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2009年4月

2009年4月25日 (土)

ニフティの一文は、フィギュアに益なすものか?

親しい人から、3月の世界選手権の女子シングルでの採点やその後のネットの動きについて感想を求められていたが、書けずにいた。「何かエントリーせねば」との焦燥感やあったし、一生懸命、想を練っていたのだが、やはり諦めた。

採点については、不満うんぬんというよりも、自分の見識ではわからない部分が多いし、「ジャッジがそう採点するならそうじゃないの?」くらいの感想しか持てなかったのだ。何度も演技を見直し、確かにPCSも高めとの印象を抱いたが、その大会がそういう傾向なら、別にそれで良いと思う程度であった。なので、このブログでは、「何か書かないと」という気持ちはあったのだが、特に書けずにいた。

ネットの主張で、私が納得したのは、「同一大会なのに男女でPCSの採点傾向が違うのは、おかしいのではないか?」との意見であった。これは、このブログでもコメントを下さる、まりりんさんのブログで見かけた意見だが、本当にそう思う。過去の成績、例えばトリノオリンピックでのプルシェンコのPCSに捕らわれる必用は全然ないと思うのだが、同じ大会で女子と男子で傾向が違うとするならば、それは変だと私も感じる。

もっとも、そのご意見に同意するのも、本当に男女差が妥当性を逸脱するほど顕著であった場合であり、それについて私は確認していない。なので、”仮に....だとしたら”の範囲での感想でしかない。それと、仮にそういう”おかしさ”があったとしても、それは大会上の不備として指摘すべきであり、それ以外の憶測は無用とも思える。

また、事実関係を意図的に隠したり、歪曲した表現で、問題の所在だけ示唆されるのなら、やはり憶測は広がり、それによって困惑した者同士の意見が飛び交う事態になるのではないか。

記憶に新しいのは、ロス・ワールド前の韓国サイドからの、6分間練習での妨害に関する報道であり、それを受けて日本スケート連盟まで韓国側に調査の依頼がされ、結果として妨害の事実は認められないと公式に発表されたと記憶している。事実として認められなかった報道に、日本側が踊らされた顛末だと、私は受け止めている。

最近では、タレントの北野誠氏の処遇についてが印象的である。なぜ、突如、出演番組から降板したのか、ネットではひっきりなしに憶測が飛んでいた。本人サイドからの事実公表がないから「わかりません」では済まされず、「。。。ではないか?」という不明確な憶測が幅をきかせるようになるのだろう。

そして....ロスも終わり、国別対抗も成功を修めたにもかかわらず...この記事については、看過し難い感想を抱いている。

史上初めての国別対抗戦は、大成功だった。もちろん一番がんばったのは、世界選手権直後という強行スケジュールを押して、いい試合を見せてくれた選手たち。でも、この試合を盛り上げ、選手たちの士気を支えたのは、間違いなく日本の観客たちだろう。
 世界選手権終了後、一部ファンがお気に入りの選手を愛するあまりに暴走し、その言動にたくさんの人が傷つくことになった。選手たちを支えることを仕事とする人々が、業務に支障をきたすことになるなど、あってはならないことだ。国別対抗エキシビションへの参加を断念せざるを得ない海外選手が出てくるなど、あまりに悲しいことだ。いったいこの国のスケートファンは、どうなってしまったのか……そんな気持ちにもなった。

http://iceblue.cocolog-nifty.com/figure/2009/04/2009-0721.htmlより)

正直...この国のスケートファンを、これ以上、憶測による困惑に陥れないでほしいと、切に願う。この記事に対して、私は次の点に憂慮する。

1.事実関係を明示せず、何があったかもボカしていること

   問題の記述では、”一部ファンの暴走”とあり、その動機が”お気に入りの選手を愛するあまり”とある。そして、その結果についての表現が、あざとい! ライターが明記しているのは、”その言動にたくさんの人が傷つくことになった。”だけである。続く、

選手たちを支えることを仕事とする人々が、業務に支障をきたすことになるなど、あってはならないことだ。国別対抗エキシビションへの参加を断念せざるを得ない海外選手が出てくるなど、あまりに悲しいことだ。

は、”そういうことは、あってはならない”という個人の意見表明であり、そういう事実があったとの記述はされていない。だから、この文章は、「一部ファンの暴走で傷つくことが続けば、今後憂慮すべき事態になる可能性がある。それは、あってはならない。」という本旨と理解できる。でも、文章を一気に読んでしまえば、「一部ファンの暴走で選手支援体制の業務が滞り、海外選手の招待が断念されるという、あってはならないことが起こった(詳細は言えないのだが...)」との印象を抱いてしまう。

本当に、そういう憂慮すべき事態が存在したのか、それは、「わからない」。私の記憶では、公の発表ではそのようなことは出されていないと思う。いわゆる裏事情をライターが私情を交えて漏らしたのか、それとも、私の前者の理解のように、今後の事態を憂慮しての意見に過ぎないのか、全く、「わからない」。

でも、「わからない」ものを、そのままでは済まさないことは、ネットの常である。既に、被害者と犯人探しの憶測が出ている。被害者が居るともライターは書いていないのに、文章の流れだけで特定選手が推定され、その選手とライバル関係にある選手のファンが批判されるとしたら、たまったものではない。こういう、ネットに波紋を拡げる記事は、私は快く思わない。それに、自身のファンがいわれのない誹謗にさらされるとしたら、そのライバル選手にとっても迷惑ではないだろうか?

2.”一部のファンの暴走”を問題視しても、その暴走への抑止にはならないかもしれない

ライターは、パンドラの箱を開けてしまったと、私は思う。いわゆる、”○○ヲタ”と呼ばれる、一部の熱狂的なファンの存在は私も知っている。憂慮すべきは、その存在ではなく、その行動に実効性を自覚することなのだ。

私は、ネットでのファンの動向よりも、実際に試合会場で行われる事柄の方に危機感を覚える。それは、選手達のパフォーマンスに直接影響するかもしれない。ネットで、○○ヲタとのレッテルを貼られ、気持ちの落としどころがなくなった熱狂的ファンが、その思いをリアルな世界に向け始めたら...どんなことになるのだろうか?例えば、自分達のアピールを記したバナーを貼ったり、ブーイングの文化を持ち込んだり...。 

ニフティの記事は、熱狂的な行動を諌めるというよりも、「海外の選手の招待を断念」させるほどに実効性が増していることを認めたものと、理解される可能性がある。熱狂的ファンをフーリガンと呼び始めた時点から、彼らはフーリガンの振る舞いを自覚し始めると、私は考えている。

だから、注視はすれども黙殺することこそ、賢明ではなかったのか!

でも、ニフティは、いわばフィギュアフーリガンの存在を認めてしまった。微妙な言い回しではあるが、彼らが、フィギュアの大会運営にまで影響を及ぼせる力を持っていることを、書いてしまったのだ(私はそれを事実に基づいたものとは思わないが...)。

おそらく、来シーズンの五輪選考は荒れるだろう。ファンの間で、荒れ模様になるかもしれない。あと、セキュリティーの強化とファンのマナー向上の方策は練った方が良いかもしれない。もちろん、何事もないことを願っているが...。

たとえ嵐が来たとしても、どの蝶の羽ばたきでそれが起きたのか、特定はできない。世の中には、「わからない」ことは多いのだ。だからこそ...プロのライターなら、憶測を呼ぶような書き方は慎んだ方が良いのではないかと思う。もっとも、事実であると明記して書いたにもかかわらず、後で違うとわかった時のダメージの大きさについては、週間新潮のケースからも感じられるが...だったら...ニフティのあの文章は、フィギュアスケートの世界、フィギュアファンの世界、いずれにとっても、益をもたらすものなのだろうか? 書かなくても良い、蛇足ではないのか? と思ってしまう。

アフリカンマインド

実は...ケンプファーというモビルスーツが好きです。

機動戦士ガンダムの”ポケットの中の戦争”というOVAに出てくるのですが、1年戦争で中立を保つ(実は連邦寄り)サイド6の工場で極秘に組み立てられ、突如としてコロニー内の街並みに現れ、陽動の混乱を起こす立ち回りをします。陽動作戦の目的は、アレックスという新型ガンダム奪取(もしくは破壊)工作から連邦の目を逸らすことなのですが、パイロットのミーシャが駆るケンプファーが、滅茶苦茶かっこう良いのです。

市街地を、地面スレスレに滑空する姿を見て、「こんな風に滑れたらいいなぁ」と、いつも思ってます。

結局、起動したアレックスに、ミーシャごと蜂の巣にされる最期なのですが、そのやられ方も含めて、ケンプファーが大好きです。で、地元のリンクがシーズンを終え、それでも豊橋のリンクで練習を続けていますが、曲かけ練習が全然できていません。営業中にリンク全面で滑れる時もあるのですが、お客さんや練習生が結構居て、とても曲に没頭できる状況ではないです。なので、現在は、プログラムの部分ごとに練習を重ね、各パートの精度をあげるように努力しています。幸い、5月16日のマスターズ当日深夜(午前3時)に、昨年同様、個人貸切りを確保できました。ここで、曲かけを繰り返して一気に組み上げる算段です。

組み立て工場を内側から破って巨体を露わにしたケンプファーのように、首尾よく仕上がるかは不安ですが、今できることで最善を尽くすしかないかなと思っております。幸い、3月までは地元で曲かけを繰り返したので、その感覚を忘れなければ、なんとかなると思います。

プログラムの部分練習と並行して、ジャンプの練習もしています。シングルアクセルも、ダブルジャンプもまだ降りられませんが、少しずつ前進している感触は持っています。感じるのは、シングルアクセル以上では、やみくもに跳んで回ろうとしてもダメかな、ということです。空中で、自分がイメージした動作ができるようになるか、いうなれば、制空権を得ることができるか、それが勝負かと思うのです。まだ私は、ジャンプに恐怖心があるので、軸をとって回りきることができません。それでも、空中で”何か”を掴みつつあるようにも思えるのです。スピンでもそうなのですが、自分の感覚として軸を感じることができると、技術はグンと飛躍するとも思います。ですので、空中で軸を掴めるか、それが、空中での動作の自由度を左右するように考えています。

これは、理屈でなく感覚であり、繰り返し練習を重ねないと会得できないものかもしれません。とにかく、「あと少し....」と思いながら、もう何ヶ月も足踏みしています。ですので、5月の本番に間に合うとも思えないのですが、とにかく練習しています。

地上では、ルッツの踏み切りでもダブルは降りられます。最近確信を持って言えるのは、氷の上を滑りながら、トゥでひっかけて跳ぶという動作は、地上でジャンプするよりもはるかに難しいということです。水中で思うように動くのも大変ですが、氷上でも人は溺れるものなんだと...感じております。もちろん、息ができないとかそういうことではなく、イメージ通りに動作することが、地上に比べてはるかに大変な世界なんだなぁ...と、改めて実感しているのです。だからこそ、フィギュアスケートは面白いのですが。

ただ、限られた時間で、限られた場所でしか練習できない今は辛いものがありますし、5月に本番というマスターズは、季節営業のリンクで練習する者としては厳しい大会でもあります。4月という時期は、社会人にとってはどうしても仕事中心で動かざるを得ませんし、本当のことを言えば、「スケートどころじゃない」と言う気持ちもあります。オフシーズンの中でも一番氷から気持ちが遠ざかる、モチベーション的には”乾季”の状況なのです。

それでも、厳しい季節を乗り越えようと、水を求めて旅をするサバンナの動物達のことを思えば、自動車で1時間もすれば氷にたどりつける自分はまだ、恵まれているはずです。週末には、思う存分滑れますし...。あと、こういう時期を想定して、陸トレや水中トレを導入しているわけですし。だから、乾いた時期を嫌うのではなく、それでも氷に乗れることを感謝し、できることを精一杯練習すれば良いのかな...? とも考えています。

”アフリカンシンフォニー”では、氷を求めて旅をする、自分達の気持ちもこめて演技できればと願っています。でも、そういう乾いた時期を経験するからこそ、シーズンを心待ちにするわけですから、それも感謝すべきかなとも感じます。

恵みの雨の後、一気に緑に色づく草花のように、あるいは、間隙を縫って強襲を試みたケンプファーのように。。。2分30秒足らずという短時間ですが、リンク全面を一人で滑らせて下さるこの一瞬に、懸けてみたいと思います。

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