ニコルが創った「ある愛の詩」であるのなら、この曲に特別な意味を感じずにはおれないのです。

ワシリーエフは一体、何を考えていたのか...?もしかしたら、ソチでのペアの復権を目指し、2002年のスキャンダルを清算したかったのではないかと、思う気持ちがあります。バンクーバーでは金メダルが続かなくても、自国での次回大会から、また新しい歴史を始めれば良い、そのためには過去の遺恨を解消せねばならない、そのような感じかと想像するのです。

もちろん、これは、私のうがった見方であり、何の傍証もありません。

でも、北米(シカゴ)に拠点を置き、トリノではそこでペアチャンピオンを育てたワシリーエフが、ソビエト以来のペア連覇の歴史とは距離を置きたいとしても、不思議はないとも考えます。以前の勝利の方程式である、複数の国内代表ペアがメダル獲得に挑むという図式から離れ、メダルの重圧はタマラコーチ達に任せ、自分はソチに向けた育成を考えていたのかもしれません。

川口/スミルノフの健闘は、一服の清涼剤であり、素晴らしいものでした。でも、同時に、2002年には予兆されていたペア大国ロシアの終焉が現実となり、ソチに向けた強化の課題が浮き彫りになったのかもしれません。でも、変化はチャンスであり、第二の川口悠子が、日本代表としてロシアのリンクに舞う日も近いのかもと感じます。その姿を、川口選手にも見届けてもらいたいものです。

2010年2月16日 (火)

オリンピックのつぶやき(ペアSP)

スローフード系フィギュアブログを目指している、拙ブログですので、速報は滅多にできません。ユーロや全米などJ-SPORTSのライブ中継は、なるべくTV観戦記をリアルタイムにと思っていますが、オリンピックやグランプリシリーズなどの結果、あるいはフィギュアにまつわるニュースは、それらを扱うのが得意なブログにお任せしたいと思っています。

ですので、バンクーバー五輪も、基本まったりのモードでエントリーを記していけたらと思います。日本時間の24日と26日は、それどころではないでしょうが...。

ただ、24日はSP後に婚活の予定があるのです...(爆)。姉からの紹介なので、前向きに応じたのですが、「絶対に16時以降にして!!」と言いました。多分、相手の方にお会いしても、話題はフィギュアばかりになると思います。何年か前に、恩師から紹介を頂いた機会では、それで失敗しているのですが...そんなの関係ねぇ!!(古さ上等)と。

あと、10年前に、限りなく結婚に近づいた時...デートにバレエ公演ばかりを選んでいたら愛想を尽かされたという黒歴史もあります(笑)。

で、まったりと、昨日のペア ショートプログラムの感想です。

誰しもが感じたと思いますが、初っ端からノックダウンです。

シェン/ツァオ組

まったり志向といえどもフィギュアのブロガーとして恥ずかしいのですが、ペアはグランプリシリーズが全く追えていません。ですので、初見でした。競技会復帰組でしたので、パフォーマンスに疑問符を持っていたのですが、全然そんなことがなかったです。アナウンサーが、プロ活動で表現力に磨きがかかったのではと言っておりましたが、全くの同感です。私も”チャンピオンズ・オン・アイス”や”ザ・アイス”で馴染みとなっており、プロスケーターというイメージが先行したのですが、プロフェッショナルが競技会に戻って来た時の強さを、まざまざと感じさせられました。

あと、曲が渋いというか、ダイナミックです。サラ・ブライトマンの”DIVA”に同じ曲(バージョンは当然違いますが)があるのでわかったのですが、”WHO WANT TO LIVE FOREVER”のようです。DIVAはカヴァーバージョンの曲ばかりなので元歌を知りたくてググってみたところ、クィーンのようです。YouTubeで、この曲を歌っているフレディー・マーキュリーを見て、なんだか、よくわからない気持ちになりました。モーリス・ベジャールが彼と、同じくエイズで世を去ったジョルジュ・ドン(”ボレロ”で日本でも有名なバレエダンサー)のために、”バレエ・フォー・ライフ”を創ったのを思い出しました。ベジャールも、今は世を去っていますし...人はいなくなっても、音楽は永遠なのかもしれません。

これも恥ずかしい話なのですが、ライブで中継を見た時、スローの3ループがダブルにミスったと思いました。繰り返しビデオを流してくれたのでわかったのですが、2・3回転目があまりにタイトで、完全に回転を終えてから着氷するので、この二つの回転が一つに見えたのです。「空中に吸い込まれるよう」と解説の天野氏が言われてましたが、絶妙の表現だと思います。

彼らも、いつかは競技会のリンクを去る時が来るでしょうが、このプログラムは、永遠に語り継がれてほしいと思います。

川口/スミルノフ組

19時からのNHKのハイライトの番組も観ましたが、キャスター役の男性の方が、わけのわからんことを言ってました。どうも、アドリブで思いつきを言ったようですが、冬に日本へ飛来してロシアに飛び立つ白鳥の思いを、ロシアに渡った川口さんは表現したかったのでは...みたいな...。

ネットで話題になっている、ベッキー登板無謀説については、私はあまり感じずにいます。失礼ながら素人っぽいなと思うことはありますが、競技を良く見て印象や感想を言ってくれますし、なにより、落ち着きを保ってコメントされているのが好印象です。なので、隣の女性アナウンサーとも噛みあっていると思ってます。なのに...男性の方が、どうも浮いているというか...。

川口さんの思いは、私にはわからないので、もしかしたら日ー露の架け橋の象徴として”白鳥”に思いを託しているのかもしれません。

でも、サン・サーンスの”白鳥”で踊るというのは、それこそロシアのバレエの伝統です。日ー露うんぬん以前に、ロシアの正統な美の表現として、このプログラムを創ったのだと思います。私が知っている限りでは、ミハイル・フォーキンの”瀕死の白鳥”がサン・サーンスとバレエとの組み合わせの最初ですし、これがアンナ・パブロワの名を永遠にしたのだと思ってます。

もちろん、チャイコフスキーとプティパとの組み合わせによる”白鳥の湖”(最初の振り付けはライジンガーですが...)でも、腕と手で白鳥の首を表現する振り付けはありますので、全てがフォーキンから始まったのではありません。でも、このプログラムにはロシアの伝統が篭められており、ロシアの代表として川口悠子はその表現を託されたのだと理解しています。

スミルノフの衣装が黒となっているのは、”黒鳥”とも理解できますが、”白鳥の湖”のオディール(黒鳥、でもふくろう=ロット・バルトの娘...)のような、オデット(白鳥の王女、でも元は人間)との対極のキャラクターではないと思います。やはり、”瀕死の~”を意識しての、命のはかなさの予兆ではないかと私は理解しました。なので、プログラムの最後があのような、羽ばたきを終える形になるのだと思います。

ちなみに、”白鳥に湖”でも、オディール以外の黒鳥が沢山出てきます。それを「死の予兆」と解釈することもできますが、バレエ評論家の鈴木晶氏によれば、白鳥の子供という表現(白鳥の子供は羽が黒っぽい)、とのことです。

あと、スロージャンプやツィストリフトで、川口選手を放り投げた直後のスミルノフの腕がとてもよく伸びており、空中への拡がりを感じさせてくれました。彼の腕の表現はとても気遣いがされており、それが川口選手とのユニゾンを濃厚なものにしているのではないかと思います。

サフチェンコ/ソルコビー

怒涛の中国カップルの2組が終わって、「これで観終わった」とホっとしたら...彼らが残っていました...スミマセン。

彼らを最初に生で観たのは、2005年のNHK杯でした。どちらかというと、男子シングルのFSで客席から堂々とビデオ撮影(リンデマンのためだったのかな?)していたソルコビーの姿をよく覚えています。もちろん、トリノでも演じた、”ボン・ボヤージュ~1492”も印象的でしたが。

トリノシーズンは、従来にない斬新な試みをするペア(私には、他ペアとの違いがわからないのですが)ということで、オリンピックチャンピオンになった、トットミアニア/マリニン(露)とは対照的と解説されていました(from2006ユーロ 杉田氏)。その斬新さがどのように進化(=深化)したのかもわかりませんが、このSPの素晴らしさは理解できる気がします。

シェン/ツァオ組が時空を越えた永遠性、川口/スミルノフが儚さを持つ故の温かみを表現しているとすれば、サフチェンコ/ソルコビーは、劇場の夢に垣間見える悲しみを、コンパクトに表現しているのだと感じました。言葉を換えれば、シェン/ツァオに超人性を、川口/スミルノフには生物に共通する営みを、サフチェンコ/ソルコビーには世間の狭間で糧を得る人間、二人だけの世界を表現しているのだと感じるのです。

同じ国際規格のリンクでありながら、まるで宝石の小箱の中をのぞくかのように、小さな、小さな世界を二人で創り上げた、しかも完璧に...この表現力(テクニックもそのうちです)は、素敵すぎます!

前のエントリーでも記しましたが、私は競技会でのフィギュアスケートはスポーツであり、芸術ではないと考えています。これは、今も変わりません。もしも、アイスショーで観たシェン/ツァオの”カルーソー”はどうなのか?と問われるならば、それはわかりません。人を幸せにすること、それを究極の目的とするショーならば、それは芸術なのかもしれません。

でも、芸術と競技とは志向が異なるだけで、どちらが上かを論争するのは意味がないと思います。「もはや、これは芸術ではないか?」とアナウンサーがシェン/ツァオ組の演技に言っていましたが、それは違うと思います。表現が稚拙ならばスポーツ、優れているならば芸術というのなら、それはフィギュアスケートに対して、あまりにも失礼な考え方です。むしろ、競うライバルがいるからこそ、採点との葛藤があるからこそ、高めあい、極め続けることができるのではないかと、私は考えるのです。

だからこそ、信じるのですが、フィギュアスケートがスポーツなので表現し得る世界があり、その可能性と多様性を、彼らが見せてくれたのだと思います。

2010年2月15日 (月)

オリンピックのつぶやき(仮)

バンクーバー冬季五輪が開催されました。

楽しみにしていましたし、ワクワクしています。

特に、滅多に雪の降らない地域に住んでいますので、雪の中で行う競技には、ある種の憧れを抱いています。氷は...ほぼ毎日なので、もう日常のひとこまです(笑)。

今朝も、早起きして、バイアスロンと先ほどまで、複合個人を観ました。日本の小林選手、最後の周回でトップに立った時には、「まさか。。。!!」と思ってしまいました。普段はなじみのない競技の、名前の知らない選手なのに、”日本”と聞くだけで応援してしまうのは、げんきんかもしれませんが、当然の感情とも思います。最後に欧米人達の力を見せつけられる形になりましたが、トップ集団の中での7位入賞は本当に凄いと思います。クロスカントリーで世界のトップとして活躍することには、夢を感じます。

昨日の女子モーグルも、ライブで観ました。里谷選手、転倒せずに滑り切ったら、どんなタイムだったのだろうと思わずにはいられません。おそらく、選手もそれが悔しかっただろうと想像します。上村選手は、本当に頑張りました。メダルは、結果として獲れませんでしたが、それをどう評価するかは、選手本人に委ねられていると思います。ただ、上村選手に憧れ、背中を追いながら若手が育っていることは確かだと信じています。

モーグルの膝の使い方と上半身の安定、クロスカントリーでのスキーエッジの使い方、本当に勉強になります。あと、スキージャンプ競技での踏切のタイミングの際どさは、フィギュアでのジャンプのシビアさにも通じるかもしれません。フィギュアのジャンプも、本当に瞬間の勝負です。

もちろん、雪上だけでなく、氷上競技もしっかり見ています。男子ショートトラック1500mで、1-2-3を滑っていた韓国選手達の、2-3位が転倒した時には、「なんてこったい!!」と思ってしまいました。それで銀メダルになったのが、また、オーノ選手(米国)とは...。

ソルトレイクオリンピックは、私は全く観ておらず(なので、ヤグディンを知ったのもトリノ頃)、ショートトラックで物議を醸したのも知りませんでした。それを知ったのは、同年の日韓W杯の韓国ー米国戦での、アン・ジョンファンのゴール後の集団パフォーマンスでした。それも、生で見ている時には、彼らのやっていることが全然わからず、不思議に思っていましたが、ネットで顛末を知り、対米国戦での韓国サポーターの異常な熱気の理由にも納得しました。 今年のW杯では、韓国代表は何かやるのだろうか...?

これも昨日ですが、スピードスケート男子5000mも面白かったです。クラマーの圧倒的な滑りと、観客席に飛び込んで両親と抱き合う姿とのギャップが興味深かったです。銀メダルの韓国の李承勲(イスンフン)の上半身を綺麗にたたんで、滑らかに滑る姿勢にも驚きました。科学的トレーニングが韓国では進んでいるのではないかと、想像します。

あと、何より印象に残っているのは、開会式の冒頭です。開会式が始まる前、確か1分前からだと思いましたが、カウントダウンの電光掲示が静かに映し出されていました。それが、30秒前になって消えていきました。2年ほど前に、浅田姉妹のバンクーバー紀行のような番組をBSフジで見ましたが、その時にも、オリンピックのカウントダウン時計が紹介されました。あれから何年も時を削り続け、やっと使命を果たしたのだなと思ったら、胸が熱くなりました。

待ちにまった、バンクーバーオリンピック。

何よりも、真央選手の大会になることを願わずにはおれません。私達は、そのために待っていたのですから!!

怪我との付き合い

「年寄りの冷や水」という言葉を意識している。

普段、一日2~4時間はコンスタントにトレーニングしているが、いつまで続くのか、どこまで続けるのかは、常に悩むところである。ある日、突然に大きな怪我をして中断を覚悟するのではないか、そんな不安を漠然といだきながら過ごしている。なので、練習でもリンクに向かう時は怖い。ほのかにだが、ある種の覚悟をしながら氷に向かっている。

おかげさまで、右腿裏側の肉離れはもう治った。再発には十分注意しているが、筋力や可動域が戻ってくれたのは嬉しい。ところが、今度は左脛(すね)の前側に痛みを覚えるようになった。数日前から気になりだしたのだが、いつ、どんな状況で痛めたのか、全然覚えがない。練習は普段通りで、特別に負荷をかけていないし、足を捻ったり打ちつけたりということもない。腿の肉離れのように、練習中に「やってしまった!!」という自覚もなかった。自宅で休養中に、シクシクと痛むようになったのだ。

すねの前側が、爪先を挙げると痛くなり、熱を持っている。なので、おそらくは、前脛骨筋の炎症なのだろうということは、推測できた(脛の前側の筋肉ー前脛骨筋は爪先を挙げる=足関節の背屈、脛の後ろ側の筋肉ーひふく筋などは踵を挙げる=足関節の底屈)。なぜこの箇所が炎症を?と思ってググってみたら、自分が知らなかった意外な常識がわかった。

ひとつは、すねの前側の筋肉の炎症は、日常おこりやすいということである。長距離の歩行で痛むという悩み相談が、ネットに散見された。アキレス腱が十分に伸びていないとか、歩き方に原因があるというのもあるそうだ。

もうひとつは、シンスプリントという障害のことである。医療職者としてちょっと恥ずかしいのだが、私はこの言葉を知らなかった。怪我とか病気というよりも、”状態=スポーツ障害”のようなものらしい。

メルクマニュアル家庭版の該当するサイトを見た。

http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec05/ch075/ch075c.html

私の場合は、前外側に一致するのだが、拮抗し合う筋肉の不均衡も原因であるようだ。これには、身に覚えがある。トレーニングをすればするほど、この手の悩みは出てくるものだ。

実際のところ、腿の裏側の肉離れも、腿の前側(大腿四頭筋)と腿の裏側(ハムストリング)の力の不均衡、つまりハムストリングが相対的に弱いというのも原因だったと思う。こちらの筋肉が強化されていないのは、スポーツ施設での測定でもデータに出ていた。それでどう是正しようかと思案していた時の怪我であったのだ。

現在悩まされている、すねの前側の痛み(シンスプリント)も、すねの前側の筋肉(前頸骨筋)が後ろ側の筋肉(腓腹筋やヒラメ筋)よりも弱いために痛みを生じるようである。

スポーツでは、腿の前側(大腿四頭筋)やすねの後ろ側(腓腹筋、ヒラメ筋)が重視されており、そちらの強化はしやすい。ところが、それと拮抗する(反対の関係にある)筋肉は軽視されやすく、強化の方法もあまりポピュラーではない。もっとも、前脛骨筋は、床につまづいて転倒することを予防する目的で、高齢者の生活指導ではメジャーである。でも、その時に行う、トゥアップ(爪先挙げ)の程度では、自重(私は84kg)を存分に利用できるカーフアップ(踵挙げ=腓腹筋などの強化)に匹敵する強化は期待できない。ジムでは、錘を爪先に乗せての強化法などをアドバイスされていたが、それも要領を得ず、そのままにしていた。なので、カーフアップなどで、すねの後ろ側ばかりを強化していけば、不均衡で前側を痛めるのは当然だったのかもしれない。

メルクマニュアル家庭版には、「バケツを使った運動」という方法が紹介されている。負荷をかける錘などは結構持っているので、この方法を応用して強化を考えていきたい。

病気もそうなのだが、怪我にも2種類があると思う。

ひとつは、急性的なもの...。急激な外力がかかり、肉体がそれに耐えられずに障害を生ずるものと理解している。転倒による骨折や極端な捻りによる捻挫、あるいは鋭利なものが皮膚に触れての切傷などが挙げられる。

もうひとつは、慢性的なもの...。緩慢な外力の蓄積や、身体構造の歪み・動作の不均衡が原因となって、少しずつ身体に障害を生じていくものと理解する。今回経験したシンスプリントはその一つなのだろう。骨折でも、疲労骨折は慢性的な障害になると思うし、靭帯断裂でも、自覚症状がなくて無理を重ねて悪化するケースはこちらに近いかもしれない。

昨年末の右腿裏側の肉離れ、今回の左前頸骨筋の炎症と、立て続けに怪我を経験することになった。幸い、両方ともトレーニングを中断するほどのものではない。ケアに心がけていけば、それほど悪化することはないだろう。これは、両方とも慢性的なケガに近いからかもしれない。肉離れは、症状を自覚したのは突然だったが、疲労は大分前から蓄積していたと思うのだ。このような怪我は、今後も起こりうると想像する。

ならば、発見を早くすることと、生じた後のケアを十分に行って悪化を防ぐことが大事だろう。同時に、トレーニングを減らすのではなく、内容や負荷を見直し、怪我の原因となっている筋力の不均衡を是正する努力が大事だろう。それが、転倒→捻挫・骨折などの急性的な怪我の予防にもつながると考えている。

関節の前後関係での不均衡では、トレーナーの先生からは、股関節について指摘されている。私は、股関節がかなり固いのだが、特に内旋(体の中央の軸に膝を寄せるような動作)が外旋(膝を外側に開くような動作、バレエで言う”アンドォール”)よりも弱いと言われている。内旋の動作ができないために、クロスストロークで、内側の足でのアウトエッジへの加重がしにくいのではないかというアドバイスである。なので、この動作がしやすいようなストレッチを取り入れている。この内旋と外旋の動作の不均衡を放置していたら、股関節に障害を生じたのかもしれない。

要になる考えは、「鍛えれば鍛えるほど、怪我をしやすくなることがある」ということである。いわゆる、スポーツヘルニアもそうだと思う。これを仕方ないと放置すれば、それが原因でトレーニングを中断せざるを得なくなる。医療者でなくても、スポーツをする者ならば怪我への関心は持った方が良いと思うし、身体へのケアは練習を重ねての強化と同じくらいの価値があると思う。

「とても練習して努力したのに、怪我に泣かされた」というのは、スポーツをする者としては、胸を張れるものではないと、私は思っている。そうは言っても、いつ、自分が怪我をするかわからないという気持ちでいるのは、最初に記したが。

スポーツをする以上は、怪我とは付き合うしかないのかもしれない。私自身は、自分は怪我に強いと感じている。もちろん、立て続けに怪我をして苦しい思いをしているが、それでも、悪化はさせていない。早期のケアに腐心するのも、怪我への強さのひとつであろう。あと、筋肉痛をあまり経験しない。かなりハードなトレーニングをしてもだ。これは、トレーニング中に、こまめな水分補給を欠かさないのが秘訣だと考えている。疲労物質(最近では、乳酸とは限らないらしいが)を抹消に蓄積させないように、血流確保には気をつけている。なので、汗を十分かくように、ウォームアップも大事にしている。

同時に思うのだが、大きな怪我をしても、それを糧としてカムバックしてくる選手達は、本当に立派だと思う。高橋大輔選手にしても、ジュベールにしても、パトリック・チャンにしても。その体験から何かを掴み、更なる飛躍を遂げるためには、とても大きな勇気を必要とするのではないだろうか。

(もっとも、チャンの現在のSPは大嫌いだが...曲の編集が酷すぎる。中野選手のジゼルや火の鳥もそうだが、曲のクライマックスに至るまでの過程を無視する編集には、イライラしてしまう。あと、チャンの演技を観ると不安を掻き立てられる。おそらく、エッジワークを強調するがために、演技に軸が見えなくなっているのが理由だと思う。)

2010年2月11日 (木)

月まで走れ!

日本時間で今週の月曜日(2月8日)に開催された、第44回NFL スーパーボウルの録画をやっと見終えた。

平日なので当然仕事で(有給をとろうか悩んだが。。。)、生放送は我慢した。それで、朝のトレーニングの前などに少しずつ観ていき、本日やっと結末を知った。ペイトリオッツのブレイディが好きな自分としては、マニングがやられたのには溜飲が下がった。でも、敗北の中にも男らしさがにじみ出ている感じもする。やはり、マニングはポストシーズンで敗退する姿が似合っている...コルツファンの方がいらしたら、すみません。

試合は、最後まで目の離せない白熱した展開であり、フィギュアのブログなので詳細は省くが、こんなに素晴らしい試合を観たことがなかった。スリリングさでは、今シーズン第1週のペイトリオッツ対ビルズが勝っていると思うが、試合密度やスーパーボウルというプレッシャーを考えたら、本当に凄い選手達だと思う。

つくづく感じたのは、”RUN”の大切さである。

もちろん、攻撃の選択肢の一つである、ラン攻撃(ボールを持って走ることで前進する)もあるのだが、もっと根源的に、攻撃陣も守備陣も、走ってこそ選手であるように感じた。コルツの守備の選手であるドワイト・フリーニーが右足首の怪我を悪化させて試合後半から満足に走れなくなり、そこからコルツ守備陣のほころびが生じたことは、解説者が何度も言っていた。あるいは、ロングパスのキャッチや、そうかと見せかけて戻ってきてのパスキャッチ、相手の攻撃中のインターセプトなど、試合の流れを引き寄せるプレーでは、選手達の走る姿が目に飛び込んでくる。

アメリカンフットボールの醍醐味は、長身・巨漢の選手達が、これでもか!!、と一生懸命走る姿にもあると思うのだ。もちろん、高度に洗練された戦術、クォーターバックの華麗なスローイング、意表をついたトリックプレーなども魅力的であり、それらはアメリカンフットボール以外のスポーツでは見られないものかもしれない。でも、それら、スペシャルな特徴とは対極にある、選手達の走る姿、立ちはだかる相手選手に激突して前進する姿、あるいは、タックルを受けてバランスを崩しながらも転ばずにボールを前へ前へと運ぶ姿、そういう一生懸命さは、どのスポーツにも共通する原点であるようにも感じる。

フィギュアスケートでは、タックルされることはない。でも、転倒は茶飯事である。全米選手権で解説の杉田氏が言っていたが、転倒した後でいかに早くリカバリーするか、それができる選手とできない選手では、順位が異なってくる。転倒しないことが一番であるのは当然だが、転倒してもへこたれない気概、それは、フィギュアスケートにも、どのスポーツにも共通するガッツであろう。試合中、神が降りることもあるが、魔物と戦わないといけないこともある。個人で行う採点競技であっても、戦いは闘いである。

少しだけ横道に逸れるが、私は、フィギュアスケートが芸術であるなど、これっぽっちも考えていない。ネットで、私にそれを力説した人もいたが、とんでもない話である。音楽や舞踏、美術(衣装)など、芸術の要素を利用しているが、フィギュアスケートそのものは芸術ではない。これには、確信を持っている。もしも芸術であるのなら、あんな風に音楽を切り貼りした編集は、許されない。作曲家や演奏家からしたら噴飯物だろう(バレエでも、上演時間や出演者の都合で編集は行うが)。そもそも、芸術で優劣を競うことなどナンセンスである。相手を打ち負かすための芸術なんて聞いたことがない。賞やコンペティションは美術や舞踏、音楽の世界にもあるが、それらが芸術の目標でないことは誰しもが認めるであろう。古代では、オリンピックでは文化的な競技もあったと聞いているが、今の世の中ではそうではない。でも、フィギュアスケートはれっきとした、オリンピック種目である。

言うまでもないが、フィギュアスケートはスポーツである。

もっとも、アイスショーや舞台にリンクを設けての上演など、コンペティションを離れてのフィギュアについては、その限りではないかもしれない。でも、競技目的のフィギュアスケートは、相手との優劣を競うスポーツであり、それ以外の何物でもないと私は考えている。

その優劣を判定する基準に、美とか基準への適合性などが入ってくるのだが、それは、フィギュアスケートのスペシャルな特徴なのかもしれない。アメリカンフットボールで言えば、戦術の複雑さとか、クォーターバックの特別な立場といった、アメフト以外のスポーツにはない特徴と同じようなものだと思う。少なくとも、フィギュアスケートほど美を追求したスポーツは、私はあまり知らない。新体操やシンクロナイズド・スイミングを挙げる人もいるかもしれないが...。

でも、アメフトをアメフトたらしめているのが、そういうスペシャルな部分だけでないことは、先ほども記した。やはり、スポーツの根源である「一生懸命な動作」こそ、アメフトの命であると私は感じている。ランニングバックの選手の走る姿を観れば、それだけで感動してしまう、それこそ、芸術的である!

攻撃中は、味方のオフェンスラインの選手達が城塞のように護ってくれるクォーターバックも、時には、地べたに打ち伏せられる時がある。”サック”という守備側のビッグプレーの時がそうなのだが、今回のスーパーボウルでは、別の場面でもマニング(コルツのクォーターバック)は相手に打ち伏されてしまった。味方とのタイミングが合わずにパスしてしまい、敵の守備選手にボールを奪われて逆襲されてしまった場面で、その進撃を阻もうと、マニングも身を挺するのだが、あえなく潰されてしまったのだ。NFLの花形ポジションであるクォーターバックの中でも、スター中のスターであるペイトン・マニングでさえ、肉弾のぶつかり合いの中で苦杯を舐めざるを得ないこともあるのだ。でも、自分達の失敗をリカバリーするために、慣れない競り合いに挑んだマニングを、私は本当に格好良いと思った。

こういう一生懸命さは、フィギュアスケートを構成する要素でもある。昨日の地元の新聞に、「遊びで来ているのではない」との、門奈コーチの言葉が記されていた。大人のフィギュアの場合には、楽しさや、面白さ、気楽さも大事だと思う。遊びの部分は、大人ならば...必要だと感じている。でも、それだけでフィギュアを語りつくすことはできない。もし、そういうお気楽さが、大人のフィギュアのスペシャルな特徴だとしても、やっぱり「一生懸命さ」はスポーツである以上、欠かせないだろう。

この、一生懸命さ。比ゆではなく、実際に、歯を食いしばって頑張る体験、それも、フィギュアスケートを構成する重要な要素ではないだろうか?

フィギュアスケーターであるのなら、走れないと話にならない。それは、どのスポーツ選手にも共通である。もし、滑れるけれども走れない、あるいは、走るのが嫌いだとしたら、結果は明白である。息が上がれば力が萎えてしまう。人間の体はそうできているのだから。そうではなく、ひと汗かいた後にも力が湧き出るためには、心肺機能と筋持久力の両方を増強する必要がある。”RUNNING”は、そのための基礎的トレーニングのひとつである。

もう少しだけ、アメフトの話を許してほしいのだが..."セカンドエフォート"という言葉が、私は大好きだ。相手守備選手達からタックルを受けて、ボールを持っての前進が阻まれた時、それでも、1ヤードでも2ヤードでも、体も腕も精一杯に伸ばしてボールを前へ差し出す。あるいは、バランスを崩しながらもこらえながら、一歩でも二歩でも、進んでから転ぶ。そういう努力が、数インチぎりぎりで攻撃権を維持する結果につながるのである。

そういう姿は、美しくないだろうか?

フィギュアスケートでは、回転不足やバランスを崩しての姿勢保持を評価しない傾向がある。美を追求する競技としては当然であり、私も、そういうのはあまり美しくないと感じる。しかし、白鳥の水かきのたとえではないが、優雅な動作や安定感のある着氷の陰に、どれだけの踏ん張りがあるか...?アメフトと違い、そのプロセスは表には出ないが、練習段階でのそういう頑張りが、試合の結果につながることもあるのだ。

誰も、最初から上手にはできない。フィギュアスケートに、真の意味での天才はいない(安藤選手には、才能の輝きを感じるが)。無数の転倒と躓きを経験しながら、技術を得ていくのだと思う。でも、着氷でバランスを崩しつつも、軸を完全には失わないように踏ん張ること、そういう努力を練習段階でするか、それとも簡単に転んでしまうか、それが習得の差になる気はする。転ぶにしても、次は転ばないための転び方と、次も転んでしまうような転び方があるのかもしれない。そして、たとえ不格好だとしても、転ばないように踏ん張る努力を続けることで、適切なトゥの使い方や安定したエッジの位置を覚えるようにも感じている。

このような...「転びそうになっても転ばない頑張り」から得られる成果も、セカンドエフォートと言っても差支えないのではないだろうか?

練習段階でこのセカンドエフォートを重ねることで、本番での安定感が増していくのだと信じている。最初から美しく演技できる者は、いない。

表題の「月まで走れ!」は、ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、関西大学第一高等学校サッカー部の合言葉である。今年の冬の選手権大会、青森山田高校との準決勝での後半40分からの粘りは見事であった。やはり、練習段階での「走り」の蓄積がものを言ったのだろう。彼らには、とても及びがつかないが、私も朝に、夜に走っている。氷上練習を終えてから、ジムで窓の外を見ながらランニングマシンの上にいる時、彼らの合言葉をよく、思いだす。

たとえ、月には届かないとしても、「月まで!」走り続けたい。

2010年2月10日 (水)

「滑走」のパラダイム~桜井美馬選手の特集を観て~

3月に2級ステップの再挑戦のお話を先生から頂いているのだが、今は氷上練習の大半をジャンプに費やしている。ステップ課題がとても下手になったことは、昨日の貸し切り練習でも明らかであり、それはきちんと頑張らないといけない。

でも、多くの時間を費やしているジャンプですら、納得できるレベルには達していないのだ。ここで、手を抜いたらいけないような気持ちになっている。

平日はクラブの先生がクラブ生対象でジャンプ教室を設けて下さり、私もそれに参加している。仕事があるので毎日という訳にはいかないが、週2~3回くらい、仕事帰りの1時間弱、とにかく子供達と一緒に跳び続ける。

営業時間は19時までなので、その教室が終われば、後は貸し切り練習の時間となる。クラブでの貸し切りもグループレッスンの形態となり、その多くはジャンプの練習に費やされる。

そのおかげで、ある程度は技術が向上してきたと思う。シングルアクセルはまだ回転不足で氷を削ってのランディングだが、転倒やツーフットが減ってきている。踏切での右足の蹴り上げ、空中で軸を締めること、そしてランディングのタイミングが、少しずつわかってきているようだ。先生は、まだまだ、と言わるが...。ダブルジャンプの練習のせいか、サルコウやトゥループのシングルでの踏切が雑になってしまい、今はシングルで指導して頂いているが、そういう、「行きつ戻りつ」の繰り返しも、技術を確実にするには大切だと思っている。シングルループは、踏み切りをもう一度見直し、根本からやり直している。それでも、今まで得てきたものの中にも使える技術はあるので、0からという訳ではない。

なので、シングルアクセル以外は、前進というよりも後退なのかもしれないが、私の中では大きな手ごたえを感じている。こういう、「行きつ戻りつ」というか、「3歩進んで2歩下がる」という経過は、名古屋で別の先生から指導を受けている時にも同様であった。初心者時代に得た技術を洗い直し、もう一度教わりなおす、それは、今まで習ってきたことを否定するのでは決してなく、それを土台としての再構築なのだと信じている。

私の中で今も息づいている、根本的なものは、やはり大須での体験だと思う。

その時に、ハーフサークルやモホークターンといった基本的な技術をしっかり指導して頂けたことが、今に生きているのだと思う。ただ、残念だったのは、先生の都合もあってスリーターンの途中で自己練習の時期が長かったこと(その後で邦和に移ったのだが)である。サルコウやトゥループ、ループも同様であった。なので、常に、やり直しの指導があるのは当然なのかもしれないし、それが進度に影響があっても仕方ない。焦ってもしょうがないのだ。

同様のことだと思うが、オンアイスでも、オフアイスでも、練習を一生懸命やるのは、やはりあの時期に真央さんや舞さん、恩田先生、あるいは(’06年の夏だけだが)安藤選手、といった世界で戦う選手達の姿をみてきたのが大きいと思う。みどりさんも、元気に滑って村上加菜子選手達の指導をしていた。全然滑れないなりにフィギュアに取り組み始めた自分の目の前にいたのが、世界ジュニアのチャンピオンであり、次のシーズンにはGPFチャンピオンとなった選手であった。世界に飛び出す真央さんを、私はリアルタイムで観てきたのだ。

譬えて言えば、ヒマラヤの山々を眼前にしながら日々を過ごしてきたようなものである。自分は登れないとしても、私の望む向こうには”世界”があった。それは、かけがえのない経験であったと感謝している。だから、自分が上手だとは決して思えないし、人と比べても仕方ないと考えている。名古屋に行けば、私より上手な人は沢山いるし、今でも、身近にそういう方がいらっしゃる。ならば、自分は自分なりに頑張るしかない。

また、滑る姿を拝見したことはないのだが、地元への挨拶でリンクに来られた、ショートトラックの伊藤亜由子選手を、何度かお見かけした。ウィンタースポーツ不毛の地と言われる地域から、バンクーバーオリンピックに出場されることに、大きな励みを感じている。

いわば、”マイペース”での取り組みであり、なので、何度でも技術のやり直しがきくのかもしれない。同じことを、第一線の選手、あるいは第一線に躍り出ようとチャンスを狙っている選手達がせねばならないとしたら、どんなに苦しいだろうかとも感じる。

フィギュアで言えば、エッジエラー対策がすぐに思い浮かぶが、ショートトラックの世界でも、そういう「技術のやり直し」の葛藤があったそうだ。NHKの”スポーツ大陸”での桜井美馬選手の特集を観たのだが、驚きの連続であった。思いきって言わせてもらえば、「こんな当たり前のことを知らなかったの?」という感想を抱いた。ただ、同時に了解していたのは、スピードスケートのブレードはフィギュアとは全く違い、エッジがインとアウトとに分離していない。また、長さもフィギュア用以上であり、重心の置く場所が全然違うと聞いたことがある。なので、フィギュアの常識がスピードスケートでは通用しないというのは、あったのだろう。

その、フィギュアの常識=スピードの非常識という構図を崩し、(桜井選手はフィギュアのことを知っていたのかはわからないが)フィギュアのスケーティングの常識に近付けた”進化”をショートトラックで挑んだというのが、とても興味深かった。

もちろん番組中では、桜井選手の”進化”が、フィギュアのスケーティングに似ていることは一切言及されていない。これは、私の解釈である。

主な進化は、次の3点であった。

1.滑走時の重心の位置を、親指の付け根(拇指玉)から踵の少し前の位置に変更した

   ※フィギュアでは、前進滑走の基本中の基本である。拇指玉だけではないが、足の指の付け根付近に重心を置くのはバック滑走の時になる。

2.滑走時は、走るように蹴り数を増やすのではなく(疲労がすぐにくる)、一回の蹴りで長く滑れるようにする。そのために、氷を押す時のブレードは、踵からつま先まで長く十分に使う。

  ※「たくさん蹴る」のではなく、「長く滑る」というのは、スピードを競うショートトラックでは、勇気の要るパラダイム転換だったのではないだろうか? フィギュアの場合、一回でのストロークで長い距離を滑れることは、とても大切なスキルであり、初心者の頃から指導される。蹴り足では、踵から指先までブレードを使うのも、フィギュアで大事にされていることである。そもそも滑走に関しては、フィギュアでは”蹴る”という言葉は使わない。氷を”押す”という感覚である。

3.コーナーワークでは、右足(外側)での蹴りの力に頼るだけでなく、左足(内側)のエッジの外側にしっかり乗り、そこから左足でも蹴られるようにする。

 ※別の番組(アインシュタインの眼のスピードスケート特集)なのだが、スピードスケートの長島圭一郎選手は、「左足での蹴りがコーナーワークで勝負となる」と言っていたので、クロッシングでの左足の重要性は、スピードスケートの世界でも認知されていたのだと思う。しかし、桜井美馬選手の右足があまりにも強かったので、左右のバランスの改善が課題になったのではないだろうか? 反時計回りでのクロスで、左のアウトエッジに乗らないといけないのは、フィギュアスケートでは、やはり基本中の基本である。フィギュア以上にコーナーワークに勝負をかけているショートトラックの番組で、これを”進化”と言ったことには、「何を今さら」と思わずにはおれなかった。でも、番組中で言っていたが、ショートトラックのブレードでエッジのアウト側に重心をかけるのは勇気がいるようである。それが、コーナーで上体を内側に倒した時に手を着く動作に関係するのかはわからないが、左足でもしっかり重心を置き、そこから蹴りだすこと、それができるように桜井選手は努力したそうだ。

同じスケート競技といっても、ブレードも靴も、競技内容も違うので、なんとも言えないところもあるが、「滑走」という観点から考えれば、ショートトラックでの”進化”がフィギュアの”基本”と似ていることには、深い興味を抱く。この原動力には、「蹴って走る」ことから、「重心をかけて滑る」ことへという、ショートトラックのパラダイムシフトがあったのではないかと考えた。これこそが、スケートをスケートたらしめている根本なのだろう。

私は、アイスホッケーをスケートとは考えていない。ブレードで氷上を移動するが、動作がスケートの根本から外れているからである。重心を体の中央から極端には移動せず、両足で氷を削りながらスピードを得ていく方法は、ホッケー独自の技術であってスケートの技術ではないと思うのだ。それは、フィールドで競技するスポーツで考えるのなら、「走る」ことに目標を置いて特化してきた陸上競技(ハイジャンプにしても、「走る」ことの重要性は否定できないと思う)と、「走る」ことは得点を得るための手段としたサッカーとの違いに似ていると思うのだ。

ハイジャンプにしても、棒高跳びにしても、正しいフォームで美しく走ることがパフォーマンス(高く跳ぶ)ための条件であろう。それは、フィギュアスケートでの「滑走」の位置づけにも似ているかもしれない。反面、サッカーでの「走る」は、相手を凌駕するための手段であり、走れることは重要ではあるが、走る様はどんなでも良いであろう。アイスホッケーにおける「滑走」も、そのようなものではないだろうか?

もちろん、アイスホッケーにおける「滑走」の位置づけが、スケート競技とは異なるといっても、それでアイスホッケーの競技としての魅力が半減するわけではない。陸上競技ではないサッカーにも、陸上競技とは異なる魅力と人気があるのと同じである。

横道に逸れてしまったが、もしも、桜井美馬選手の”進化”が、「滑走」の本質に近づくための挑戦であるとしたならば、私達も、そんなの”フィギュアの常識”とたかをくくるのではなく、もう一度自分達の滑走技術を見直し、「技術のやり直し」に取り組む勇気を持つべきなのかもしれない。

それと、「蹴って走る」から「重心を置いて滑る」というパラダイムシフト(これは私の解釈であるが)を日本のショートトラック陣が決断した背景には、韓国の台頭があったそうだ。カルガリーから長野までは日本のお家芸であったショートトラックが、それ以降は韓国勢に席巻され、日本人選手はメダルがとれなくなってしまった。その打開策として、韓国から金 善台(キム サンテ)コーチを招へいしたそうである。かつては日本人コーチが指導した韓国側に教えを求めることに葛藤を感じたと、招へいに尽力した柏原幹史強化部長(ショートトラックの)は番組で語っていた。とても勇気があり、潔い決断だったのではないだろうか。私が興味があるのは、日本側から指導された方法論を、韓国はどこで脱却し、現在は日本にも指導している方法論に変えたのか、である。フィギュアスケートにも似た「滑走」の発見を、韓国はなぜなし得たのだろうか?

そこに、韓国フィギュア界が関わっていたのならばとても面白いが、わからない。とにかく、同じ「氷上滑走」競技としての親近感を、ショートトラックに感じた。

番組ラストでの’09年全日本距離別選手権での、桜井選手の圧勝がハイライトであったが、競い合う伊藤選手に気持ちがいってしまったのは、言うまでもない(笑)。

2010年2月 6日 (土)

スケート靴の履き方の説明

オリンピックシーズンの影響だと思うが、営業時間に沢山のお客さん達がいらしている。

その中には、スケートが初めてとか子供時代以来という年配の方々もいらっしゃるようだ。そういう、いわゆる初心者の方にとって、スケートの第一のハードルは”スケート靴の履き方”だと思う。これに苦労して、思わぬ時間をとったり、足とフィットしていない状態で氷上に向かったりして、それで足の痛みを訴えたりする様子を目にすることがある。

スケートは、靴を履くところからスタートするのだと思う。

足にフィットしなかったり、靴の中にシワが寄ったりすると、しばらくして痛みが出てくる。特に貸靴ではそうだと思う。痛みだけでなく、靴の履き方がパフォーマンスにも影響することがある。それだけ、靴の履き方は大切なのだ。

オリンピックの熱戦のあおりで、これからも多くの方々が「自分も滑ってみようか」と思うだろう。なので、最初のハードルである靴の履き方について、動画を使いながらコツをお伝えできたらと考えている。撮影は、ホームリンクで一緒に練習している方がして下さった。

動画(1)

まず、靴ひもを緩めて、足を靴の中に入れる。ここは、ブーツを履くのと同じ要領だ。特別なことは、スケート靴にはベロ(正式名称を知りません)があることである。足の甲から前脛部にあたる革製の板の部分だが、これをしっかり伸ばして脛(すね)の中央に収まるようにするのが大切である。このベロがいいかげんな位置にあったり、シワが寄っていたりすると、靴ひもを締めた後で痛みが出てくる。

もうひとつ注目してほしいのは、踵を床に付けて爪先を軽く上げているところである。このようにして踵を低くすると、足の踵と靴の中の踵の部分とがフィットする。これはとても大切なことである。足の踵の位置がスケート靴の中でズレていると滑走中にも重心の置きどころがわからず滑りにくい。

私は、靴ひもをしっかり締めるほうなのだが、足の甲の部分をきつくしすぎると、滑走中に足底が痛くなる場合がある。ゆるゆるでも安定しないが、足の甲はギュウギュウにしないこと、しっかり締めるのは足首付近であることを覚えておくと良いと思う。

動画(2)(3)

足の甲から足首にかけて靴ひもを締めたら、今度は、ひもをフックにかけていく作業になる。フックへのかけ方は2種類ある。

一つ目のやり方は、フックの下側から上側へとかけていって紐同士をクロスする方法である。

この動画のやり方だが、互いにクロスさせ合う紐を持ち替えた時に、ゆるんでしまう可能性が大きいようである。

なので、もう一つのやり方があるのだが、それは、フックの上側から下側にかけていって、ひも同士をクロスさせていく方法である。

この動画のように、この方法でフックにかければ、ひもの持ち替えの際にもそれほどゆるみは出ないようである。日常生活では、下から上へのかけ方が一般的だと思うが、スケート、特にフィギュアスケートの世界では、上から下へかけていく方法で靴を履いていく人が多いように感じる。

動画(4)

上で記したように、爪先を少し上げて踵をフィットさせつつ、フックは上から下にかけるようにして靴ひもをクロスさせていく。

この動画をみてオヤっと思われたかもしれないが、私はフックの一番上には、ひもをかけないでいる。これは、初心者時代に御世話になった先輩スケーターからアドバイスしてもらったのだが、一番上にかけないとエッジを倒しやすいのだ。様々な場面でエッジコントロールが要求されるので、迅速にエッジを傾けるのに、都合が良いようである。その代わり、エッジを立てたり反対のエッジを使う時に足の裏で微妙な調整をしないといけないので、氷上滑走に慣れていない場合や不安を覚える場合には、上までしっかりかけた方が良いと思う。

とりわけ貸靴では、靴ひもが必要以上に長く、扱いに困る。本来は望ましくないのだが、実際のことを考えると、多くの方々がしているように、余ったひもは足首付近で幾恵かに巻きつけるしかないと思う。

フックをかけ終わったら、(貸靴の場合は余りそうな靴ひもを調整して)、蝶結びで終わりとなる。この時の裏ワザなのだが、動画にもあるように、蝶結びでできた輪っかをフックにかけてからキューっと引っ張る。そうすると、結び目がほどけにくくなる。一回の蝶結びではひもが余るようなら、もう一度蝶結びをすることができる。

これで完了である。

おまけ画像

Img_0050 

私のである。靴はリスポートのRF2。艶消しの表面処理がされており、革の痛みが目立たない。リスポートは硬いとよく言われるが、靴擦れなどのトラブルで悩むことはなかったし、軽くて扱いやすい。しかも、ホールド感もしっかりしていてとても滑りやすい。

ブレードは、ミッチェル・キングのファントム。入門者向けのコロネーションエースと同じエッジ半径(7フィート=2.13m)なので、扱いに違和感はないのだが、エッジに乗ると恐ろしく滑るという二重人格。トゥが大きいのも凶悪で、トゥジャンプはしやすい(と思う)。

2010年2月 4日 (木)

バンクーバー前のテレビ番組

いよいよバンクーバーオリンピック開幕間近ということで、テレビ番組も臨戦態勢に入りつつあるようです。

「ハイビジョン特集 金メダルを決める一瞬」

  2010年2月11日(木) 11:00~12:30 NHK ハイビジョン

  ※1月30日にあった放送の再放送です。私は見逃してしまったので、この放送を狙っています。ジュベールの4回転ジャンプの秘密にも触れるようです。他の競技のアスリート達の秘密にも興味があります。

「ミラクルボディー2 第三回 フィギュアスケート4回転ジャンプ”0.7秒”美しき支配者 ブライアン・ジュベール」

  2010年2月14日(日) 21:00~21:49 NHK 総合

  ※上記の「金メダルを決める一瞬」の内容とかぶるのか、それとも異なるのかが気になります。タイトルからみると、「一瞬」の方はスポーツドキュメント、「ボディー」の方はサイエンス ドキュメントという想像なのですが、前者の番組感想をネットで読むと、結構サイエンスっぽい内容も含まれていたようです。となると、同じ素材の焼き直し(あるいは、ハイビジョン番組の地上波版)なのかもしれません。忘れなければ、録画して確認するつもりです。

「浅田真央 金メダルへの闘い(仮)」

  2010年2月21日(日) 21:00~21:49 NHK 総合

  ※NHKスペシャル スポーツのサイトでも、まだタイトルと放送日時の情報だけです。番組の内容は全然わかりませんが、グランプリシリーズ後から全日本までの軌跡を描いてくれたらと思います。特に、ジャンプの立て直しの取り組み、振付の見直しとチェックなどについて、真央選手にどんなサポートがされていたのか、それによって本番を視聴する時の安心感が変わるかもしれません。結局は、信じて応援するのみなのですが...。

CS(e2)放送では、J SPORTSが過去の世界選手権の再放送をします。

2月8日(月)19:00-21:30 2004年 女子シングル(荒川選手優勝の大会)

2月9日(火)19:00-21:30  2007年 男子シングル(高橋選手2位の大会)

      ※ランビエールのポエタ!!

2月10日(水)19:00-21:30 2007年 女子シングル(安藤選手優勝の大会)

2月11日(木)19:00-21:30 2008年 女子シングル(真央選手優勝の大会)

となっています。

2004年ドルトムントの大会は、動画でしか観たことがありませんので、すごく楽しみです。東京ワールドは、今でも見返していますが、イェーテボリの大会は録画を消去してしまったので、今回リヴェンジするつもりです。

それと、「親父の目」で録画失敗したとのコメントがあった2010年4大陸選手権の再放送ですが、J SPORTSであります。女子シングルは2月14日16:00-19:15で、その他のカテゴリーは3月になるようです。

詳細は、 http://www.jsports.co.jp/search/sys/kensaku.cgi?Genre2=0605 を参照して下さい。

2010年2月 3日 (水)

音楽のある星、時代、国そして街に生まれて

ネットで色々あったり、疲れたりすることがある。

それが、リアルに影響してしまい、頑張れない日もある。

それでも、沢山のことに感謝し、沢山の頑張りを取り戻せる自分でありたい。

もしも、一つだけ感謝の言葉を伝えるとしたら....

音楽のある星、時代、国そして街に生まれたことを、何よりも感謝したい。

もちろん、不自由なく育てられたこと、飢えや渇きから解放されていること、自由が保障されていることは、それ以上に感謝すべきであろう。生きるためには絶対に必要なことだから。

でも、生きていることを基盤として、「あなたは何のために生きるのですか?」とベクトルを問われたなら、多分、私は、音楽のために生きるのだと思っている。

それは、別に音楽を生業とするとか、音楽漬けの生活をするとかという意味ではない。

生まれた時から音楽があり、音楽を聴きながら、そして自分でも吹いてみながら育ってきた。今では、ちょっとキーボードで検索すれば、聞きたい音楽がすぐに見つかる。とんでもない時代だと思う。

そういう時代に生まれたからこそ、自分は、食べる楽しみや、知らない街に出かける楽しみよりも、音楽を愛する楽しみのために生きているのだと考えるのだ。

一日のうちに何があっても...大好きな曲に出会えれば幸せになれる。人との諍いや誤解など、それに比べればちっぽけなものなのかもしれない...(スミマセン)。

ひ~こら練習している時、もう動かないと思っても、リンクのBGMが応援歌になる。音楽に合わせてリズムをとれば、あと少し、まだまだ、身体は動く。

本当に、BGMであろうと、他の人が練習している曲であろうと、音楽のおかげで、自分は頑張れるのだと思う。

そして、自分のプログラムの曲。大好きな”アフリカン・シンフォニー”と”カルメン前奏曲”

この二つの曲のために、私は頑張っているのだ。安西先生の言葉に倣えば...

お前の演技のために、音楽があるのではない。

音楽のために、お前が演技するのだ

なのだ。

これは、「哲学は神学の婢(はしため)」といったような優劣の関係を言っているのではない。音楽はフィギュアを凌駕するかではなく、調和の問題なのだ。音楽と調和し、一体となった演技を目指したい。観てくださる方の耳に響き、目にイメージできるような音楽を表現するために、自分は練習しているのだと考えている。

ジャンプやスピンで注目を集めることも大事だと思う。でも、結局は、その音楽を表現できたか、音楽と演技とが仲良くでき、印象を増幅できたのかが、問われるのだと思う。印象を損なわないためには、転倒しないこと、印象付けるためには、難しい技術をこなすことも大事である。だから、技術の練習はせねばならない。

それでも、問われるのは、音楽といかに仲良くできたか、大事にしたか、であると思う。

私が生まれ、育った街は、楽器の街である。ピアノの生産地としては世界的に知られ、二大メーカーと地元の中小のメーカーが隆盛を誇った時代に少年期を過した。今ではなくなってしまったが、地元の山から運ばれた材木が楽器の部品となるために貯木場に置かれていたのをよく目にした。

フィギュアスケートの練習も、そんなものだと思う。

年月をかけ、日や風に晒し、良い部分を見つけて切り出し、くるいを修正していく。精度にこだわり、密度を高くし、丹念に削り・磨いて、一つひとつの部品をこしらえていく。それを組み合わせ、弦を貼り、更に調律して仕上げていく。

何段階も、基礎・基本、応用、実戦と経験を重ねながら、一つの作品になっていくのだろう。そうして、響きは豊かになるのかもしれない。楽器の街に生まれ、そこをホームリンクとしているのだから、楽器のように音楽と仲良くなりたい。それが、自分の生きる道なのかもしれない。

The Clerk/Duke Project "School Days" in Japan 1981

「探せ、そうすれば見つかるであろう」とは、新約聖書のイエスの言葉ですが、ネット社会においては金言なのかもしれません。

音源が必ず残っているはずという思いを持って、何ヶ月も思い出したように検索をかけ、今日やっと見つけた映像があります。ライブ・アンダー・ザ・スカイという、田園コロシアムで夏に開催されていたジャズフェスティバルの、1981年の記録です。目当ては、ベーシストのスタンリー・クラークと、キーボード奏者のジョージ・デュークが組んだ、クラーク/デューク プロジェクトのライブでした。

当時高校生だった私は、NHKのテレビ放送を見て衝撃を受け、後日放送されたFM放送はカッセトテープにしっかりエアチェックし、それは宝物となりました。もう、何年にも渡って聞き続け、社会人になっても大切にしていました。今でも手元にありますが、音質劣化を確認するのが怖くて最近は全然聞いてません。早くMDダビングせねばと思っていたのですが、なんとなく、しないできてしまってました。

その代わり、既にデジタル化されたコンテンツはないかと、ネット中を探していた次第です。もちろん、収録はアナログ時代真っ盛りの時なので、YouTubeに投稿されていても、画質や音質の劣化は仕方ないとも思ってましたが...。

で、見つけました!!検索の経過はそんなに面白くないと思うので割愛させてもらいますが、あった場所は、プロジェクトの一人であるスタンリー・クラークの公式サイトのビデオコーナーでした。

http://www.stanleyclarke.com/aud-vid_pg.htm

このページの半分より下の”VIDEO”とある覧の上から二つ目のもの”RARE VIDEO OF CLERK/DUKE playing "School Days"in Japan,1981”で見ることができます。20分に渡るボリュームのある動画ですが、ストリーミング配信のようなので、ダウンロードの時間はかかりません。ただ、Real Playerがないと再生できないのが一つのハードルです。

映像は、私が30年近く前に見たNHKの放送のようで、日本語字幕もしっかり出ます。「リラックスして行こう」とか「冷静に」といった、演奏者達の言葉も和訳してくれて、とても親切です。画質はやはり粗いですし、音質に歪みも感じられます。でも、スタンリー・クラークのトレモロの奏法の仕方とか、ジョージ・デュークが中間の盛り上がりで最前列の客とハンドタッチを交わす瞬間とか、映像でなければ知りえない情報もあり、とても楽しいです。サイトの紹介で「レア ビデオ」と書いてある通り、かなり貴重な映像なのだと思います(少なくとも、自分にとっては...)。

当時の放送でも感じていましたが、改めて見て実感したのは...とにかく熱い!!

「暑い」のもあったでしょうが(7月の野外ライブ)、お客さんの「熱さ」がハンパじゃないです。凄い!! 南米、あるいはカリブか!?というくらいの熱気です。やはり、スタンリー・クラークのベースが聴く者を乗せ、ジョージ・デュークのエレクトリックなサウンドがエロっぽい感じなのかなと思うのですが、始めから全開で、中間の各自のソロパートで落ち着いて聴かせるかと思ったらどんどんテンションを上げていくし..."Keep cool."というMCが途中で入りますが、「あんたらが、どんどんHOT!!にしてるんじゃないの?」と、高校生の時にも思ってました。とにかく、グルーヴ感たっぷりというのは、こういう音楽を言うのかなと思います。

途中からステージに向って客が詰め始めたようで、しきりと演奏者達が「押さないで」と言っています。今回気がついたのですが、この当時はステージと客席の間に仕切りがなかったのですね。警備員の姿も見ないですし。レインボーの死亡事故(1978年)のケースもありますので、関係者は気が気でなかったかもしれません。もっとも、ロックではなくジャズ(というか、フュージョン?)なので、観客の年齢も比較的高いとは思うのですが。映像を見ると、肩車をしているカップルや男連れもいたりして...DQN?とも感じますが、後ろからそれほど文句を言われない緩やかな時代なのかもしれません。演奏者を焦らせるくらいの盛り上がりですが、最後には奏者と聴衆が一体となってフィニッシュに向かい、本当に素晴らしい記録です。

YouTubeの方にも、同じ曲の映像はありますし、”Sweet baby”などリリカルで誰からも愛されるであろう曲も紹介されています。でも、ライブ感と映像の迫力から言ったら、このNHKの記録はダントツです。音の歪みや光のハレーション、当時の技術の限界だったのでしょうが、そういうノイズすらもライブ!です。

およそ、フィギュアでは使えなさそうな音楽ですが、もし楽しんでもらえたらと思い、紹介しました。今日は、Happy!! な一日になりました。

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