« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月22日 (土)

Take it easy!

「気楽に行こうよ!」という言葉を英語で教えてくれたのは、大学時代の恩師だった。

何かのCMで宮里藍さんきょうだいが言っていた、「なんくるないさ」と共に座右の銘とさせてもらっている。もっとも、「なんくる...」の方は標準語(多少私の地元のなまりあり)で言ってるし、「なんとかなります!」と苦し紛れの状況での活用もあるが...。

昨晩、貸切練習の案内があったので乗せていただいた。仕事の直後の遠征で、しかも靴を履いた後でジャージを車に忘れたことに気づく。着替えをしないで靴を履くくらいだから、きっと疲れていたんだと思う。もう練習が始まってしまうので、そのまま普段着で滑らせてもらった。体も重かったし、コンディションは良くないというよりも悪い感じ。

でも、こういう時こそ”Take it easy!”の一言は重みを増すように思う。悪いときには悪いなりに、集中はするけれども力は抜いて練習していると、思いがけない飛躍が生まれるときもある(いつもではないが...)。マスターズ以降課題にしていたフットワーク練習のうち、フォアでのスネークが少しずつ形になってきた。

スネークに関しては、フリーレッグを反対の脚の内踝につけ、両腕でバランスをとってならば、かなりの距離を続けられる。でも、子供達が一生懸命練習しているように、フリーレッグを前に出し、腕と肩を使って体幹を捻りながら進んでいくのはできていなかった。マスターズでフットワークの悪さを指摘されてから、その練習を先生に教わりながら続けていたが、少しずつ感じがわかってきた。ただ、フォアのインからアウトへの切り替えしにもたつくと、体も内側に倒れすぎてフリーレッグをついてしまう。インエッジにはしっかり乗るが、タイミングよくタイトにアウトエッジへ切り返すことを繰り返すのが、スネークを長く滑るコツかなと感じている。

昨晩は、脚に疲れも残っていて進捗は芳しくなかった。でも、「楽に滑ろう」と意識していて、タイミングは少しずつつかめているように思う。怖かったので、ジャンプ練習は最後の5分間くらいをシングルアクセルに割いたくらいだが、なんとなく...なんとなく...感じがわかってきた。もちろん、まだ両足回転不足のままだ。根性で片足でグリ降りしてチェックまでもっていくこともあるが、誰がみても「それはアクセルとは言わない」というだろう。

でも、いいじゃん、そんなの! と私は思う。多分、「アクセルできるようになった」と大きな声で言える日はこないと思う。試合に使えるようになる日は来るかもしれないけど、欠点だらけで、「それでできたって言えるの?」という声から逃れることはできないと思う。

結局、できたできないの問題ではないのかもしれない。頑張る、頑張れないの世界であり、ひとつの技のために一生懸命取り組めるか、大事なのはそれだけだと思う。何度でも記すが、ジャンプやスピンができたからといって偉いわけではない。たとえ4回転が跳べても、それはそうなのだろう。技芸が人より秀でているから尊敬されたり、罪が免じられるというのは幻想であることは、芸能人もアスリートも同じなのかもしれない。

これも繰り返し言っているが、シングルアクセルは、たぶん降りられる日はくると思う。でも、その日が来ても先生は喜んではくれないだろう。「おめでとう」なんて一言もいってくれないに決まっている(違ったらどうしよう...汗)。いつもと変わらず、踏み切りや軸の欠点を言ってくれるだけかもしれない。もちろん、指導のとおりにできたら「そう!今のは良かった」と言って下さるが、上手になったとか、できるようになったとかとフィギュアの先生はあまり言わないように感じる。そこに違和感を覚えていたことはあるが、今はなんとなくわかった気がする。

できたと思って、道半ば

スリージャンプにしても、私はできていないと思う。要求水準が高いとかそういう問題ではなく、スリージャンプひとつでも疎かにできないのがフィギュアスケートなのだ。シングルサルコウにしても、シングルトゥループにしても、確かに跳んで、一回まわって、片足で降りることはできる。でも、まだまだ改善の余地はあるし、もっと上手に跳んでみたい。もちろん、ダブルの練習もしているし、ダブルも降りられるようになりたい。でも、「できた...」と言える日、あるいは「オレ、ダブルトゥできるぜ!」とエバれる日は、来るわけないよなぁ...と。(そう言いながら、実際にはエバりまくっている自分の姿も想像できるが...)

でも、実際にはそう思った方が気楽だと思う。できるorできないに固執することなく、スリージャンプやスリーターンのひとつひとつにも一生懸命、その延長線でアクセルやダブルにも挑戦、「ああ、できねぇ!」と嘆きながらも「ちょっとはわかってきた!」の繰り返し。

仕事上のスキル(注射とか、点滴とか...)なら、中途半端は許されない。「できた」「できない」は天地ほどの開きがある世界だ。でも、趣味のフィギュアスケートなら、「できた」と「できない」の間で、フワフワ漂っていてもいいと思うし、無理にどちらかに決めなくてもいいのかな、と感じるのだ。そんなお気楽な世界だから、フィギュアは楽しい、と私は思っている。

2009年8月16日 (日)

合奏の楽しさ(夏の思い出)

30年も前になるのだが、中学時代は吹奏楽部に所属していたことは、このブログにも記したことがある。その思い出で、マスターズは”アフリカンシンフォニー”をプログラムに選んだ。

でも、高校卒業以来、トロンボーンをまともに吹いたことはなかった。大学時代はこれといった活動はしていなかったし、社会人になってからはバスケットボールのサークルに混ぜてもらったし、今はフィギュアスケートだけで精一杯だ。

幸い、中学時代の部活の先輩が、部のOB・OGのためのメーリングリストを主宰して下さり、それで連絡を取り合うことができる。「いつか、みんなで演奏ができるといいね」という話はあったのだが、1ヶ月前くらいから、顧問であった先生の傘寿(80歳)のお祝いということで現実味を帯びてきた。段取りはとんとん拍子に進み、お盆休みに市民センターのホールを一日借りること、先生にもご足労いただく約束がもらえたことなど、進捗が報告され、メーリングリストに参加していない卒業生達にも声がかけられた。

そして先日、25名の卒業生達と若干のギャラリー達が集まって、ささやかな演奏会が開かれた。午前中はメンバーの練習、午後に先生をお招きしての演奏という形になった。ちょうど、午前(個人・パート練習)午後(合奏)という部活の夏休み練習のような感じだ。昼休みも、みんなでスーパーへ買い物に行って練習場で食べるというのも懐かしかった。

Trombone 私はとうに楽器を処分していたので、今回はヤマハの一番安いトロンボーンをレンタルして参加した。2週間くらい前に楽器は入手していたが、忙しさにかまけて音を出したのは当日が初めてという体たらくだった。もっとも、そういうパターンの人も多かったので、それくらい気楽に参加できる会だったのだが...。

それでも、音が出たからびっくり! もちろん、高音はきついし、速いパッセージにはついていけず、青息吐息なのは否めないが...。

幸い、卒業生にオーケストラや吹奏楽団に現役で参加している方々が多く、指導者としても活躍している人も何人かいた。そういう優秀な人材の陰にかくれて、こっそり音を出す程度で済んだというのが真相である。

でも、音楽を愛し、一生をかけて音楽と向かい合っていく同窓生達が多いことを知ると、一緒に部活をした者としては、本当に嬉しい。

もっとも、「お前ら、オニかぁ...!」と思うところもあったが。特に、余興として、「初見練習のつもりでこれを吹いてみましょう」とコンサートマスター(社会人吹奏楽団の名門でも指導者として活躍しているそうだ)から、本番中にいきなり渡された楽譜が、写真のもの。

The_force_of_destiny "La Forza Del Destino" ヴェルディ作曲 歌劇「運命の力」 序曲....。私達の世代が中学3年生にあがった春、近隣の高等学校(後に自分の母校となるが)の定期演奏会に招かれて演奏した思い出のある曲...。

というか、バシバシ書き加えてある文字、これ自分ですけど!!

「音をひびかせる」とか、「余韻にきおつける」とか、いっぱしのことを書いてるけど、中三だったら漢字(響かせる・気をつける)で書けよ>自分、と思った。難しいパッセージのところは「要練習」とチェックしとくのは自分らしいが、全部で6箇所、「要練習2」「要練習3」...とナンバリングしてあったのには笑ってしまった。ここまで几帳面だったのか?>厨房の自分。

ちょうどあの頃、姉に借りて「愛のアランフェス」(槇村さとる)というフィギュアのマンガを読んで、少しだけフィギュアに興味を持ち始めた頃だったけど、まさか...中年スケーターになってから、この譜面に再会するとは夢にも思わなんだよ...orz。

で、10分間の練習時間を与えられて、いきなり合奏。指揮の顧問だった先生(御歳80歳)も初見なら、演奏者(のほとんど)も初見。それでも、なんとか形にしてしまえるのがすごい!正確に言えば、30年前には血のにじむような練習を経験しているのであり、決して初見ではなかったのだが...。でも、いきなり感はおおいにあった。

これに味を占めた現役組は、「じゃぁ、次はチャイコの4番ね」と言い始める。(冗談でしょ!)と心で思うが言葉にできない、我々ロートル組。幸い、チャイコフスキー作曲 交響曲第4番終楽章は、全パートの楽譜が揃っていないということで没となる(ホッ)。

当初から予定されていた演奏会の曲目は3曲。最初のマーチで先生をお迎えし、お祝いの品を贈呈してから、先生の指揮(これは、先生にとってはサプライズの演出)でコンクールで演奏した曲を2曲(難易度はそれほど高くないもの)合奏するという形であった。

Band しみじみ感じたのが、合奏することの楽しさであった。中学・高校の部活の頃は、義務感が強くてあまり楽しさは感じていなかった。みんなと過ごす時間は貴重だったが、音楽そのものへの思いいれはそれほどなかったのではないかと思う。でも、今は違う。ろくに音も出ず、周囲の上手な方々に隠れての演奏であったが、”アンサンブルする”ことの楽しさや素晴らしさを感じられたような気がする。ハモれば、「あ、ハモってる!」と体で感じた。逆に変な音を出せば、「ヤバッ」とも思う。

トロンボーンという楽器は、それ自体が活躍することもあるが、主にアンサンブルの交差点の役割を果たす種類の楽器である。管(スライド)の長短で音程を自在に調整できるため、和音を響かせるのに有利であり、それを利用して他の楽器群と協力してハーモニーを創り出すのが得意な楽器ともいえる。例えば、トランペットと協力して力強く、あるいはチューバと協力してサウンドの下支え、そしてユーフォニウムやサキソフォンと協力して響きの豊かさ、あるいはホルンと協力してリズム伴奏などなど、使い方は多岐にわたる。それだけ汎用性の高い楽器なのかもしれない。その面白さを、今回の演奏会で発見した。

生活の中でバランスをとることは、フィギュアスケートを通して学んでいるが、調和の大切さについては、中学・高校時代の吹奏楽部での経験で学んでいたのかもしれない。それが破綻して、「ヤバッ!!」と反省することも多々あるが...。でも、調和できない悩みを自覚できたのも、”アンサンブルは心の和”を是とする中学部活動の賜物ではないかと感じるのだ。

これからも、トロンボーンを続けることは難しいと思う。やはり、スケートだけで手一杯だ。でも、このような素晴らしい同窓生達に囲まれて、大事な思いでをつくれるのなら、また、是非参加したいし、企画にも協力していきたい。なので、あんまり足を引っ張らないで済むレベルになれるくらいまでは、練習せにゃぁいかんかな...とも考えている。

2009年8月14日 (金)

Training to be the Beast

二つ前のエントリーで、「良き社会人になるためにトレーニングする」と記したが、反対の意味合いもあるように感じている。決して、反社会的になるというのではないが、人とは異なる属性のようなものに近づく、そのためにトレーニングしているという気持ちも感じるのである。

そもそも、氷上での滑走は人の経験を超えることだと思う。

もちろん、滑るのはヒトであり、ヒトの創意工夫によってスケート靴で氷上を滑ることが可能になった。きわめて文化的な活動である。でも、靴を履いて氷上に立てば、そこからはヒトを超えた世界と言ったら...言いすぎなのだが...ニュアンス的にはそんな感じもあるのではないかと思うのだ。文字にするには苦しすぎるのだが...,。

言いたいことは、「地上では、生身で達することのできない速度を体感する」ということ。100mを10秒で走りきるということは、分速0.6キロであり、時速36kmとなる。驚異的なスピードである。でも、スピードスケートのトップ選手は時速60kmに達するというし、100mの5倍の距離はそのスピードを維持するわけである。

自分の滑走スピードが時速36kmを超えるとは思えないが、少なくとも自分が陸上で走る速度は上回るであろう。そして、人の林の隙間を潜り抜けて滑り続ける緊張感。 もちろん、事故がないように、前方や側方に人が居る時は十分に注意して滑るが、それでも、予測もしない動作(転倒とか飛び出しとか)を周囲の人がしないか、もししても対応できるように、緊張の糸を張りながら滑らなくてはいけない。そういう配慮で言えば、人間的なのだが、いつなんどき、不慮のアクシデントに見舞われるか、それへの緊張を強いられるという意味では、氷上滑走は日常の世界から抜け出ているのかもしれない...チト大げさだが...。

基本的に、滑走とは怖く、緊張を強いられる動作である。

緊張の糸が切れたり、限界を超えたりすると、簡単にエッジを外して氷から弾かれ、転倒してしまう。自分が下手ということももちろんあるが、限界を攻めれば容易に手のひらを返される世界、それが氷上でもある。

なので、大人の知恵としては、安全を追求して転ばない技術、氷と仲良くする滑り方を覚えるのも一つの方法である。これは、とても大切な知識であり、技術である。スケートの滑り方の第一歩である”ガニマタ、ペンギン歩き”は、転ばずに氷上を立ち、移動するための方法なのだろう。

でも、これはフィギュアスケートと立ち居地が異なることは何人かの人から聞いたことがある。実際、全然滑れなかった私がフィギュアを習い始めた時にも、ガニマタ立ちなどは教わらなかった。大橋和夫先生の「基本レッスン スケート」の立ち方や氷上での歩き方を見ても、つま先を90度に開くが、膝や背筋は伸ばすように記してある(つま先を開くのがガニマタだとしたら、バレエのポジションをなんと表現したら良いだろうか?)。そして、文章では明記していないが、写真では歩く時にはつま先は並行に、私達が陸上で歩くのと同じような姿勢で行っている。

氷上に慣れていない人がこのような姿勢で歩き始めたら、多分尻餅をつくと思う。滑走しようとするブレードの動きを制御できず、上半身や頭は滑り始める靴に置いていかれるだろうから。でも、フィギュアスケートというか、他のスポーツでもそうなのだが、誇張して言えば、敢えて火中の栗を拾うようなリスクを背負わなければ到達できない世界もあるのではないだろうか? 敢えて姿勢を良くして滑る(この大変さはなかなか理解できないかもしれない)、敢えて片足で滑る、前後のターンを交えてみる、傍から見れば、自分の下手さ加減や危なさを露呈するような危険に身を晒す...そういう馬鹿馬鹿しさを経なければ体験できない世界が、氷上にあるのではないかと私は感じるのだ。

氷上に慣れれば、スイスイと身軽に滑って見せる。それだけで、羨望の眼差しで見られるかもしれない。バッククロスなどできれば上級者と思われるかもしれない。無様な転倒よりも、上手に見せられるところを切り取って示す、その方が安全だし、周囲の方々との調和も図れるのではないだろうか? それが大人であり、社会人の嗜みとも思う。

でも、敢えて転ぶようなリスクを背負う。もちろん、怪我をしないように、転倒で周囲を巻きこまないように、そういう配慮はするし、その配慮までせずに無謀な行為をするならばそれは反社会的な行動だと思うが、できる自分よりも、できない自分と向き合う。それは、ヒトからケモノへの狭間ではないかと想像するのである。満ち足りず、腹ペコな自分を認めずにはおれない、だからこそ頑張る、そんな感じなのだろうか...?

ただ、ケモノであるが、ケダモノではない。この違いは、自分をコントロールできるかどうかにあると私は考えている。

もしも、身体能力の誇示を目的として無謀な挑戦をしているのなら、それはケダモノであろう。自分の能力に酔っているだけであり、あまり支持されないと思う。衝動的に跳んだり、跳ねたりするだけなら、幼児でもする。その行動を自分の意図と地道なトレーニングで制御できるようになった時に、ヒトはケモノに近づくのではないだろうか?特に背中の筋肉は、そのコントロールのためにあるのではないかと感じる時もある。同様に、練習に熱中していても、絶えず周囲に気を配り、周囲の人たちに怖い思いをさせないこと、それは忘れてはいけないことだと思う。情動に任せてやみくもに動くだけなら、単なるケダモノに堕しているだけだろう。

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」

空也上人の言葉だそうだが、安全の制御を外し、敢えてリスクや無様さと対峙するからこそ出会える世界もあるはずである。でも、浮かぶためには、日々の備えも大切なのかもしれない。ケダモノに堕することなく、自身を律してケモノのようなしなやかさを身に帯びる。実は、そのために日々を過ごしているのかもしれないと感じるのである。

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

バナー

フォト
無料ブログはココログ