前のエントリーは、かなり欝っぽい状態の時に書きました。病気そのものは完治(かなり理想的な経過をたどったようです。これは、スケートのおかげと感謝しています)していますが、疲れが貯まるとまだ、落ち込みはあります。でも、それは健康な人でもある、いわゆる「生理的反応」の範囲だと思いますし...(笑)。
もうひとつ付け加えで申し上げれば、落ち込みの反動で攻撃的になる自分がいることは、度重なる失敗で認めております。攻撃=口撃で、人様に手を上げることはありませんし、実社会では滅多にないのですが、辛らつな口調になって関係を悪くした失敗はあります。その反動で、普段は慇懃なほどに丁寧なのですが...。特にネットでは、相手の表情が見えませんし、相手からの反応も即座に返ってこないので想像や誤解が膨らみやすく、リアルでのやり取りよりもはるかに、フラストレーションがたまることがあります。それで、お互いに疲労し、感情の摩擦ばかりが大きくなり、結局分かり合えないまま傷つきあうというケースもあります。
ネットは、誤解やわだかまりの吹き溜まりと言っても良いかもしれません。2ちゃんねるくらい、割り切っていれば、楽なのですが...。
失敗の連続で閉鎖した前のブログ(タイトルは同じでした)以来、ネットでの自分の立ち居地や語る内容、そして頂いたコメントの受け留めと、色々考えさせられ、勉強させてもらいました。本当にありがたいことに、現在のブログで頂くコメントは、本当に温かく、フィギュアスケートに対する愛情のこもったものばかりです。本当に、ありがとうございます。細々と、不器用ながらにもブログを続けている者としては、ブロガー冥利に尽きるお言葉です。
ただ、それなので、このブログと今後の自分については、今、すごく悩んでいます。
フィギュアスケートを止めますとは、言い難いです。一部の身近な方々には、引退をお伝えしていますが、先生とクラブの代表には、「しばらく休ませてください」とお願いしてあります。ほとんど毎年のように、止めたいと言ってきたので、次に引退を言った時が最後だと思っています(笑)。でも、私にとっては、それだけ続けるのがしんどかった、本当に、「もうできない、続けられない」と思いながらも、その都度引退を撤回して続けさせてもらってきたというのが、この4年間です。
私のクラブに数人いました大人スケーターは、私を除いたら滑っていません。みな、クラブを去ったか、あるいは練習(役員としては残っていますが)を休止している状態です。それだけ、私の地元でフィギュアを続けるのは、社会人には厳しいのです。
何より、お金が大変です。名古屋までの交通費、先生へのお礼、リンクでの滑走代、その他こまごまとした経費で、毎月4万円の予算を組まねばなりません。冬も先生は名古屋でレッスンをしますので、地元のリンクがオープンしても交通費は変わらずにかかります。シーズン中はそれに、地元リンクでの貸し切り練習代が毎月2万円くらい、プラスされます。
同様に、時間や労力もかなり負担であり、休日出勤ができない状況は、仕事のしわ寄せとなっています。
それでも頑張った成果を発揮する場として、マスターズのような大会があるのですが、5月中旬という、少なくとも私にとっては一番ありがたくない時期というのも、辛いものがあります。3月で地元リンクのシーズンが終わり、4月は新学期で非常に忙しく、氷上はもちろん陸上でのトレーニングもままならない。5月の実習の合間を縫ってのギリギリのスケジュールで、深夜の貸し切りでなんとか氷上の感覚を戻しての演技です。正直、半分くらいのパフォーマンスしか発揮できませんし、「あのくらいしかできないのか...」という惨めさが強く残る結果でした。特に今回は、フットワークの悪さをレフェリーから言われましたが、動画をみたら、確かに足がぜんぜんついていってなかったです。それが自分の実力と受け入れる反面、この状況でそこまで求めないでと思ってしまう自分も認めざるを得ません。それをジャッジに言うことはできませんが...。
社会人として、どうしようもない事情はあります。でも、そこで味わった悔しさ、惨めさが、この一年間の成果・結果だとしたら、今までの頑張りは何なんだろう? マスターズ以降、どうしようもない迷いの中にあります。多分、来年まで頑張っても、同じような不全感は残るでしょうし、炎天下に塩水を飲んで渇きを増していくような矛盾を思うのです。
「もう、頑張れない。これ以上頑張ったら危険。」という水域に差し掛かっています。なので、マスターズ以降、細々と陸トレはしていますが、名古屋には向かえずにいます。仕事もそれを許してくれませんし。
でも、「引退」の二文字を自分から語る勇気がないというのも、正直なところです。
まだできるんじゃないか、なんとか続けられるのではないか?と未練が残る自分もあるのです。何より、音楽が好きな自分だけは否定できないのです。
今、中森明菜の”石狩挽歌”ばかりを車の中で聴いています。彼女は、きっとこれから名を残す歌手になると思います。もちろん、1980年代に一時代を築きましたし、最初のレコード大賞をとった”ミ・アモーレ”は歌謡曲の集大成とも言える完成度だと思います。翌年の”DESIRE”は、当時の彼女のスタイルの完成形のように思えますが、実際には、打ち込み系でミュージックコンクレートを意識したようなアレンジの実験的試みが評価されるべきだと、私は感じています。”ミ・アモーレ”のアレンジは、日本のラテンミュージシャンの松岡直也によるものですが、ホーンセクションの使い方は従来の歌謡曲風で、”歌謡ロック”で一世を風靡したアン・ルイス風に言えば、”ラテン歌謡”の極地のような素晴らしさです。
その中森明菜は、1989年の騒動以来迷走を続けていましたが、カヴァーアルバムでの成功もあり、80年代とは違った歌い方(独特のヴィヴラートは健在ですが)、情感の込め方で今も歌手を続けています。彼女は、私とたった5日しか誕生日が違わないので、なんとなく応援したい気持ちが強いです。基本的には、私は”聖子派”なのですが,,,(チェリーブラッサムは名曲です)。
私たちが10歳の時に北原ミレイが歌った”石狩挽歌”を、40歳を過ぎた中森明菜が歌うのを聞き、なんというか、音楽を大切にすることの原点を感じます。どんなに貧しくても、食うものに困っても、口にできる唄がある。
練習してて時々感じるのですが、自分は音楽のある星に生まれてきた。大気や水の星であると共に、文化や音楽のある星であることに感謝しないといけないのかなと思うのです。今は、楽器もできませんし、歌も歌いません(カラオケなんて、何年間行ってないやら...)。だから、自分にとっての音楽表現は、フィギュアスケートしかないのです。ボロボロになったとしても、みすぼらしい成果しかないとしても...でも、体が動くならば、もしも動かなくなったとしても、それなりに...跳びたい、滑りたい、回りたいという思いはあります。中森明菜の歌を聴くと、「ああ、本当にこの人は、歌うために生まれてきたんだなぁ...」と思います。私の方が5日早く生まれたのですが、同時代にこのような歌手がいてくれるのは、とても心強いものです。
結論としましては、当分は氷に乗れません。経済的な事情が大きいですし、時間の制約もあります。でも、陸上トレーニングは続けていこうと思います。頸の調子は悪く、今もめまいや耳鳴りに悩まされています。でも、筋トレのおかげで症状の悪化を防いでいるという側面もありますし、運動を止めれば身体の不調は更に出てくるはずです。きっとどこかで滑れなくなる時が来るとは思います。あと、私は眼にも病気をかかえていますので、そちらで限界を悟るかもしれません。
でも、まだ、その時ではないと思います。
そして、大学院の勉強もしていますので、そちらを優先させないといけないという事情もあります。来年は修士論文を書きますし。でも、それだけで、スケートを諦める理由にはならないとも考えます。スケートを止めればいい論文を書けるとも限りませんし...。結果としてスケートができなくなるのでしたら、それはその時に判断すれば良いと思います。
家計、心身、仕事、勉強など、さまざまな要因のバランスをとりながら、あくまでも自分にできる範囲で可能ならば、練習していきたいと思います。難しい状況でバランスを保つ、これこそ、フィギュアスケートの極意であり、求められるスキルです。だから、バランス良く、折り目正しく、生きていきたいのです。今は、陸トレをしながら、機を待つしかないでしょう。来年のマスターズは、まず無理だと思いますが、可能性は模索していきたいです。でも、チョクトウさん達と気まずい思いをするのも、良くないかなぁ...と。
今年の演技は、反省も多いし、やり残しも沢山あります。ただ、このブログで、きんときさんがコメントして下さった、「自分たちが頑張った頃を思い出した」という言葉に、救われました。あの曲は、そういう曲ですし、そういう思いを共有したかったので、頑張ってみました。ほんと、大変なんですよ、あの曲。死ぬかと思いました。特に最後の方なんて...。
でも、”アフリカンシンフォニー”が大好きで、あるいは野球選手達を応援するために、吹いてきた、耳にしてきた人達は多いはずです。「曲を聴いて、ああ、この曲か」とmitoさんはおっしゃって下さいましたし。そういう思いを共有するために、頑張ってみるのも、自分たちの楽しみなのかな、とも考えています。
まだ、元気は出ませんし、気力もわきません。でも、止めますとは言えない自分もいます。多分、来年は今年以上の頑張りはできないと思います。杉爺からボロクソに言われるかもしれません(運よく出れたらの話ですが...)。でも、それでも、自分と思いを共有して下さる方がいるのなら、やっぱり頑張れるかな...とも思うのです。
このブログと同じで、細々と、時には厳しいお叱りも受け、時にはわだかまりで反目し合って別れたとしても、それでも命まで捕られる訳ではありませんので、一人でも応援して下さる、共感して下さる方がいらっしゃるのなら、できそうかな...とも思います。
ちょっと休み、仕事に専念してますが、お許し下さい。
なお、ブログの更新はチョボチョボやっています。フィギュア以外のことが多くなりますが、氷に乗れない間のつなぎとしてご理解下さい。お別れの言葉をもらうのが怖いので、コメント覧を一時閉鎖しましたが、もう少ししたら開きます。とにかく、過去のトラウマがあり、時にコメント覧閉鎖をすることがありますが、どうかご勘弁下さい。
どこまでできるのか、わかりませんが、最後までがんばります。
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