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2009年11月

2009年11月23日 (月)

クラブの移籍のこと

以前のエントリーに少しだけ記したが、先日の試合の後、クラブを移籍した。

これからが期待される選手達が、より良い練習環境を求めてクラブを変えることはある。でも、いい歳をした私にまで移籍の話がでるとは思わなかった。半分は私の希望、もう半分は私のわがままであった...。ただ、試合の後に、辞するクラブの代表の方が挨拶の機会をつくって下さり、きちんとした、気持ちの良い退会ができたことを感謝している。迎えて下さるクラブの方々からも「うちに来たらいいんじゃないの?」とのお勧めを、悩んでいる時にもいただいていたので決断することができた。入会願も快く受けて下さり、その日から新しいクラブの一員として一緒に練習することができた。

今回の移籍では、多くの方々にご心配をおかけし、無理を受け入れてもらったことに恐縮し、感謝している。御恩は、何らかの形でお返しせねばと思っている。

移籍の理由は、私の練習環境を円滑にしたいということであった。名古屋で個人レッスン(時には子供たちとのグループレッスン)をして頂いている先生は、何度も記したように別のクラブの指導者である。私がもともと所属していた地元のクラブを指導される先生も、名古屋から私たちのクラブに来て下さっているが、非常にお忙しくて大人の指導はされない。このことはクラブに入会する前から説明されており、その代わりに、他のインストラクターの先生に習うことを大人だけは許されていたのだ。なので、このブログではクラブ指導して下さる先生を”クラブの先生”、個人レッスンをして下さる先生を”インストラクターの先生”と記してきた。この関係は、私がフィギュアスケートを始めてから今回の移籍までずっと継続していた。

ただ、地元でも昨シーズン頃から新しい動きがあり、私が所属していたクラブとは別の地元のクラブにプロのインストタラクターの先生が来られ、選手育成や競技会への参加が活発になった。地元では、二つのクラブが合同で貸切練習をすることがよくあるし、私が所属していたクラブも選手の競技会参加は盛んだし、素晴らしい成績を収める選手もいらっしゃるので、クラブ間同士で良い刺激になっていたと思う。そして、地元のもう一つのクラブ(実際には、今回私が入れていただいたクラブなのだが)を指導されるプロインストラクターの先生が、私の個人レッスンの先生と関係が深く、その縁でそれぞれの先生が指導されるクラブ同士が県境を越えて合同練習することもよくあった。私も、自分が指導して頂いているインストラクターの先生の案内で、その合同練習にも参加していた(自分が所属しているクラブは参加していないのだが...)。

なので、地元のプロインストラクターの先生にも懇意にして頂くようになった。(この辺、話がゴチャゴチャしてすみません)

結局、4年前から所属している自分のクラブ、私の個人レッスンの先生が指導されているクラブ(所在地は他県)、地元の別のクラブ(指導される先生は、私の個人レッスンの先生と仲が良い)の三つのクラブをまたがるような格好で、私は練習していた。

たぶん、大人なので、周囲の方々も大目に見て下さっていたのだと思う。これが子どもだったら...と考えると冷や汗が出る。でも、私も必死だったのだ。「大人の場合は、先生の取り合い」というのは、まだ始めて1年目の頃、大須でとてもお世話になった先輩スケーターの言葉だが、その言葉を身に沁みて感じることがある。誰との取り合いかといえば、子供たちとである。沢山いる子供たちの指導だけでも本当に大変なのに、そこに自分も割り込んで、「レッスンして下さい」というのは本当に悩む。実際、それで先生と何度も話し合ってきた。そのおかげで、合同練習の案内を頂いてプログラムを見ていただく、子供達とのグループレッスンに入れていただく、などの配慮をしていただいたのだ。大人なので節度は持たないといけないが、それでも、なりふり構わずにチャンスに飛びつかねば、先生にみて頂く機会を失いかねない。

それこそ、ギリシャの諺にある通り、フォーチューン(幸運の女神)の後姿を追っていては、何も掴めないのだ。

ただ、なりふり構わないというのにも限度がある。ごちゃごちゃになっている練習環境を整理せねばならないことは、うすうす感じていた。でも、フィギュアを始めてからずっとお世話になっていたクラブには、私は愛着があったし、そこへの所属に誇りを感じていた。家庭的でもあったが、フィギュアに関してはスマートな選手や親御さんばかりで、本当に素敵なクラブだった。なので、個人レッスンの先生のクラブと関係の深い、もう一つのクラブに移った方が私の練習の面ではメリットが多いことはわかっていたが、移籍の決心がつかずに昨シーズンが終わり、シーズンオフも終わってしまった。今年の10月くらいまで、ずっと悩んでいた。でも、中途半端な関係でクラブ間を渡っているのも、それぞれのクラブに迷惑をかけてしまうだろうし、どこかで整理せねばならないことは、周囲からもアドバイスをいただくようになった。それで、先日の試合を機に移籍することに決めて、お世話になっている三つのクラブの先生方と代表の方々にご理解を頂いた。

「大人の場合は、取り合い」と本当に思う。みて頂く先生、練習の時間、氷、体力、気力...家族の同意、あらゆる意味で戦いなのかもしれない。「そこまでやって何になる?」という思いはある。プロの先生の眼からみたら、私の一挙手一投足のことごとくが癖だらけであり、矯正の対象になるかもしれない。レッスン後に落ち込むことだってある。なのに...なぜ...?

たとえばなのだが...眼前にとても美しい富士山がそびえるとしたら...。

その頂上になぞ、今の自分が行けるわけがないことは当然である。だけど、地面にへばりついてでも、その景色を見続け、心に刻みつけたいと思う気持ちはある。技術上の欠点を指摘されるのは結構辛い。すぐに改善できるものではないかもしれない。でも、先生の頭の中には、理想的なジャンプ、スピン、スケーティングのイメージがあるのだろう。そこに私を近づけるために、欠点を直すように指導して下さるのに違いない。だとしたら、私もその理想の姿を見てみたい。自分ができるかどうかはわからないが、現状に満足するのではなく、先生がイメージされている理想を理解し、自分のものにしたいのだ。どうすれば、自分の技術がより生き生きとしてくるか、それを知るためには、やはりプロの先生の指導が必要になる。

「できることに満足する自分」ではなく、「できるように努力する自分」でありたいし、おそらくは、いつまでたっても「できねぇ...」という悩みは終わらないと思う。

だから、師を求めるのだろう、人は...。

2009年11月21日 (土)

中部フィギュアスケート選手権のCS放送

グランプリシリーズの放送予定を調べていたら見つけました。

テレビ朝日のCS放送の、テレ朝チャンネルで、「オリンピックシーズン開幕戦」2009 中部フィギュアスケート選手権大会というのをやるそうです。番組紹介のページを見たところ、”全日本フィギュア選手権に向けた一次ブロック予選”とありますので、9月末にモリコロで行われた大会で間違いはないようです。しかし、ブロック大会の全国放送ですか...CSとはいえ、すごいなぁ...。

たぶん、メ~テレ(名古屋のローカル局、元はガンダム製作で名を馳せた名古屋テレビだったかな?)製作のもので、FSだけの中継だと思います。

解説は...山田満知子って、自分の選手も出場しているのに、解説ですか...?試合後に声だけ収録したのがバレバレですね...。村上佳菜子選手の演技は放送しないのかな?

放送日時は、12月15日(火)夜11:00-深夜0:00、12月20日(日)午後4:30-午後5:30、12月23日(水)夜9:00-夜10:00です。

全日本選手権を観る前に、国際大会に出場しない有力選手をチェックするのに良いのではないでしょうか?後藤亜由美選手とか...、あと、アンコールの声が飛んだ鈴木明子選手のFSの盛り上がりも、是非チェックして下さい。会場は、入場無料ということもあって、愛・地球博記念公園へ遊びに来た親子連れも入場して盛況でした。

それと、メ~テレの放送、小塚選手以外の男子もやってくれるのですよね?無良選手の演技は圧巻でした。現在は腰痛の治療中なので、あの演技を観られたのは幸運だと思います。

なんにしても、テレ朝は地上波・BS・CSの使い分けが素晴らしいです。CSではグランプリシリーズのエキシビもやってくれるし、BS放送も多くの選手の演技を入れてくれます。地上波の煽りビデオも、映像の中に思いがけない情報を見つけることができるので、私は好きです。テロップはうるさいですが....。

それでも私は信じる

「人を信じられないと嘆くよりも、人に裏切られて泣くほうがいい」というのは、私が大嫌いな武田鉄矢がヒットさせた歌にあった。なぜ、武田が嫌いかといえば、クドくてネチっこい感じが自分に似ている(武田に自分が似てると言うべき?)と思うからだ。要するに、同類の嫌悪感なのだが...。

でも、最近のフィギュアの動向を考えると、確かに「人を信じられないと嘆くよりも...」と思うこともある。今日は朝5時に起きて、真っ先にスケートカナダのリザルトをチェックした。女子SPの明子選手の得点の低さに血の気が引く思いをした。特に、PCS5点台って「何それ!」と思わずにおれない。

だけど、出てしまった結果はそれとして納得するしかない。「こんな評価当てにならない!!」とちゃぶ台をひっくり返すこともできる。ジャッジに頼らなくても、自分で審査してランキングをつくるのだって、フィギュアスケートの楽しみ方のひとつだろう。フィギュアスケートはスポーツであって芸術ではないが、「芸術に順位をつけるのはナンセンスである」という理由でプロのバレエダンサーのコンペティションに出場しなかった、ギエムの言葉をもってくることだってできると思う。

でも、私はしない。理由は二つある。

ひとつは、明子選手の躍進を信じているから。彼女は、きっとオリンピックに出場する。そして、世界から評価される。そう信じている。荒川さんだってそうだった。トリノのSPで今までにない高得点が出た時、私は涙が出てきた。「やっと世界が評価してくれた」と思った。もしも、今の得点や順位が気に入らないからとジャッジングを否定したら、ジャッジが評価するようになった時にも素直に喜べないだろう。だから、私はジャッジングを信じる。単純かもしれないし、近視眼的な考え方かもしれないが、「評価されるいつか」を信じて我慢する。

もうひとつは、国際審判を頂点とするジャッジ達の裾野を見ているからである。今日、私が眠い目をこすりながらパソコンのモニターを見ていた早朝、ジャッジの先生方はリンクに来て下さっていた。地元でバッジテストが早朝5時からあったのだ。私も7時くらいにノコノコと応援に行ったが、午前9時までテストは続いた。4人のジャッジの先生方はその間ずっと審査をし、テスト終了後は受験者一人ひとりに講評を伝えていた。合格者にも、不合格者にも、ジャッジがどこを評価(あるいは問題と)していたのか、今後はどう対策をとるべきか、新採点や現在の評価の傾向を踏まえて、一人ひとりにアドバイスをされていた。

以前にも記したが、選手を育てるのはコーチや親御さんだけではない。初級から始まるバッジテストや試合、あるいは講習会などで接するジャッジの先生方からも選手達は大きな影響を受けている。もちろん、そうやって育った自国の選手達を大切にする思いはあるのかもしれない。でも、ナショナリズムや虚栄心で説明ができるほど、フィギュアスケートが浅薄な世界とは、私には思えない。私達が見聞きするのは、いずれも氷山の一角である。私も、選手達のジャッジングに疑問を覚えることはあるし、納得がいかないこともある。でも、だからと言ってジャッジングが間違っているとの結論を出すことは、とてもできない。

結局は、ジャッジを信じるか、信じないかの問題なのだと思う。新採点システムで詳細に出るようになったデータ、それの妥当性や公正性を信じるか?なのだ。もしも、明確な論拠をもって反駁が可能であるのなら、それを試みればよいと思う。ただ、私自身はそれをしようという気にはならない。私が知っているジャッジの先生方の延長線上に国際試合のジャッジがいるとしたなら、私は信じたいと思うのだ。それができない事態になったのなら、その時に考えようと思う。

いつも思うことなのだが、私は予言者ではない。賢者でもないし、ましてや革命家なぞまっぴらごめんと思う(坂本竜馬を敬愛する武田氏とは、ここは異なる)。要するに、凡人である。だから、騙されることもあるし、不明を恥じることもある。でも、明確に疑義を唱えるだけの根拠がないのなら、騙されてもいいから信じた方がマシとも思うこともある...(うまい儲け話のように、端から信じない方が吉というものも多々あるが)。馬鹿にされるかもしれないが、スポーツでのジャッジングは信じた方が幸せだと、私は思うのだ。

くどいかもしれないが、もう一つ、信じていることがある。

鈴木明子選手のSPは、世界の人々を幸せにしてくれる!!

ジャッジがなんといおうと、この事だけは譲れない。

2009年11月11日 (水)

試合結果

先日行われた、地元でのローカルな大会の私の結果は、技術・プレゼンテーション共に2.0点で3人のジャッジが並んだ。一緒に戦った小学生の男の子が3点代だったので、惨敗もいいところである。

ジャンプやスピンの難易度の差はあるが、子供の演技と大人の演技に開きがあるのは、技術的な差だけなのだろうか?もしも、私が1A+2Tや2Sを降りれるようになったら、3点代の得点をもらえるのだろうか?もっとも、そこまで行く前に、やはり2.5点の壁を突破することを考えたい。

本番の演技は、あまり出来が良くなかった。冒頭の1Aは予定通りツーフットで回転不足...情けないが、練習でもこの程度だったのだから、本番でそれ以上は望めない。転倒せずに次のステップシークエンスにつなげたのだから予定通りと言わざるを得ない。ところが、そのステップシークエンスでミスが出た。シークエンスと言っても、足替えのダブルスリーから足を踏み変えて、もう一度RFOスリーをするだけなのだが、このダブルスリーの後半(LBOからのバックスリー)でエッジをひっかけてしまい、バランスを崩して次のスリーを省略して1Tに向かってしまった。もう一つ、1Tの後のフォアクロスのカーブを利用してLFOのスリーからフリップに入るところでもエッジが安定せず、踏切が怪しい状態で1Fを跳んだ。なんとか、ランディングはできたが、かなり美しくないジャンプになった。

一番残念だったのは、最後のスタンドスピンをまた失敗したことである。夏頃からやっとスピンの練習ができるようになり、比較的一生懸命練習してきた。その甲斐あってか、練習での曲かけでは安定して回っていたのに、本番ではダメだった。3回転くらいで落ちてしまったと思う。これだけは、悔やんでいる。

普段の貸切練習では、だいたい3~4回の曲かけをさせてもらっていたが、ほぼミスなく滑っていた。もっとも、私は本番に弱いタイプなので、「本番では、練習の6割できれば良い」と思っている。だからこそ、練習での精度を上げて、本番6割でもそこそこの演技はできるように努力しているのだ。今回は、その成果があり、途中でパニくって頭が真っ白になったが、体だけは動いてくれたようだし...。とにかく、転ばなかっただけでも良かった。

それでも、スピンだけは、きちんと回りたかったと思う。この曲での最後の演技なのに、4年間で1度もまともにスピンを回らずに本番を終えてしまった...。これは、寂しい。

得点の2.0平均は残念ではあるが、これだけミスしたのなら仕方ないのかもしれない。グループの第一滑走者の得点なので、きり良くオール2.0にしたのかもしれないが、目標であった2.2~2.5に入らなかった理由は、きちんと考えて反省したいと思う。特に、本番では委縮してエッジの乗りが普段以上に浅くなってしまう傾向が私にはあるようである。特に、バックインから反対の足のフォアアウトへ踏み替えるのがとても下手であり、それが演技の印象を損ねたり、スピンの入りをいいかげんにしているのかもしれない。スケーティングの練習の時には、バックインならそれをずっと、フォアアウトならアウトサイドロールを延々と...と、ひとつのエッジを使い続ける練習はしているが、エッジからエッジへの踏み替えの練習をしてこなかった。これは、反省して改めるべきことだろう。

こういう課題をひとつひとつ見つけ、今後につなげられるから、試合は出た方が良いのかもしれない。また、反省ばかりを記したが、手ごたえも感じてはいる。得点は伸びなかったが、スケーティングの改善は多くの方々から言葉をいただけた。ジャンプも、トゥループとサルコウは綺麗に降りていたとインストラクターの先生が言って下さった。もちろん、フリップの踏切とスピンの軸のまずさも言われたが...。何より、本番では緊張しやすく、リズムを崩してエッジも甘くなりやすい自分の傾向を把握できたのは、大きな収穫である。

こういうのは、性格とも関係があるので、一概に「精神的な弱さ」と言われても返答のしようがない。いわゆる、”向き・不向き”の問題である。私は、正直、フィギュアスケートには向いていないと思う。センスや才能の有無など考えたこともない、無いのはわかっているから...。でも、フィギュアに向いていないから辞めるべきかといえば、そんなこともない。本番に弱いことは薄々感じていた、だから練習を頑張る。そして、本番でのエッジワークが甘くなることもわかったので、今後は練習からしっかりとエッジに乗ることを一層意識したい、それだけである。ハンデを抱えているのなら、それを自覚して頑張ればよいと思う。

今回は、大会を目指して頑張ることができた。だから、今後もチャンスをみつけたら、がんばってみたい。

文末になりますが、大会開催と運営に携わって下さった方々、応援して下さった方々にあつくお礼を申し上げます。ジャンプを降りた後にいただく拍手が後押しになる気持ちは、国際大会でメダルを争うトップ選手たちも、私のように底辺で演技する者も、変わらないのではないかと感じている。

2009年11月 8日 (日)

試合前夜

本当は、11月8日はダンスのフリーとエキシビを観に、NHK杯に行くつもりだった。チケットも早々と確保したのに...。ところが、地元のフィギュアの大会がこの日になってしまったので、速攻で諦めた。そりゃぁ、自分が出る大会なら....諦めるしかないでしょう...リッポン、ごめんね(順位的にエキシビは出られそうもないが...結果論だが...)。

なので、何の心残りもなく、夜が明けたら試合当日となる。早朝から当日練習の貸切があるので、もう寝ないといけないのだが、なんとなく、遠足前の夜の気分である。体はクタクタだが。

9月くらいに、試合出場が決まったのだが、かなり良い準備ができたと思う。昨年の夏からは今年のマスターズ用に2分30秒のプログラムの練習をしてきたので、連盟の試合用(1級クラス)の1分間の曲は、ほぼ1年ぶりに練習する形になった。それでも、2006年2月から4年近くの付き合いのある曲とプログラムなので、なんとか形になっていると思う。もちろん、まだまだ練習が足りない部分は残っているが...。例えば、冒頭のスリージャンプをシングルアクセルにグレードアップしたのは良いが、1Aは両足でしか降りられないし、無理に右足のみで降りるとバランスを崩す恐れがある。なので、次のシークエンスにつなげることを考えると、まだまだ不安が大きい。あと、個々のターンの精度はもっと上げないといけないと思う。

こういう課題は、試合に向けての不安材料というよりも、今後の宿題と捉えている。今、自分ができるだけのことはやったと思う。それでも残った課題は、今後頑張れば良いのではないかと考えるのだ。とにかく、冒頭の1A、ツーフットでも良いから次のステップシークエンスにつなげられること、それが試合の成否の大きな目安だと思う。

得点については、技術・芸術の平均で2.5点の獲得を目指している。でも、正直なところ、予定されているプログラムの難易度では2.0点を越えるかどうかだと思う。得点の上積みのために1Tを1Lzに変えたり、コンビネーションジャンプを増やしたりすることを先生と相談しようかと考えたこともあった。でも、曲の雰囲気や長さ(何しろ1分しかない)を考えると、ゴテゴテとエレメンツを増やすことはできないし、トゥループをルッツに変えるだけでも振付の雰囲気は変わってしまうような気がする。もしも、どうしても勝たねばならない試合なら、がめつくでも得点を伸ばすことは考えるが、今回の試合は、このプログラムを演じる最後の機会になると思うので、集大成として、今の自分ができる最良の構成にしたいと考えている。なので、プログラム構成は、インストラクターの先生と昨年のマスターズの前に修正したままにした。

あとは、どれだけこのプログラムを演じられるか、それで得点に上乗せができるかもしれない。滑走スピードが増していることは、クラブ指導の先生(アシスタントの先生)にも一昨日に言われたが、それでリンクをなるべく大きく使えれば、大人らしい見栄えのする演技になるかもしれない。エッジワークも以前よりは改善しているだろうし、ジャンプの踏み切りもインストラクターの先生にかなり指導していただいたので、その成果がジャッジの印象として得点に反映されれば嬉しい(逆に、マスターズの時のようにマイナス評価になれば落ち込むだろうが...)。

それで頑張って、2.3点くらいかな...と思う。でも、奇跡が起こって、アクセルがちゃんと降りれれば...と思うが、奇跡を期待するよりも最悪の事態にならないように努力すべきであろう。結局、2.2~2.5の幅に得点が収まってくれれば嬉しい。2.5点を超えれば、それは神様のプレゼントと考えよう(まさか、政治的意図がジャッジングに影響したなどと言う人もいないだろうし...)。

などと、とらぬ狸の皮算用をしても仕方ないのだが、できる限りのことはしたので、あとは残りの練習時間で調整をして、しっかり疲労抜きもして、本番であわてないように準備をしてリンクに臨むだけである。

不安要素と言えば、先週の土曜日に右足の膝の裏側の筋肉(ハムストリング)をひどく痛めてしまい、2~3日は膝を伸ばすと痛みが走った。幸い、滑走やジャンプには影響がなかったので、普段通りの練習をして、膝のストレッチを入念に行った。傷ついた筋肉がひきつれを起こしているのか、ストレッチでは酷く痛みを感じた。私の場合は、自分で加減しながらなのでなんとか我慢できたが、膝のリハビリで療法士さんにストレッチをしてもらう場合には、それはそれは痛いだろうなと、気持ちがよくわかった。それでも、傷ついた部分も伸ばさないと可動域が戻らないと思うのだが、とにかく...痛かった。

今週の木曜日に、理学療法士さんにみてもらったが、その時には痛みはだいぶ改善しており、現状なら大丈夫と言ってもらえた。まだ、可動域は戻っていないが、プログラムには影響がないので試合では普段通り動けると思う。

あと、体重は減量が進行中である。9月終わりの中部選手権で子供達の演技を見て、やはりフィギュアスケートには軽やかさが必要だと痛感した。もちろん、子供達のようには演技できないが、それでも重さを観ている方に感じさせないためには、体重は減らさないといけないだろうなと決心した。で、10月の間に、87kgから82kgへ、5キロの減量をした。今現在は、足踏み段階で、82キロ前半に止まったままである。

運動習慣は継続したまま、かなり思い切ったダイエットをしたので、ちょっと辛かった。一時期、あばら骨が見え始めた時にはマズいと思い、節制を少し緩和した。基本的には、3度の食事はきちんと摂り、間食を控え、糖分を含んだ飲料も飲まないという単純なものである。ただ、体重の数値を気にするにつれて食が細くなり、美味しいものを食べる喜びよりも食べずにいて数値が減る方に強い喜びを感じるようになったのには、危機感を覚えた。確信しているが、健康を志すのなら、食べないダイエットはすべきではない。

運動をせずに食を減らして減量しようとするのは、健康を害すると思う。むjしろ、多少肉つきが良くても、元気に体を動かす方が私は健康的だと思うし、魅力的になれると思う。

なので、今は多少の間食はしているし、細くなった食を戻すように意識している。もちろん、それでリバウンドしないように注意もしているが。おかげで、下腹の脂肪の付きが落ち、全体に身体のラインは絞れたと思う。まだまだ、無駄な肉はついてはいるが、それはゆっくり落とせば良い。試合には、ほぼ5キロ減量の82㎏くらいで出られるので、満足している。

そんなこんなで、自分なりに考え、努力して試合に臨めるので、嬉しく感じている。本番ではどうなるかはわからない。マスターズなど試合経験もあるので大丈夫だとは思うが、もしかしたら緊張で大失敗するかもしれない。でも、それはそれで思い出になるだろう。

試合当日は、クラブの先生も、アシスタントの先生(今回のプログラムの大元を振付けて下さった)も、私の出場時間には間に合わないらしい。でも、先日の貸切でアシスタントの先生に現在の出来栄えを見ていただけた。4年間も同じ曲を使っていることに驚かれていたが、まだまだ、この曲で勉強させてもらえることはあると思う。実際には、この試合を最後にクラブを移籍するのでこの曲ともお別れになるのだが、アシスタントの先生にご挨拶と感謝の気持ちを伝えられたので、ホっとしている。あと、名古屋でお世話になっているインストラクターの先生は来られるのだが...今回は、敵側になる(笑)。もともと、違うクラブの先生に教わっているのだが、その先生のクラブ生の子と同じクラスで競うのだ。なので、その子にとっても、インストラクターの先生にとっても、私は敵役(やられ役とも言う)になる。今後、飛躍していくであろう子達のためにも、精一杯の演技をして、やられ甲斐のある役割を果たせたら...と密かに思っている。

万が一、私が勝ってしまったら...(ないとは思うが)...その時には、リヴェンジを待つことにしたい(笑)。

2009年11月 2日 (月)

第35回西日本フィギュアスケート選手権大会 レポート

実は、中部選手権の3日目のレポがまだなのですが...。でも、日を置くと伸び伸びになってしまう傾向がありますので、先ほど帰宅したばかりの勢いを借りて、一気にレポします。

前の前のエントリーで記した通り、本日(11月1日)倉敷に行き、西日本選手権を観戦しました。私と同じクラブではないのですが、地元の選手で、今年からシニアに上がって中部選手権を通過した方がいらしたので、その応援の意味合いもありました。

実は、その前日(10月31日)に、右の太股の裏側の筋肉を伸ばしてしまい、ひどく痛んでいます。幸い、内出血などは見えていないので、内転筋は切らずに済んだようですが、肉離れの状態かなと自己判断しています。それで、本当は西日本選手権も行かないつもりだったのですが、痛みがおさまってきたので、思い切って行くことにしました。

午前中に地元を出発し、名古屋でのぞみに乗り換えます。待ち合わせの間にキヨスクに行くと、中日スポーツに明子選手優勝の見出しがありました。記事の内容は、自宅で読んだ日経新聞のとあまり変わりないのですが、豊橋市の実家でお父様の談話を取材しているのが地元新聞らしさかなと思いました。あと、職場(邦和スポーツランド)でも仕事熱心で、ザンボニーの運転以外は何でもできるくらいに仕事を覚えたとの記述もありました。

確かに、邦和でも明子さんというと、”貸し靴のお姉さん”という印象が強いですし...。そんなに頻繁にカウンターに出ているわけではないと思いますが...。

そんな記事を読みながら、のぞみで岡山まで行き、こだまに乗り換えて、新倉敷駅に着きました。私は、スケートと仕事以外では遠方へ行くことがないので、実は、岡山よりも西に行ったのは初めてでした(日本海側なら、出雲市まで行ったこともありますが)。新倉敷駅からはタクシーで、会場のヘルスピア倉敷アイスアリーナまで向かいました。「○○っけぇ~」という語尾で話す運転手さんと会話して、遠くまで来たんだなぁと思いました。

行きと帰りともにタクシーを使いましたが、会話中で得た情報は以下の通りです。

1.会場のヘルスピア倉敷アイスアリーナは、岡山理科大学や倉敷芸術科学大学など を運営する加計学園が所有している。施設と山を隔てた向こう側に倉敷芸術科学大学がある。

2.会場にはタクシーが待機しているので、帰りの足も大丈夫。主催者側から、依頼があった。

3.高橋大輔選手は、小学生の頃からOHKという地元テレビ局で取り上げられていた。それなので、活躍するようになってからの地元の盛り上がりが凄い。やはり、メディアの力は大きい。

1.については、大会パンフレットの裏側の広告も、倉敷芸術科学大学の健康科学科でした。今後、大学で選手育成をするのかについては、タクシーの運転手さんはわからないと言っていました。個人的には、広報活動というよりも、社会貢献事業の一環なのかな?と思います。

2.については、本当に助かりました。バス路線もないと聞いておりましたし、徒歩では駅に帰り着けない距離ですので、タクシー確保を心配していました。こういう配慮があれば、安心して遠方に観戦しに行けます。ちなみに、タクシー料金は片道2300円くらいでした。

3.については、高橋選手の育ったリンクとの認知が、旧ウェルサンピア存続運動の盛り上がりにつながったと報道された記憶もあります。ですので、選手ー地域ーリンクの結びつきは大切であり、マスコミもそれに一役買うことがあるのだなと感じました。

タクシーの運転手さんと話をしながら、15分くらいで会場に着きました。リンクは、山の中腹のリゾート施設のような場所にありました。玄関を入るとチケットを売ってました。3日間通しで1000円ですが、私は最終日の最後の種目である選手権クラス女子のFSしか観られません。それを察したのか、チケット販売の担当の方が、「あと2時間くらいしかないけどいいですか?」と尋ねてくれました。で、その方が...”アイスガールズ2007”というシンクロの番組に出場した、岡山チームフォセットの方でした。番組をよく覚えていたのですが、今年のマスターズにも出場しており、その時に少しだけお話したことがありました。でも、先方は私のことなんぞは、全く覚えていなかったようです。

気を取り直して会場に入ると、最初に目に入ったのは、毛糸の帽子を被った、宮本賢ニ先生でした...。前を通していただき、比較的空いているスペースに場所をとりました。とにかく、びっくりしたのですが、観客席がないのです。一般客はリンクサイド(ジャッジと反対側のロングサイドと、ジャッジに向かって右側のショートサイドのみ)で立ち見の状態でした。若干のパイプ椅子は用意してありましたが、それに座ると目線が低いので全然観られない状態です。しかも、遅れて来た私は右側のショートサイドの端の方で観るしかなく、思いっきり傷だらけのホッケーフェンス(いちおうアクリル製ですが)のために遠くで滑る様子は心の目で見るしかなかったです。しかも、絶えず霧がたちこめているし...。

でも、この場所は二つのラッキーな点がありました。

ひとつは、ストレートラインの端に近いので、ステップシークエンス中の選手達のエッジワークがとても観やすかったです。しかも、リンクサイドの目線だったので、とても迫力のある観戦ができました。ジャンプに入るスピードや高さもしっかり、自分の目で確認できました。

もうひとつは、一番端だったので、選手出入り口に接していたことです。演技の前後の選手達と目を合わせたり声をかけることは控えていましたが、なぜか井上はるか選手が私のすぐ横(一般客エリアと選手エリアとを隔てる柵をはさんでですが)に陣取ったので、演技を終えた選手達がそこに集まり、皆で応援し合う様子を見ることができました。前のエントリーでも記しましたが、倉敷翠松高校の大熊奈生子選手と一緒に、村元小月選手の演技中の応援は、とても温かいものでした。ストレートラインでの入りでは、村元選手は、あきらかに井上選手たちをチラっと見ていたと思います。

愛知県勢の後藤亜由美選手の演技も一生懸命応援していましたし、演技後は後藤選手も一緒になって話していました。後藤選手の出身は一宮中日FSCで、関西とのつながりはわからないのですが...なんにしても、関西の選手達のつながりはホットな感じがしました。

演技そのものも、西高東低の傾向を感じます。中部選手権ではレフェリーの藤森先生がスケーティングスキルの高さを講評で言われていましたが、この大会では、印象に残った選手は関西勢の方々が多かったです。前のエントリーで書きそびれたのですが、おそらく淀粧也香選手だと思うのですが、”オペラ座の怪人”で体の捻りを上手にキープしてのバックアウトスパイラル(支持なしのポジションだったと思います)など、あまり他の選手のしない技術を見せてくれ、意欲とレヴェルの高さを感じました。

スタンドスピンのポジションでも、ブロークンレッグのような感じなのですが、フリーレッグの膝を横に伸ばしているものをしている選手もいました。関西勢か中部勢か、記録をしてなかったのでわかりませんが、バックスパイラルでのチェンジエッジをする選手もおり、他の選手のしない業に挑戦する意欲の現われなのかなとも思いました。もっとも、バックでのチェンジエッジは以前からする選手はおりますが...。でも、綺麗に行うのは難しい技術だと思います。

ジャンプは、あまり確度が高くなかったと思います。踏み切り時に氷を削る音を聞いていると、氷があまり均質ではなく、結構柔らかめなのかなと想像しました。それで踏み切り後が抜けてしまうのかもしれません。実際に滑ったことがないので、想像でしかありませんが...。

最終の列車の時間が迫っていたので、澤田選手の演技は見ずに帰りました。ちょっと残念です。6分間練習はチラっと見たのですが、身体が絞れてきており、ジャンプの思いっきりも良くなったのではないかなと感じました。演技を見てないので、大雑把な印象でしかないのですが....。

中部選手権はテレビ中継もありますし、愛・地球博記念公園アイススケート場という立派な(もちろん観覧席付き)会場で行いますが、観客と選手との距離は結構あります。でも、今回のように演技中の選手を応援する選手達の息遣いを感じ、リンクと同じ目線で観ることのできる大会も面白いなと感じました。もちろん、テレビ中継は入っていませんが、本田アナウンサー率いる、チュッキョフィギュアのスタッフ達は来ており、曽根さんや水津選手達にインタビューをしていました。愛知県勢の行くところ、どこまでも追いかけていそうな感じです。

2009年11月 1日 (日)

西日本選手権の帰りです

倉敷のリンクは遠かった。それと、得点表示の掲示板がなく、座席もない(パイプ椅子が少々)ので、結構きつい観戦でした。

神宮での東京選手権に似た感じです。

上位選手の印象を順位が上の選手から記します。でも、順位は手元記録によるものですので、不正確なのはご容赦下さい。
村元小月
キレのある抜群の演技。後半ループが抜けたと思うが、ジャンプをことごとく決める。リンクのショートサイドで井上選手と大熊選手が、演技中も「さっちゃんガンバ!」と声援を送っていた。

後藤亜由美

長久保コーチは来ておらず(中国ですね)。邦和の女性の先生が一人リンクサイドにいる。もう一人、選手入口近くにいらした。
ルッツがダブルになる
他にもジャンプミスがあったと思う。曲がエキゾチックなのだが、リズムがとり辛そう。演技後、井上選手達と合流して関西弁で話している。

井上はるか

しっとりとした雰囲気の演技。ジャンプの調子も良く、曲想に乗ってグイグイ進むサーキュラーが印象的

中村愛音

ジャンプはほとんどがパンクか転倒。リズムが狂っており、力無く終わる。西日本落ちもあるのでは?と感じた演技だった。

日置 檀

前半はスピードに乗って綺麗にまとめる。腕を長く使えるのが印象的。後半にジャンプミスが出る。

水津 瑠美

体が絞れてジャンプもまとまってきたような印象。3Tが綺麗。太腿は、やはり外側に張っているように見える。

大熊奈生子

表現の豊かさは、醍醐の系譜なのだろうか。曲の感じを掴んだ、上品な演技。井上、後藤選手と一緒にいたが、よくしゃべる二人の先輩たちをだまって見ていた。

正式な結果は、連盟のリザルトページを見て下さい。

アルケミスト

今から、西日本選手権の応援に倉敷へ向かうので、短く...です。すみません。

9月の終わり、中部選手権2日目を観た帰り道、パーキングエリアで休憩しながら携帯で打ち込んだのが、「鈴木明子選手のSP」というエントリーだった。たぶん...誰も感じてくれなかったと思うが、ランビエールファンの知人から教えてもらった”アルケミスト”という小説の文体を意識して作ったのだが...。

その小説は、神学校を中退して羊飼いになった少年が、メルキゼデク(確か、旧約聖書に出てくるセム族かどこかの司祭だったと思う。族長アブラハムがソドムを滅ぼした時に祝福にかけつけた人だったような...)と出会って、羊を捨ててエジプトのピラミッドを目指して旅する話だった。その少年が羊と共に過ごしていた地方が、”アンダルシア”だったのだ。小説に描かれる、照りつける太陽とむせかえるような草花の香り、そして涼しげな木陰、その雰囲気と明子さんのSPの世界がそっくりだったように思えた。

小説の中盤で、聖地巡礼を夢見ながら達し得ないでいるクリスタルガラスの店主と少年は出会うが、私自身は、モリコロで一足先に明子選手の演技を目撃できたことを、この時には誇りに感じていた。別に、たまたま...だったのだが...。(飛行機や新幹線で現地まで来た方々の苦労を思えば、私なんて東名一本だし) そして、一ヵ月後に、それこそ、日本中のフィギュアファンが「あっ」ということを信じていた。

実際には、”アンダルシア”よりも”ウェストサイド・ストーリー”の方がインパクトが強いのかもしれないが、私は鈴木明子選手の今シーズンのSPは大好きだ。もちろん、中国杯優勝に導いたFSが凄いのはわかるが。

明子選手の環境は激変するかもしれない。かつて、フランス杯を制した15歳の真央選手が一夜にして国民的アイドルになったように。中部選手権の後、「次は中国杯ですね」と声をかけたら、笑って応えて下さったが、もう、そういうやり取りもできなくなるのかもしれない。

でも、明子さんは、明子さんでいてほしい。凛とした冷気から夢と幸せを紡ぎだすアルケミストとして、氷上で演じ続けてほしいと思う。真央選手とも、安藤選手とも違う、24歳の明子選手だからこそ弾けられる笑顔で、世界中の人々を「あっ」と言わせてくれると、信じている。

本当に、おめでとうございました。次も、頑張って下さい!!

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