クラブの移籍のこと
以前のエントリーに少しだけ記したが、先日の試合の後、クラブを移籍した。
これからが期待される選手達が、より良い練習環境を求めてクラブを変えることはある。でも、いい歳をした私にまで移籍の話がでるとは思わなかった。半分は私の希望、もう半分は私のわがままであった...。ただ、試合の後に、辞するクラブの代表の方が挨拶の機会をつくって下さり、きちんとした、気持ちの良い退会ができたことを感謝している。迎えて下さるクラブの方々からも「うちに来たらいいんじゃないの?」とのお勧めを、悩んでいる時にもいただいていたので決断することができた。入会願も快く受けて下さり、その日から新しいクラブの一員として一緒に練習することができた。
今回の移籍では、多くの方々にご心配をおかけし、無理を受け入れてもらったことに恐縮し、感謝している。御恩は、何らかの形でお返しせねばと思っている。
移籍の理由は、私の練習環境を円滑にしたいということであった。名古屋で個人レッスン(時には子供たちとのグループレッスン)をして頂いている先生は、何度も記したように別のクラブの指導者である。私がもともと所属していた地元のクラブを指導される先生も、名古屋から私たちのクラブに来て下さっているが、非常にお忙しくて大人の指導はされない。このことはクラブに入会する前から説明されており、その代わりに、他のインストラクターの先生に習うことを大人だけは許されていたのだ。なので、このブログではクラブ指導して下さる先生を”クラブの先生”、個人レッスンをして下さる先生を”インストラクターの先生”と記してきた。この関係は、私がフィギュアスケートを始めてから今回の移籍までずっと継続していた。
ただ、地元でも昨シーズン頃から新しい動きがあり、私が所属していたクラブとは別の地元のクラブにプロのインストタラクターの先生が来られ、選手育成や競技会への参加が活発になった。地元では、二つのクラブが合同で貸切練習をすることがよくあるし、私が所属していたクラブも選手の競技会参加は盛んだし、素晴らしい成績を収める選手もいらっしゃるので、クラブ間同士で良い刺激になっていたと思う。そして、地元のもう一つのクラブ(実際には、今回私が入れていただいたクラブなのだが)を指導されるプロインストラクターの先生が、私の個人レッスンの先生と関係が深く、その縁でそれぞれの先生が指導されるクラブ同士が県境を越えて合同練習することもよくあった。私も、自分が指導して頂いているインストラクターの先生の案内で、その合同練習にも参加していた(自分が所属しているクラブは参加していないのだが...)。
なので、地元のプロインストラクターの先生にも懇意にして頂くようになった。(この辺、話がゴチャゴチャしてすみません)
結局、4年前から所属している自分のクラブ、私の個人レッスンの先生が指導されているクラブ(所在地は他県)、地元の別のクラブ(指導される先生は、私の個人レッスンの先生と仲が良い)の三つのクラブをまたがるような格好で、私は練習していた。
たぶん、大人なので、周囲の方々も大目に見て下さっていたのだと思う。これが子どもだったら...と考えると冷や汗が出る。でも、私も必死だったのだ。「大人の場合は、先生の取り合い」というのは、まだ始めて1年目の頃、大須でとてもお世話になった先輩スケーターの言葉だが、その言葉を身に沁みて感じることがある。誰との取り合いかといえば、子供たちとである。沢山いる子供たちの指導だけでも本当に大変なのに、そこに自分も割り込んで、「レッスンして下さい」というのは本当に悩む。実際、それで先生と何度も話し合ってきた。そのおかげで、合同練習の案内を頂いてプログラムを見ていただく、子供達とのグループレッスンに入れていただく、などの配慮をしていただいたのだ。大人なので節度は持たないといけないが、それでも、なりふり構わずにチャンスに飛びつかねば、先生にみて頂く機会を失いかねない。
それこそ、ギリシャの諺にある通り、フォーチューン(幸運の女神)の後姿を追っていては、何も掴めないのだ。
ただ、なりふり構わないというのにも限度がある。ごちゃごちゃになっている練習環境を整理せねばならないことは、うすうす感じていた。でも、フィギュアを始めてからずっとお世話になっていたクラブには、私は愛着があったし、そこへの所属に誇りを感じていた。家庭的でもあったが、フィギュアに関してはスマートな選手や親御さんばかりで、本当に素敵なクラブだった。なので、個人レッスンの先生のクラブと関係の深い、もう一つのクラブに移った方が私の練習の面ではメリットが多いことはわかっていたが、移籍の決心がつかずに昨シーズンが終わり、シーズンオフも終わってしまった。今年の10月くらいまで、ずっと悩んでいた。でも、中途半端な関係でクラブ間を渡っているのも、それぞれのクラブに迷惑をかけてしまうだろうし、どこかで整理せねばならないことは、周囲からもアドバイスをいただくようになった。それで、先日の試合を機に移籍することに決めて、お世話になっている三つのクラブの先生方と代表の方々にご理解を頂いた。
「大人の場合は、取り合い」と本当に思う。みて頂く先生、練習の時間、氷、体力、気力...家族の同意、あらゆる意味で戦いなのかもしれない。「そこまでやって何になる?」という思いはある。プロの先生の眼からみたら、私の一挙手一投足のことごとくが癖だらけであり、矯正の対象になるかもしれない。レッスン後に落ち込むことだってある。なのに...なぜ...?
たとえばなのだが...眼前にとても美しい富士山がそびえるとしたら...。
その頂上になぞ、今の自分が行けるわけがないことは当然である。だけど、地面にへばりついてでも、その景色を見続け、心に刻みつけたいと思う気持ちはある。技術上の欠点を指摘されるのは結構辛い。すぐに改善できるものではないかもしれない。でも、先生の頭の中には、理想的なジャンプ、スピン、スケーティングのイメージがあるのだろう。そこに私を近づけるために、欠点を直すように指導して下さるのに違いない。だとしたら、私もその理想の姿を見てみたい。自分ができるかどうかはわからないが、現状に満足するのではなく、先生がイメージされている理想を理解し、自分のものにしたいのだ。どうすれば、自分の技術がより生き生きとしてくるか、それを知るためには、やはりプロの先生の指導が必要になる。
「できることに満足する自分」ではなく、「できるように努力する自分」でありたいし、おそらくは、いつまでたっても「できねぇ...」という悩みは終わらないと思う。
だから、師を求めるのだろう、人は...。
最近のコメント