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2008年9月

2008年9月28日 (日)

’08年中部選手権2日目('08年9月27日)

1日目に続き、9月27日(土)にあった2日目も中部選手権を観に行った。この日も仕事の予定が入っていたので、夕方からの観戦になった。ノービスAは観れず、ジュニア男子SPから。

昨日のシニア男子が3人だったのに比べると、ジュニア男子は5人でにぎやかだった。何年かしたら、この選手達がシニアへと上がるのだろう。ただ、ノービスはAB合わせても男子は5人の出場で、最年長は小学6年生なので、男子シニアがブロック大会で10名を越えるのは、今後も難しいかもしれない。

ジュニア男子SPでは、木原龍一選手が6分間練習からタイトな3回転ジャンプを決めており、目を引いた。ただ、本番ではステップアウトが続いたと記憶している(メモをしていなかったので、すみません)。それと、今年からジュニアに上がった吉野晃平選手。THE ICEでも披露してくれた「情熱大陸」だったが、ラテン的なリズムを上手に生かし、好感の持てる演技だった。上下の動作がはっきりしており、ダイナミックさを感じる。ジャンプは失敗していたが、成長期の途上だと思うので、今後の練習次第でどんどん伸びていくのではないだろうか。滑りが滑らかだし、期待の持てる選手だと感じる。

ジュニア男子で全体を通して感じたのは、上半身の弱さだった。伸ばした腕が猿手(肘が伸び切て肘頭が下に向いてしまった形。「あ~あ」と言う時にする仕草に似た腕の形)になっているのが気になった時間が多かった。ダンスほど腕の形を厳密には言われないのだろうが、猿手になるのは大胸筋や上腕二頭筋、それと肩周囲の細かい筋肉の未発達によるものと、私は考えている。腕立て伏せとかを練習メニューに入れると良いと思うのだが...。サッカー選手が上半身を鍛えるのは、相手からのチャージにも崩れない安定性を得るため。同じ発想はフィギュアにも求められると思う。もちろん、サッカーやアイスホッケーのように誰かが迫って来るわけではないが、フィギュアの場合はスピードや回転によって生じる反動が敵にあたる。動作の際に必ず生じる反動を上手に処理し、常に安定した態勢を保つためには、やはり上半身の筋力は必要である。それをおろそかにすると、スピードや反動に負けて腕が体幹から置いていかれてしまうと、私は考える。見た目もあまり良くないのだが、なによりバランスを崩しやすく、ジャンプの入りで不利になりやすいと思う。

ジュニア選手権女子は、見ごたえがあった。特に第2グループに有力選手が固まっていたが、中村愛音選手が素晴らしい演技を見せてくれた。THE ICEの時よりも体が絞れているように見えたし、迫力を感じた。ジャンプも滞空時間が長く、回転の軸も戻っていたようだ。コンビネーションでは、第一ジャンプの3Fでランディングに失敗して転倒してしまったが、空中ではしっかり回っていた。助走からフェンスに近づいていたので、それが気になったのかなと、見ていて思った。転倒ではあるが、迷いのない思い切った踏み切りで、復調の印象を持った。先輩の鈴木明子選手も頑張っているし、クラブ内(明子選手は会社のスケート部の所属だが,,,)でも刺激しあっているのだろうか?邦和スケートクラブでは、同じ女子ジュニアで、三ツ矢真惟子選手、峯尾旭選手も、きれいな軸と滑りで印象に残る演技だった。やはり、中村選手に力が戻ると嬉しいものを感じる。

今年からジュニアに上がった松原彩華選手は、プログラムに”Dance Macabre”と書いてあったが、演技を観て「死の舞踏」のことだとわかった。確か、サン・サーンスの作曲の方だと思う。トリノ五輪でスルツカヤがSPで使ったリスト作曲(マキシムバージョンだが)ではない方だった。昨年と同じプログラムだと記憶している。滑り込んでいるのか、とてもゆとりを感じる演技だった。ジャンプは、思いっきり遠くにトゥを突き、力をしっかり溜めて踏み切っている。私は、この跳び方を自分の時もイメージさせてもらっている。女子選手は、特にトゥループでは右バックアウトになったらスケーティングレッグのすぐ側にトゥを突いて回りながら踏み切る傾向があるように思う。それが、踏み切り時のスッポ抜けや空中でのパンク(軸を締め切れずに落ちてしまう)につながるのではないかと考える。踏み切り時の力のベクトルが明後日の方向に行くので、失敗につながりやすいのではないだろうか。

松原選手のような踏切りは、姿勢を維持するのに大変ではあるが、やはりトゥジャンプでのトゥを突くことの大切さを教えてくれているように感じる。

ジュニア女子選手のジャンプで思うのは、ルッツの助走で右バックインにかぶせる形で左バックアウトにクロスするのは良いのだが、結局エッジはインに寝て踏み切っているように見える場合もあったことだ。クロスしても上半身(やはりここに来るのだが)の姿勢をまっすぐに維持できなければ、エッジはエラーしやすいと思う。ルッツとフリップのエッジを厳しく見るのは、もう既定の路線なので仕方ないのだが、筋力の弱い日本選手たちには不利なルールと、つくづく感じる。強引に足首で外へ倒すのではなく、全身の軸でアウトエッジを保つことが肝要だと思うのだが...。

選手権女子は、後藤亜由美選手が気を吐いていた。SPで42.80点でトップに立った。まだ高校1年生で、昨年はジュニアに出ていたようだ。リンクサイドには、一宮の女性のコーチが立っていた。

曲はジプシー・キングスとプログラムに書いてある。「それは演奏者では...」と小一時間...。実際の曲名は、”Vamos A Bailar(バーモス・ア・バイラール)”で、もちろんジプシー・キングスの曲。なのでボーカル曲なのだが、上手にイントロや間奏だけで編集してある。タイトルは「さぁ踊ろう」という意味で「ルンバ&ファンクな曲」(GIPSY KINGS THE VERY BEST OFの歌詞カードより)なので、ボーカルが凄くエモーショナル。でも、インストロメンタル部分も滅茶苦茶かっこう良くて比較的長いので、私自身、マスターズで使えないかと考えていた。同じことを後藤選手(振付は宮本賢二さん)も考えたのか、一つの競技会用の作品に仕上げてしまった。もう、とにかく格好良かった。3T+2Tの第一ジャンプでステップアウトしていたが、そんなのは関係ないくらいに会場を暖めてくれた。

ちなみに、”GIPSY KINGS THE VERY BEST OF”というアルバムは、とてもお買い得感のあるCDだと思う。バンボレオやジョビジョバといったヒット曲はもちろん収録されている。「鬼平犯科帳」のエンディングテーマの”インスピレーション”がトリをつとめているし、サラ・ブライトマンの”DIVA”に収録されている”ラ・キエロ”がジプシー・キングスの曲だったこともこのアルバムで知った。キリン端麗生のCM曲もある。そして、白眉は、晩年のチャップリンが涙したという”A Mi Manera(マイ ウェイ)”、そして幻の(amazonに注文してかなり経つのにまだ来ない)名盤”ルバイヤート”に寄せた”Hotel California”だろう。

後者は、本家イーグルスのツインギターのリフレインが好きなのでそこだけ物足りないが、伝説の名カヴァーヴァージョンと言っても良いと思う。脱線が長くなったが、後藤選手の使った曲は4曲目に入っている。

2位は浅田舞選手。曲は、”Somewhere in time”。邦題は「ある日どこかで」という映画のサウンドトラックで、アイスダンスのデュプレイユ・ローゾン組がトリノシーズンに選んだ曲と同じだと思う。もう、とにかく、映画みたいだった。本田武さんがリンクサイドで見守っていたが、その隣に、山田満知子先生(次の滑走が吉田美理選手だったからだと思う)。持参の椅子と毛布にくるまれて舞選手の演技をじっと追っている満知子先生を見ていて、とても懐かしい風景のような気がした。曲が曲だけに、ほんのひと時のタイムトラベルだった。演技後、本田さんに山田コーチが何か声をかけていた。舞選手の演技のことなのか、世間話なのかは、もちろん客席からはわからなかったが。

ジャンプは随分戻ってきたと思う。ステップも情感を込めて軽やかで、開放された喜びを感じるような、舞選手らしい演技だった。ストレートラインでつまづいたのは、仕方ないと思う。点数的には残念だが、それだけのリスクを賭けて難しい技に挑んでいるのだろう。

もう一人、とても印象に残ったのは、曽根美樹選手。SPは”篤姫”ということで、出だしから日曜夜8時のNHK総合だった。でも、決してウケを意識しての選曲ではないと思う。本当に気持ちを込めて滑っていたし、曲の流れと振付に乖離はなかった。イメージ先行の無理を感じなかったのだ。点数は、信じられないくらいに伸びなかったが、私はとても好きになった”篤姫”だ。最初は、袖が薄手ながらもちょうちんみたいに膨らんでいて違和感を覚えたが、終盤のレイバックでその袖がたなびき始め、着物調の上着と穏やかなコントラストを醸し出していた。「ああ、曽根選手はこういう世界を描きたかったんだ」と感じた。

お茶の間の沢山の人達が見て、聞いている”篤姫”。曽根選手も感じるものがあったのだろう。その、曽根選手の”篤姫”を、観ている私も感じることのできる、要するに「共感できる」演技だったのだ。非常にわかりやすく、優しいSPだった。終盤のストレートラインは、大河ドラマのオープニングでは流れない部分だったが、とても軽やかで清清しい曲と動きだった。曲の抱く世界を観客に提示する、フィギュアスケーターにとっては本当に大切な役割だと思う。西日本選手権行きは、今日のフリーにかかってくるが、是非、沢山の方々に観ていただけたらと思う演技だった。

大島遙選手と立松香織選手が欠場していた。大島選手は、ずっと中部のフィギュアを引っ張ってこられた選手だし、ジュニアで活躍した立松選手がどんな演技をみせてくれるか楽しみにしていた。なので、とても残念だった。

2008年9月27日 (土)

’08年中部選手権1日目('08年9月26日)

昨日、’08年9月26日(金)から3日間の予定で開催される、’08年中部フィギュアスケート選手権大会の初日を観戦に行ってきた。仕事が終わってからだったので、クラブの子も出場したノービスB女子の応援は全くできず、選手権男子だけ観ることができた。クラブの子の演技に間に合わなかったのは残念だったが、小塚選手の素晴らしいショートプログラムを観ることができたので、行った甲斐はあった。

会場に着いたのは午後9時ちょうどの頃。予定表だとノービスBの最終(第6)グループが始まる時間だったが、もう選手権男子の6分間練習になっていた。この時から、小塚選手の体のキレを感じた。ジャンプもしっかり決まっていたようだし、滑走やスピンの回転のスピードがとても速い。なにより、身にまとっているオーラというか、雰囲気に充実感があったように感じる。6分間練習では、あまりバンバン跳ぶという感じではなく、練習最後の1分間は佐藤信夫コーチとリンクサイドで打ち合わせをしており、あわてた様子は全然なかった。その後でサーキュラーとスピンコンビネーションのおさらいをして、上がったと思う。

本番での滑走順は二番目。

1番滑走の湯浅邦仁選手が、競技でも流した演技をしており、ジャンプはスリージャンプとシングルのコンボ、単発のシングルだった。ステップもきちんと踏んではいたが、上半身に力を感じず、本番モードではなかった。それでも、演技のバランスはとれており、振りはちゃんとやっていたので、集中力は切れておらず、破綻も感じなかった。7級所持の選手権クラスの選手が、例え最下位でも上の大会に進めることがわかっているとしても、抜いた演技を本番で行うのは観ていて残念に思う。出た点数も、当然だが非常に低いものだった。

でも、もしかしたら怪我で跳べる事情ではなかったかもしれないし(6分間練習では、小塚選手ばかり観ていた...すみません)、湯浅選手なりの事情があったのかもしれない。私の気持ちでいうと、昨年のように冒頭の大ジャンプ一つにかけて、その後は失敗が続いた昨年のフリーよりも好感がもてた。最後まで演技してくれたという意味では、良かったと思う。

ただ、会場の雰囲気が冷え込んでしまい、その直後に小塚選手、というのが少し心配だった。結論を言えば、全く関係なかったのだが。

湯浅選手がリンクから去った後から、もう集中しているのは滑りから感じた。とても頼もしい雰囲気だった。そして、コールされ、いつもの通り、いつものように、リンクサイドで佐藤先生から背中を押されて(というか、あれは軸の確認なのだろうか?)、センターへ出て行った。全てが予定通りという感じ。

曲は、”テイク ファイブ”。昨年の村主選手のショートプログラムと同じ、デイブ・ブルーベックカルテットの演奏のものだと思う。でも、演技の雰囲気は全然違った。

村主選手の昨年の演技は、全日本のSPでしか観ていない(本当に素晴らしい演技だった)が、ジャジーな雰囲気を前面に出したリズミカルなものだと感じた。”ズチャッチャチャッ チャッチャッ”という3拍+2拍の変則5拍子のピアノのリズムを大切にしたのが特徴と覚えている。もちろん、圧巻はドラムソロでのストレートラインステップだろう。叩きつけるスネアドラムと共に歩を進める姿に、演技者の迫力と振付家の創造性の両方で圧倒された。

それに対して、小塚選手の演技は、5拍子全体を包み込むような広がりが特徴だったと感じた。リズムよりも曲の可能性、もう少し具体的に言うと、アルトサックスのメロディーを大切にした演技だったと思う。特に、バタフライからフライングシットに入るところが印象的だったが、フワ~としたサックスの音色とトーンを具現化するかのように、大きく、ゆったりと宙に舞ってからシット姿勢に降りていった。フライングスピンの見分けには自信がないのだが...多分、デスドロップではああいうゆったり感は出ないだろうなと思う(違っていたら申し訳ありません)。

ジャンプは、3L+3Tと3A、3Fの構成。全てクリーンに決めていた。軸の回転とランディングが非常に美しい。これを観ただけで、片道2時間の行程が報われた気持ちになった。スピンは、終盤のコンビネーションでAラインを入れていた。回転も速く、気合を感じた。

ステップは、サーキュラーで2回入っていた半回転ジャンプが印象に残った。力強く、しっかりと跳んでいた。やはり、空への可能性を表現しているのかなと感じた演技だった。そういう意味では、雄大で、ジャズカルテットというよりもオーケストラの響きを感じるのだが、デイブ・グルーベックの曲でも違和感はない。村主選手でも、小塚選手でも、と、様々なタイプの演技に合わせられるのも、ジャズのスタンダードの偉大さなのかもと思う。シング・シング・シングもそうだが。

得点は、82点台。とても高い評価だと思う。素晴らしい演技だった。

もう、出勤の時間なので、あとは急いでわかった情報を。

1.パンフレットは選手受付の所で販売。¥1,000

2.吉田美理手は、エントリーはされている。

※吉田美理選手の理の字が間違っていましたので、訂正しました。申し訳ありません。

3.曽根選手のSPは「篤姫」。中部選手権は今年が最後かもしれない。頑張ってほしい。

4.鈴木明子選手と村上佳奈子選手は、海外派遣中のためエントリーされていない。これは、予定通りのことだが。

2008年9月24日 (水)

鳥のように

amazonというのは、本当にすごいシステムだと思う。

従来なら入手困難な、書店の店頭から消えた書籍を、お手軽に安く自宅に届けてくれる。ただし、中古品(古本)だが。でも、amazonのマーケットプレイスで購入した古本で不快な思いをしたことはない。むしろ、「読めて良かった!」という感謝の気持ちが大きい。

昨日、祭日だったのでリンクへ練習に行った。その行きと帰りの電車で一気に読んでしまったのが、マーケットプレイスで購入した”ダンス・ラブ★グランプリ”という本。

榮倉奈々が初めて主演した、”ダンドリ”というドラマの原案になった本らしい(Wikipediaによる)。ドラマは私は見ていないのだが、2004年にアメリカのチアダンスの大会に招待された神奈川の高校生チームが全米チャンピオンになったというニュースはNHKの朝の番組で特集されたので知っていた。もう少し正確に言うと、それがチアダンスのチームであること、というか、チアダンスという言葉すらも知らなかった。とにかく、チア(応援)に関係する競技という認識だった。

でも、凄い快挙だということはわかっていた。私はアメリカンフットボールが好きなので、NFLの中継で目にするチアリーダー達が女性のソーシャルモデルとして、競技場以外の活動でも尊敬されていることは知っている。日本人でも、カウボーイズで活躍した三田智子さんを筆頭に、何人もの方々が本場でチアリーダーとなり、中には何度もオーディションに挑戦して夢をかなえた人もいるとテレビ番組で見た記憶がある。

そういうチアの本場で、いきなり全米チャンピオン!!

スケールの違いはあるが、南米選手権に招かれたトルシエジャパンが、優勝してしまうくらいのインパクトを感じた。もちろん、サッカーの方は予選リーグ敗退だったが。

今回、この本を入手したのは、チアリーディングとチアダンスの違いを調べていたのがきっかけだが...読んでいて涙が出そうになった。電車の中なので、必死に我慢したが...自宅で読んでいたら涙がダーダー出ていたかもしれない。感動した部分をツラツラ紹介しても、興味を持っていただけるように書く自信はない。一つだけ言えるのは、「本当に頑張ったんだなぁ」ということだ。とにかく、必死、でもダンドリが好き、みんなで大会に出て喜びの涙を流したい、という熱さを感じる。

実際の快挙は、2004年、当人達が高校3年生になる直前の3月なので、順調に進学すれば今年大学4年生になっているはずだ。夏まで実習指導していた学生達を思い出して、彼女・彼らと同じ学年なのかと考えていた。フィギュアスケートで言えば、中野友加里選手の一つ下で、浅田舞選手や澤田亜紀子選手達の一つ上。要するに、曽根美樹選手や宮本亜由美選手と同年代だと思う。「最近の学生は...」との声は、周囲からも聞くことがある。計算高いとか、熱意がないとか、すぐに泣くとか、そんな感じだが。すぐに泣くというのには、同意できる。確かに、話の途中で涙をポロポロ流す学生は何人もいた。でも、話を聞いていると、なぜ泣けてきたのか理解できることばかりでもあった。学生は学生で、かなりしんどい思いをしながら学んでいるんだなと、つくづく思う。大人目線だったら、都合よく、妥協点を見つけてやり過ごせることでも、学生はそれができない。能力うんぬんではなく、学生の立場では、そういう要領の良さとか妥協とかを発揮してしまったら勉強にならないことを弁えているのだ。それで、大人目線の私達指導者との行き違いに悩み、追い込まれていく心情もあるようだ。で、泣けてきてしまう。

それでも、流した涙を後に引きずらないのも、この年代の良さなのかもしれない。本の中でも、涙を流している場面が何ども出てくる。でも、「雨降って地固まる」というか、泣けてくる思いをすることで一歩前進したり、チームの結束が強まったりしているようだ。傍から見るとなんでもないような、些細な軋轢も、チーム内部では大問題であり、何人かのメンバーが泣きながら訴える。そういう事態を経験して、大きな進歩があることを、この本から感じた。多分、これは実習生達も一緒なのだろう。

私ができることは、周辺のサポートくらいのものだが...。自分達で成長しなければ、意味がないと思う。もちろん、しっかりと見守ってはいくし、それが仕事なので。

読み終わって、ハタと思った。高校生の頃、自分はこんなに燃えていたかなぁ...と。中学生の時には部活一色だった。小・中・高と吹奏楽部でトロンボーンを吹いていたが、中学生では、大編成の部でもアンサンブルコンテストでも、全国大会を目指せる位置にいた。なので、その目標に皆が一生懸命だった。引っ張ってくれる指導者や部長がいたので。でも、あと一歩で全国大会には出場できず(東海大会金賞だけだって立派なものだと思うが)、そこで燃え尽きた。高校は、本当に不真面目な3年間だった。吹奏楽は続けたが、皆に迷惑ばかりかけていたし、あまり楽しい思い出はない。部員の方々は良い人達ばかりだったが...もっと頑張れば良かったと後悔している。

高校の思い出は、友達と一緒にマイコン(当時はパソコンという言葉はなかった)ショップ巡りをして、FM8やMZ-80あるいは、名機と言われたPC-8001をいじりに行ったり、マクロスやボトムズといったアニメの話をしたりしたくらいか。まだ、そういう言葉もなかったが、オタクの道に入りかけた日々だった。あと、漫画に目覚めて少年ジャンプ定期購読し始めたのが、あろうことか高3になってからだった。おかげで、自分の部屋は友達の漫画喫茶(この言葉もまだなかった)みたいになっていた。あと、自宅にPC-8801があったので、BASICの勉強も本を見ながらしていた。勉強は壊滅的で特に理数系が駄目だったが、もし芽があったらSEになっていたかもしれない...いや、やっぱりそれはないか。

なので、2年間(本の舞台となった県立厚木高等学校は神奈川でも有名な進学校で、部活は1-2年生のみ、3年生になったら受験態勢に入るらしい)という一瞬をアメリカという大舞台で輝かせた彼女達が、うらやましいとも感じた。きっと、その後の長い人生の中でも最大級の勲章になるだろうし、無二の親友をその中で見つけたのだろうなと思う。

でも、同時に思う。全米チャンピオンになれなかった高校生の方がはるかに多いのだと。過去には、私も含まれるけれども、頑張れずになんとなく高校時代を過ごしてしまった、あるいは頑張ったけど不完全燃焼で終わってしまった、そういう人達には挽回のチャンスはないのだろうか?と。それで、合点がいった。

いつも、疑問に思っていた。頑張りながら、どうしても腑に落ちなかったことがある。「なんで、こんなに頑張っているのだろうか?」と。大人になり、社会人になって、仕事との両立という絶対的な命題があるのに、なぜ、私はこんなにフィギュアスケートにエネルギーを費やすのかよくわからずにいた。たぶん、理由は沢山あると思う。フィギュアスケートが面白いから、氷でエッジを掴む感覚が本当に好きだから、それが表に出てくる、嘘のない理由とも感じている。でも、裏にある気持ちには、高校時代に頑張れなかった自分への後悔もあるのかもしれない。今頑張ったからといって、あの頃の自分に何かしてあげれるわけではないけれど、「あの時の気持ちは繰り返したくない」というのは強く思う。だから、今は頑張る。とにかく、できる範囲では頑張る。大人なので、フィギュア以外にもするべきことは色々ある。怪我で仕事ができなくならないように細心の注意も払わなくてはならない。実際、日々のトレーニングの一番の目的は関節周囲の筋肉増強によって怪我を予防することだ。そこのところは、高校部活よりも賢くなければならない。

でも、若い時代の一番の華だったかもしれない高校部活で頑張れなかった、その思いの代償として、大人のブカツがあっても良いと考える。頑張った成果が栄光として花開くのは、ほんの一握りなのだから。幸い、私の場合は大人でも加入できるクラブがあったので、団体の一員として認知されている。でも、私のクラブでも現在は大人の加入を制限しているそうだ。フィギュア熱の高まりは喜ぶべきだと思うが、大人が練習するには厳しい時代かもしれない。やはり、大人の存在、考え方を許容してくれるつながりを、なんらかの形で意識せねばならない時期とも感じる。

大人のつながりは、リアルの形でもリンクにはある。私が練習しているリンクでも、沢山の大人の方々が来ているし、黙々と取り組んでいる方々もいらっしゃる。そういう人達も、それぞれに仲間の方々がいて、アドバイスし合ったり、世間話をしたりしている。今の私は、その輪から若干外れたところにいる。あまり多くの接触はリンクではしていない。でも、大人のブカツとして、やはり、できる事柄で何かをしないといけないのかな、とも感じている。

同時に、クラブの子供達に置いてかれないようにという意識もあり、正直、必死に練習している。それと、「大人でもこれだけ動ける」ということがわかれば、若い人達が選手として頑張れる寿命が延びるのではないかとも期待している。もし...もしもだが...40歳を過ぎた私がトリプルを降りれたとしたら、「ノービスのうちにトリプルを覚えなかったらできなくなる」という焦りはなくなるかもしれない。無謀な前提ではあるが、今のフィギュアを見ていて悲しくなる気持ちもあるのだ。小学生の間が勝負で、それまでに身に付けた技術の発展がシニアの技につながる。20歳までにピークを迎えて、20歳前半で引退を考えねばならない。確かに、競技によってはそういう「若さの芸術」みたいな世界はあるのだが、フィギュアスケートもそうなのだろうか?

年をとったら衰えるばかりなのだろうか?

もちろん、私はオリンピックや世界選手権を目指しているわけではない。そこまで無茶ではない。でも、大人でも、中年でもここまではできる、という目印を今よりも引き上げたいとは考えている。ジャンプで言えば、マスターズはダブルの時代になった。ただし、きれいに降りれる人は、まだ少ない。だからと言うわけでは決してないのだが、私もダブルサルコウから教わり始めている。まだ、両足1回転半の状態だが、少しずつ、少しずつ着氷の軸が右に移っているを感じている。フィギュアの場合、できない時にはいつまでたってもできないし、できる時には瞬間なので、いつダブルが降りられるようになるかはわからない。でも、手応えはつかんでいる。空中でダブルの軸をつかめたら、多分降りられると思う。

先日先生と話して、11月には靴とブレードを注文する約束をした。現在のコロネーションエースから早めにブレードを替えることを勧められていたのだが、予算の都合がつかずにいた。でも、現状では苦労も多いので、なんとか11月注文、シーズン後半から靴慣らしというスケジュールで考えることにした。多分、来年の2月くらいまでは現在の靴で練習せねばならないと思うが、もしも、コロネーションエースでは不可能と言われているダブルをちゃんと降りれたならば、更に性能の良いブレードで何を目指すべきか考える必要があると思う。

トリプルがいかに難しいジャンプで、習得にどれだけ苦労するかは、クラブでも男女共にそれを果たした方がいらっしゃるので、感じてはいる。でも、可能性を模索することは、誰にでも許されることだと思う。まずは、ダブルサルコウ。そして、並行してシングルアクセル。それがきちんと降りれるようになれば、他のダブルジャンプの道も開けると思う。ダブルアクセルは、陸上でも1回転半で落ちてしまうので、非常に大変なジャンプであることはわかっている。でも、「大人だからここまで」とか、「40歳を過ぎたら脚力は衰えるだけ」というのでは寂しすぎる。複数回転のジャンプを跳び、降りるのに必要な筋力を得られるのか、大問題だと考える。看護師の視点から言えば、「止めた方が無難」だと考える。

でも、既成の枠にとらわれて実践を怠ったら進歩・発展はないこともよくわかっている。自分を実験台にして仮説を検証するくらいの気構えがなければ、何も生まれない。

身体構造が安定し、十分なトレーニングが可能な成長期以降に、必要な体力(特に筋力と調整力)を意識して計画的なトレーニングをすれば、失ってしまった、あるいは未だ獲得していない高難度の技の習得は可能である

この仮説に妥当性が見出せるのなら、努力を諦める理由から、”年齢”は除外できるかもしれない。もちろん、物事には程度があるので、40代のオリンピック選手とか4回転ジャンパーが生まれるとは思わないが。でも、40歳を過ぎても筋力増強のためのトレーニングが継続できることは、私も経験しているし、スポーツジムに行けばそういう人達であふれている。年齢は、大きな理由ではないと思う。むしろ、家庭とか社会的役割とか、そういう、趣味よりも優先すべきことの方が、トレーニングを辞める理由になりえるし、私にも、そういう事情でフィギュアを諦める日が来るかもしれない。

高校部活は、少なくとも2年間は保証されている。怪我や勉強のために中途で諦める子達もいるかもしれないが、部活を行うこと自体は高校生の権利だと思う。でも、大人のブカツは、いつまでもできるかもしれないが、いつ終わるかもわからない。優先すべきことが沢山あるのだ。でも、大人は賢い。その中でも上手に時間を使って、妥協点を見つけて、ブカツを楽しめるだけ楽しむのも、大人の権利かもしれない。

トリプルに関しては、無謀ということはわかっているし、できるようになる可能性は少ない。でも、可能性がないこともないと考えている。なにより、40歳になってそこまでできれば、若い世代にも刺激になるのではないかと思っている。20歳にもならない子達が、年齢を理由に諦めるのは、あまりに寂しいのだ。

本の135ページに、次のような記述がある。

渡米前日。

最後の練習のとき、23人のメンバーは一人一人決意を述べた。

「鳥はどうして飛べるか知ってる?」

メンバーを前にそう切り出したのは和田早穂だった。

「それはね、鳥は飛べることを信じて疑わないから。私はトリプルがずっと回れなかったんだけど、私も鳥のように、回れることを信じて疑わないようにしたんだ。そうしたらね、今ではほとんど失敗しなくなったの・・・」

大人の場合は、疑うことが必要なこともある。盲目的な確信は無謀というよりも自滅に近づくかもしれない。疑いから、戦略を立てて段階的に発展する道が見出せると考える。でも、やはり「信じて疑わないから...」、矛盾するかもしれないが、この思い、スポーツで言う”determination”とは、そのようなものかもしれない。

鳥のように...跳べたら最高だろうな、と感じる。ちなみに、ピルエットは3回転できます>私。フィギュアのトレーニングの副産物です。

2008年9月20日 (土)

倦まず弛まず

「毎日行う」 自分が実践していることに何があるのか考えてみた。 

正直、息を吸うことと心臓が動いていること、そのくらいだと思う。食事や排泄、場合によっては睡眠すらも、抜かしてしまう日があるかもしれない。丸一日人と話さないという寂しい日も、過去にはあったかもしれない。ましてや、日々のトレーニングで「一日も欠かさず行ってます」などというものは、あるわけがない。

スケートに関しては結構マメだと思うが、生来の性格は怠け者なので、キチキチ練習をするよりかは、オーバーワークにならないかを心配する。実際、社会人としては練習不足よりもオーバーワークの方が深刻になりかねない。なので、意識して休息日は作っている。実は、今日がそうなのだが。それで、午前中からネットなぞやっている。台風一過の好天なので、この後少し外に出ようと思っている。

日々のトレーニングは、やる気のある時にやれば良いと思う。誰でも最初は、思い出した時にポツポツとやれば良いのではないだろうか。初めからガンガンやっていたら、途中で無理がたたって嫌になってしまうかもしれない。私自身は、スケートを始めた1年目は何もしなかった。リンクで練習するだけで精一杯だったし、スケートにどんなトレーニングが必要なのか全然知らなかったので。その間に人に教わったり、ネットやテレビ(中野友加里選手が陸トレしている映像はとても刺激になった)で情報を集め、2年目から陸トレを始めた。でも、ごく簡単なものからだった。先に記したように、始めから頑張っても続かないと思ったのだ。実際、途中でサボったり何週間も中断したことは何度もあった。でも、それでも良いと思っていた。トレーニングで成果を上げることよりも、トレーングの癖をつけることが、2年目のテーマであった。中断したら、思い出した頃に再開すれば良いと思う。以前行っていたトレーニングは覚えているだろうから、その経験は必ず生きる。筋肉がつくつかないも大事だが、経験があるかないかも大切である。何も知らない道を4.5㎞走るのと、以前走ったことのある道を4.5㎞走るのでは、疲れ方は全然違う。「ああ、こんなトレーニングしてたな」という経験があるだけ、何もしないよりかは、はるかに意味があると私は考えている。そうこうして、3年目、そして現在の4年目とトレーニングの内容を増やしたり工夫したりして、今も続けている。サボることもあるが、中断してしまう期間は年月を重ねるにつれて短くなっている。これも経験の蓄積のおかげだと思う。

タイトルに挙げた、”倦まず弛まず”という言葉が私は好きだ。

地道にコツコツと頑張れば、はっきりとはわからなくても成果は出てくると思う。もしも、成果が見えなくても、やはり、倦まず弛まず頑張りたい。でも、時には挫けることもあるし、サボってしまうこともあるだろう。それでも、また再開できる、そういう粘り強さが大事かなとも思うのだ。「継続は力なり」も真理だとは思うが、継続しなければ意味がないということだと、ちょっと辛い。虫食いでもいいから続けていこうよ、くらいの気持ちならやっていけるかなと思うのだ。先にも記したが、虫食いながらも続けていけば、だんだんと空白は減っていくと信じている。完璧になるとは考えていないが。

現在、日々のトレーニングと並行して減量にも取り組んでいる。身長174㎝に体重84㎏という数字は、保健師も問題に感じていた。ところが...全然減らない。嫌になるくらい数字は動かない、というか、先日ついに85㎏を超えてしまった。これは、正直戸惑っている。太ったのかと言われれば、全く逆に感じている。腹回りを始め、背中や胸の脂肪は随分落ちてすっきりしてきたと思う。周囲からも痩せたと言われることがある。下腹にはまだまだ脂肪の塊があり、油断はできないが、体感としては減量の成果を感じている。

ところが...数字は違う。筋トレを始めると最初は体重が増えるがその後は減り始めると言われる。筋肉が脂肪よりも比重が高いからだと理解している。しかし、減った脂肪以上に筋肉がついたとしたら...体重は減らないのかもしれない。BMI28にもなるのだが、このままで良いのだろうか...?

普通に考えると、せめてBMI25の76㎏くらいまで減量することが望ましいと思うのだが、減らないものは、減らない。文字通りのダイエット(食餌療法)をすれば簡単だが、数字のために筋肉と骨を削るのは本末転倒と考える。

思慮を怠って無闇に頑張っても良い結果にはならないと思う。なので、数字は十分に尊重し、その意味についてしっかり勉強する必要はあると思う。BMI22という基準がスポーツをする者にも妥当性を持つのか、フィットネスとアスレチックとの違いも含めて勉強していきたい。そのうえで、自分に合ったトレーニングや食習慣を見直すことは大事だろう。

ちなみに、体脂肪だが、自宅のオムロンの一番高価な体脂肪計で測定すると、25%もある。なので、やはり太り過ぎなのかもしれない。トレーニングを始めた3年前は30%あったが...(その頃の体重は82㎏だったので、やはり筋肉のために体重が増えているのはあると思う)。でも、これだけ運動をしているのに体脂肪がそれほど減らないとしたら、正直お手上げである。ダイエットだけは、私は絶対に行わない。今でも、ゼロにはしていないが、菓子やジュースを控えたりはしている。コーヒーの砂糖の量も気にしているし、馬鹿食いも控えている。だが、食べるものを減らしてまで体重や体脂肪を減らそうとは思わない。適正な食事量はあると思うが、空腹を我慢したり、食事のバランスを欠いてまで痩せようとするのはどうかと思う。「適正な食事量」と書いたが、それが自分にとってはどのくらいなものか、私にはわからない。生活活動強度やトレーニングの運動量から概算はできるが、その数値にどのくらいの妥当性があるのか疑問がある。目安はあくまでも目安である。基礎代謝量や仕事で受けるストレスを正確に算出できないのに、「あなたはこれだけしか食べてはいけません」と言われても困る。それよりは、「腹八分目」という自覚に従った方が現実的だと考えるのだ。

日本は資源も農業生産も乏しい国なのに、食べるものをありがたく思わない風潮には、どうにも我慢できない。飽食は慎むべきだと思うが、食を軽んじる風潮もどうかと思う。今後食料危機が起こった時に、「健康のためにカロリーは控えめに」と言っていた人たちはどんな風に思うのだろうか?

結局のところ、しっかり食べて、頑張って運動して、それで肉付きが良いというのなら、それは感謝したいと思う。保健指導する人たちは、私の体重を問題視するのだが...(だったらリンクで勝負しろ!と言いたい気持ちもあるが...)。そのうえで、下腹部の脂肪がすっきりして、体脂肪や体重が落ち着いてくれるのなら、言うことはない。

やはり、倦まず弛まず。

なかなか数字はついてきてくれないが、日々を振り返りつつ、焦らずに頑張っていきたい。

2008年9月 8日 (月)

ハーフサークルについて

ココログのアクセス解析で検索ワードをみてみると、時々ハーフサークルなどコンパルソリー課題についての言葉がみつかる。それとは関係ないが、ある大人スケーターの方のブログにもハーフサークルが課題との記述があった。多分、コンパルソリのコツをネットから探してみようと考えている方々は結構いらっしゃるのではないだろうか。

私の思いつくままに字面を並べているこのブログが、他の方にどのくらい役立つかはわからないが、「枯れ木も山のにぎわい」とも言うし、私が考えていることを記させていただけたらと思う。ただ、スケートのコツはひとそれぞれの相性もあるので、自分には合わないと思ったら容赦なく却下してほしいとも感じる。

<ハーフサークル>

・全体に通じて言えるのは、体の引き上げの感覚を大切にすること。筋トレ重視の私ではあるが、やはりフィギュアスケートはバランスのスポーツでもあると思う。もちろん、バランスをとるにも、体幹のインナーマッスルを始め、様々な筋肉を使うが、「意識」や「感覚」を得ることは、筋力を増すこと以上に大切である。

・後述すると思うが、バックインでのハーフサークルでは、私は”マンボウになった気持ち”という感覚を大切にしている。間違ってもヒラメやカレイではない。マグロもどうかと思う(アクセルジャンプなら、マグロ的な勢いの良さは大切だと思うが)。こういうのは、わかる人にはわかるが、わからない人には「なんだそれ?」となってしまう。でも、身体感覚というのは、そんなものだと思う。マニュアルに記述してある通りにやれば、誰でも体得可能というものでもない。その代わり、練習していれば、いつかはできるようになるものだが。

・もう一つ、上半身のローテーションの意識は、極意に近いものがあると思う。ローテーションを上手に行うと、失速しつつある滑りが生き返る(=速度を回復する)感覚を覚えることがある。普通に考えて、初速から減速したものが、新たな力を得ないのに速度を増すことはあり得ないと思う。なので、主観的な感覚によるものだと思う。あるいは、高速スピンへの移行のように、回転角が減ることで、保存されていたエネルギーが速度増加に向かうというように、物理的に説明できるのかもしれない。主観であろうと、客観であろうとどちらでも良いが、上半身のローテーションを大切にすれば失速を免れるという事実は、忘れてはいけないと思う。

・結局のところ、コンパルソリは、片足で滑るバランスと上手なローテーションが複合した動作だと思う。蹴り出しのスムーズさは大切だが、強く蹴れば元の位置へ戻れるというものでもない。逆に、練習中に失速して途中で止まっても、それは悲観するものでもないと思う。バランスとローテーションをきちんと意識できるようになれば、自ずと氷を滑るようになっていく。勢いだけで結果を出そうとするよりかは、経過を大切にしてのんびり結果を待った方が良いこともあると思う。これは、無理やりダブルを跳ぼうとするジャンプでのケースでも言えるが。

・コンパルソリの練習し始めは、片足で滑るだけで精一杯であり、上半身はぐらつくし、腕を水平に保つなんてとんでもない、という状況かもしれない。少なくとも、私はそうだった。それで先生に何度も注意を受けた。でも、自分的にはそれでオッケーと思っていた。もちろん、それで十分とは考えていなかったが、今はできていないことを自覚していれば、いずれできるようになると考えていたので。それよりも、今できそうなこと、とにかく(上半身がグラついてもいいから)片足で滑ること、最初はそこから始めていた。

・以前、練習仲間の方と論争になったが、上半身をしっかり保たないときちんとエッジに乗って滑れないか、あるいは、きちんとエッジに乗らないと上半身は安定しないか、どちらなのかは、大きな疑問である。今の段階での私の結論は、両方ともあり得るということである。コンパルソリを練習する時、やはり上半身をしっかり保つことを、私は大切にする。そして、蹴りだし直後からエッジにきちんと乗ることも必要だと思う。両方を同時にきちんとやらないと、きれいなトレースは描けないだろう。

・でも、両方が同時にできない段階なら、どちらかを頑張れば良いのではないかとも考える。理想はあるが、それに拘っていたら、”二兎を追うもの一兎も得ず”になるかもしれない。むしろ、何かが上達すれば、それに連動して他のものも上達するのがフィギュアの面白さでもあると思う。上半身が安定すれば、自ずとエッジも定まってくると思う。エッジに自信がつけば、上半身や腕の動きを意識するゆとりも生まれる。

・「これができないから、あれもできない」ではなく、「これができるようになれば、あれもきっとできる」といった、ポジティブな考え方は、フィギュアにはなくてはならないものだと私は信じている。

・ただ、今の自分に足りないもの、今後越えないといけないハードルは明確にした方が良い。これは、コンパルソリだけに限らないが...。なので、インストラクターの先生に教えて頂くことは大切であるし、可能ならば上級者の練習の様子をしっかりと見ること、これに勝るものはないかもしれない。でも、一足飛びに上達するものでもないので、自分なりに上達のロードマップを描くことは大事だと思う。

前置きが沢山になったが、ハーフサークルを個別に考えていきたい。

<フォアアウト&イン>

・最初の姿勢を大切にしてほしい。滑ることに意識を置くあまり、きちんと姿勢をとらないままに蹴り出しをして、結局バランスがあやふやになって苦労するというケースもある。バックほど蹴り出しが難しくないので、おろそかにしがちになるが、引き上げの意識をしっかり保ち、両腕と両肩を氷面に対し水平にする。この姿勢をきちんととらないと、バランスを維持することは大変になると思う。

・ローテーションについては、私は複数の先生から二種類の方法を教わった。両腕を90度に開き、滑走につれて少しずつ回していき、半円の半分のあたりで前に出す腕と横に出す腕が代わるようになるのが、ひとつ。もうひとつは、最初の姿勢は同じだが、滑走中も腕は回さず、半円の半分で一度両腕を下ろして、前と横に出す腕を代えて水平に挙げなおすというものである。一人の先生ではなく、複数の先生方に教わったのは、私の事情である。子供達にそのようなことがあると混乱させてしまうので好ましくないが、大人はそれぞれの先生方の考えを客観的に受け留めることができるので、私は良かったと感じている。ローテーションはコンパルソリの肝でもあるが、それぞれの方法に理があるので、両方のやり方でできるように練習した。というか、一方ができたら、自然ともう一方もできるようになっていたが...。

・蹴り替えは、後ろTの形をとって行うのが一般的だと思う。それまでのスケーティングレッグを90度横にして、後ろT字の横線の部分にするのは少し難しい(後ろT字の縦棒は蹴り替え後にスケーティングレッグになる方の足)。アウトエッジで滑っていた場合には、T字にする時、軽くインにチェンジエッジして、ちょっと勢いをつけて横に向けている(私の場合)。インエッジで滑っている時には、ほんの少しインへの加重をきつくしてから横に向ければ良いと思う。この蹴り替えの時に一瞬インに入れるというのは、バックの時にも使うテクニックだと思う(先生の手本を見よう見真似でやっているだけなので、確信はもてないのだが)

・滑走中にフリーレッグをどこにつけるかも、先生によって指導が異なる。内踝といわれる先生もいるし、フリーレッグを進行方向に対して直角に向け、踵につける(後ろT字の形)といわれる先生もいる。どちらも共通するのは、フリーレッグをスケーティングレッグに密着させること。練習のし始めは、フリーレッグをブラブラさせてバランスをとることをしやすいが、見栄えだけでなくバランスを保つことを考えても、フリーレッグをきちんと収めることは大切だと思う。

・半円の大きさは、身長の3倍だったと思うが、それと同時に、自分がどこを滑ってどこに向かうのかをイメージすることはとても大切だと思う。「正確にエッジを当てれば自然と円形に滑っていく」と私に言った方がいたが、正直、大間違いだと思っている。フィギュアスケートは、ボディコントロールの側面がものを言うスポーツでもある。物理的条件を組み合わせれば正確に滑れるというものではない。自分のパフォーマンスに自分で責任を持つという意味で、自分のパフォーマンスをイメージする責任がスケーターにはある。そのイメージの実現のために身体をフルにつかわねばならない。

エッジの角度と勢いを定めれば自ずとトレースを描けるという考えは安易である。

なので、「あなたはどこに滑りたいの?」という質問に常に答える用意がなくてはいけないし、自分の描きたいトレースを常に頭にイメージして滑らなければ、フィギュアスケートとは言えないと思う。もっとも、ステップ中のロッカーの場合は、S字トレースを描けたか否かよりもフォアインからバックインに入れられたことだけで満足している自分もいるのだが...。

<バックアウト&イン>

・バックは蹴り出しが命だと思う。ここでスムーズにエッジに乗れるかで、後半の勢いが決まってしまう。なので、練習の始めは、半円を描けるかよりも、スムーズに蹴り出しができるか、あるいは蹴り出しの直後からバックエッジに乗れるかを意識した方が上達が早いと思う。

・半円の前半部分では、フリーレッグはイン&アウトともに前方へ出すのが一般的だと思う。ここから少しずつ体を伸ばしていき、後半は踝につけて次の蹴り出しに備えるのだと思うのだが、フリーレッグはグラつかない方が良いのは、フォアと同じである。「グラつくな」と言ってもグラつくのが悩みの時期もあると思うが、これは正しい姿勢を覚えるのが早道だと考えている。アウト&イン共に、蹴り出し直後はフリーレッグと同側の腕を前に出す、いわゆる”ナンバの姿勢”をとると思う。蹴り出したらすぐにこの姿勢をとれるか、身体に覚えこませることが大切ではないだろうか。これは、理屈もあるのだが、何より感覚で覚える必要があると思う。

・このバック滑走での姿勢だが、ナンバであると同時に半身でもある。イン&アウト共に円周の外側に体を開くことを要求される。というのも、バックのハーフサークルの場合、フォアとは違って両腕はなるべく円周に沿って大きく開くことが要求される(と思う。自分はそうしてきた...こればかりで申し訳ないが...)。両足で立って、腕を片方を前に、もう一方を後に開いてみればわかるが、両腕を前後に開くためには上半身をしっかり捻らなくてはいけない。この捻りが大切なのだ。

・ちょうど、ネジを巻いたゼンマイのようなもので、バックで蹴り出した直後にきちんと両腕を前後に開けば、上半身の捻りに力が蓄えられている。スケーティングレッグで円周を進んでいるうちにこの捻りは解消され(腕を回すのではなく、円周に応じて腰が回るのだと思う)、この時に開放されるエネルギーもコンパルソリでは使っていると思う。蹴り出しの勢いだけでは、例えば整氷から時間の経った荒れた氷でサークルを描くことはできないだろう。やはり、片足でのバランスと正しい姿勢によって蓄えられたエネルギーの開放も作用しているのではないだろうか?

・半円の半分で腰は回りきり、捻りによるエネルギーは使い終わってしまう。なので、ここで両手の前後の位置を逆にして、もう一度捻りを生じさせる。で、最後まで滑りきることができる。やっぱり、コンパルソリはローテーション命なのかもしれない。

・それで、”マンボウになった気持ち”だが、この前後の腕の開きのことを言っている。フォアでのハーフサークルは、両腕を90度に開くので、横方向の関係も作用する。でも、バックでのハーフサークルは、両腕を前後に開くので、横への開きはない。人間の体は上下に大きい(=身長が高い)。それに加えて、前後への開きも大切になるので、扁平な体を縦にして泳いでいるマンボウみたいだと感じている。バックでのハーフサークルの姿勢の場合、進行方向(背中側)の手(スケーティングレッグ側)がマンボウの胸びれ、顔側の手(フリーレッグ側)とフリーレッグがマンボウの尾びれの位置にあたる。トレースが波打ってはいけないが、マンボウのように上下と前後にバランスをとって上手に進むのが、バックでのハーフサークルのコツだと考えている。

・それで、両腕を前後に開くと上半身に捻りを生じるということだが、言ってみれば当然のことである。これは、コンパルソリだけでなく、ジャンプの回転を生む力にもなる。ジャンプの踏み切りの時には左腕をしっかり前に出すと先生に指導される。右腕はなるべく後ろにとも言われる。両腕をこの位置にすれば、上半身にナチュラルな捻りを生じるのはバックのハーフサークルと同様である。結局、ジャンプも助走から踏み切りまではコンパルソリの応用なのだろう。

・右利きの場合は、左回り(=反時計回り)なので、後ろ向きジャンプの場合は、必ず左腕を前に出す。そうすると、ルッツやフリップはスケーティングレッグと同側の腕を前に出すことになる。ハーフサークルの姿勢と腕の前後位置は逆になっている(左足のバックエッジに乗る時は、左腕を後ろにし、右腕を前に出すのが基本)が、そのために左バックエッジから踏み切るジャンプはエッジエラーが起こりやすいのかもしれないと思った。

2008年9月 5日 (金)

ジャンプの体系について(私案)

前回のエントリーで”ルッツは本来エッジジャンプであるべきでは?”とのトンデモに近い考えを記した。その後に、ならばジャンプの体系は本来どうであるべきなのかを考えたので、試みとして記したい。ただ、根拠は全然ない。私がただ、思いついただけである。

ジャンプは、右足踏み切りと左足踏み切りに分かれる。そして、トゥ系とエッジ系にも分類される。また、前踏み切りのアクセルと後ろ踏み切りのそれ以外という分け方もある。このうち、今回は後ろ踏み切りだけについて考える。前踏み切りのジャンプは、現在のところ左フォアアウトからのアクセルジャンプ(エッジ系)しかなく、分類のしようがない。

<後ろ向きジャンプの体系>

(右足踏み切り)

・アウトエッジーループ(エッジ系 ループ図形)        

          トゥ・ループ(トゥ系)

・インエッジ ーウォーレイ(エッジ系 カウンター図形)    

                     トゥ・ウォーレイ(トゥ系)

(左足踏み切り)

・アウトエッジートゥレス・ルッツ(エッジ系 カンター図形)   

                    ルッツ(トゥ系)

・インエッジ ーサルコウ(エッジ系  バックインループ図形?) 

                    フリップ(旧称 トゥ・サルコウ)(トゥ系)

書き出してみれば、大して新味のない羅列に過ぎないが、やはりトゥレス・ルッツを本来のルッツとし、現在のルッツをトゥ・ルッツとした方が収まりは良くなると思う。なぜ、トゥ・サルコウをフリップにしたのかはわからないが、左足踏み切りのトゥジャンプをエッジ系の派生とは認めたくない流れを、サルコウとフリップとの関係からも想像される。

サルコウがバックインループを描きながらのジャンプという話は聞いたことがないが、私は自分の感覚ではそんな気持ちで跳んでいる。ちなみに、ロッカー図形のジャンプはないか考えてみたが、右バックアウトで着氷するとしたら、逆回転でないと不可能との結論に至った。ルッツの逆回転ジャンプはロッカー図形を描きながらのジャンプになると思う。

もう少し自分なりの理解を深めると、私が先生から指導して頂いている内容では(前のエントリーでyuujiさんがコメント下さったこととも関連するのだが、インストラクターによって指導の内容が異なることはあると思う)、エッジ系はカーブを描きながら、トゥ系はまっすぐに助走しながらというのが基本になっている。この場合、エッジエラーが起こりやすいのは、トゥ系ジャンプだと思う。

水中でトレーニングを重ねていて気づいたのだが、トゥジャンプの踏み切りは、ランジという動作であると思う。しかも、後ろ向きで後方へフリーレッグを伸ばすのだから、バックランジの動作になるはずである。

ランジという動作は、ウェートトレーニングでも、そして野球やゴルフ、エアロビ、おそらくは空手やフェンシングでも用いるのではないかと思う。要するに、体を引き上げつつ足を踏み込むことで腰を落とす動作であり、様々なスポーツの基本的な動きであると私は理解している。

http://www.xavixpot.jp/minon_excercise/vol11.html

に記されているが、バックランジの動作では体の後ろ側の筋肉をよく使う。また、

http://homepage2.nifty.com/style1/kaisetsu03-16.html

に記されている通り、バックランジでバランスをとるのは結構大変である。バランスを保つためには、背筋や臀部、ハムストリングなど体の後ろ側の筋肉を上手に使う必要があるのである。

エッジの使い分けについて論じるのなら、試してほしい。左足の外側に重心を保ってバックランジの動作の難しさがわかるだろうか?もちろん、できないことはない。私は水中で浮力に頼りながら(水圧を負荷としながらでもあるが)、バランスを保ってトゥを突くトレーニングを続けている。陸上でも、おもりを背負いながら同じ動作をしている。ただ、気になるのは、トゥジャンプの動作の性質を理解し、使う筋肉を考えながらトレーニングをしているかということだ。本質的に、トゥジャンプは動作の最中にバランスを失いやすい。転倒はしないだろうが、ルッツの助走中にエッジがインに入りやすいことは、ネットでも指摘されている方々はいらっしゃる。だからトゥを突く位置が大切なこともよく言われることであるし、本当にその通りだと思う。でも、動作の最中にもバランスを保つための努力、それも大切ではないだろうか?

野球のピッチャーやバッターが、あるいはゴルファーが、あるいは筋トレの愛好者が、日常的にトレーニングしているランジという動作、スケーターはやらなくても正しいエッジで跳べるようになるものだろうか?氷に降りなくてもできる練習は、いくらでもあるのではないだろうか?それをせずに滑って跳んで、ジャンプが良くなるものか、私は疑問を感じる。

もっとも、私自身、正しいエッジで跳べているのか不安を感じている。ビデオでのチェックをせねばと思っているし、日々改良・改善がスポーツの常識だろう。今日は良かったからもう大丈夫という世界ではないと思うし、今が駄目でもそれほど落胆することもないと思う。明日のために頑張れば良いのだから。

最初の話に戻れば、エッジ系に比べてトゥ系は準備動作中にバランスを保てずに間違ったエッジに入る可能性が高い。なので、エッジワークには特に気をつける必要がある。おそらく、トゥ・ウォーレイとトゥ・ループの関係もそうなのだろう。今は右バックインからトゥ・ループを踏み切る人はそうそういないと思う。でも、トゥ・ウォーレイも練習せねばならない事態が起こったとしたら(今後あり得るかはわからないが...)、体が右バックイン踏み切りを覚えたがために混乱して、あいまいなエッジで踏み切る選手も出てくるかもしれない。それよりも、右バックアウト踏み切りの(間違った)トゥ・ウォーレイの方が多く出そうだが...。

2008年9月 1日 (月)

ルッツに想うこと

競技会のシーズンがそろそろ始まる。今年もジャンプのエッジの正不正の判定にまつわる議論がファンの間で盛り上がるのだろう。

薀蓄は私も嫌いではないし、選手達のエッジワークに注目することは自分が練習するうえでも勉強になる。なので、この流れに抗う気持ちはない。私自身、まだシングルしか跳べないが、正確に左バックアウトで踏み切れるように努力しているし、そのためのトレーニングを行っている。

しかしながら、やっぱり思うこと、それは...ルッツは変なジャンプだということ。

なぜルッツは変なジャンプか...?私が考えることを挙げると

1.ターンを原型としているジャンプなのにトゥ踏み切りなこと

 ・スリーターンの図形で跳ぶスリージャンプ(半回転アクセル)やループ図形のループジャンプは、エッジ系のジャンプである。エッジワークを効かせながらスケーティングレッグのトゥで跳ぶのだから、エッジジャンプで当然だと思う。なのに、カウンター図形を描きながら跳ぶルッツは、トゥジャンプである。

2.ストレートに助走するトゥジャンプなのに、エッジの向きに拘ること

 ・上述のようにカウンター図形を描くということで、ルッツはS字を描いて跳ぶと言われることもある。しかし、実際には真っ直ぐに助走し、真っ直ぐに踏み切って跳ぶようにインストラクターから教わるのが一般的ではないか?少なくとも、私は複数の先生方からそう教わった。ミラ・リャンや昨年の浅田真央選手は、助走からしっかりと左バックアウトでのカーブを描きながら助走していた。しかし、そのような選手は少ないのではないだろうか。”トゥジャンプは真っ直ぐに助走” これはルッツだけでなく、トゥループやフリップにも共通すると思う。真っ直ぐに助走しても、エッジの踏み分けは可能である。アウトでも、インでも、真っ直ぐに片足滑走するのは基本だから(特に、フォアでもバックでもストローク中はアウトエッジに乗っているのが原則だと思う)。しかし、直線に滑っている最中、その人がどっちのエッジに乗っているかなんて、遠めから見てわかるものだろうか?もちろん、体の傾きや捻り方からわかる場合もあるが、アウトに乗っていてもまっすぐ滑っている場合、ブレードはそんなに寝ていない。結局”微妙”なエッジワークになっているのではないか?

・そんな場合、”attention”でテクニカルスペシャリスト(TS)がエッジの判断を投げてしまったら、各ジャッジはどんな風にGOEをつけるのだろうか?結局、TSに投げられないように選手は「明らかにルッツやってます」という助走をせねばならないのだろうか...トゥジャンプなのに...。実際、助走は明らかにインサイドに入っているのに、踏み切りだけアウトサイドにチェンジさせてルッツのe判定を免れていた選手も居たように思う。何のためのインorアウトエッジなのだろうか?

・フリップとルッツは、ジャンプの性質は全然異なる。跳んでみればすぐにわかる。滑る経験のない人でも、畳やフロアの上でゆっくり試してみれば理解して頂けると思う。しかし、フィギュアスケートは観る人々のためのスポーツでもある。ジャッジの最高峰であるTSですら投げてしまうエッジ判定なんて...観客には意味があるのか?

・「観客は難しい技だからといって喜ぶわけではない」とプロ転向後の荒川静香さんが言われていた。これは、金言だと私は思う。もちろん、アマチュア競技会では難易度というのも大事な評価指標であることを否定はしないが。

4.暴論に近いかもしれないが、本来ルッツはエッジ系ジャンプであるべきだと思う。

・多分、考案者のルッツがトゥをつかないと1回転もできなかったため、今のような変なジャンプになったのではないかと私は想像する。もしもそうだとしたら、3回転ルッツやフリップでエッジ判定を受けねばならない選手達は、本当に気の毒だと思う。

・仮に私の想像に妥当性があるとしたら...現在多くの選手達が行っているように、右バックインの助走をクロスして、左バックアウトに入れていく踏み切り方は、右アウトサイドからのエッジジャンプであるループと対照的であり、理に適っていると思う。この踏み切り方でトゥをつかずに跳べたなら、理想のエッジジャンプかもしれない。いわゆるトゥレスルッツなのだが...。

・右バックインのカウンタージャンプであるウォーレイやトゥウォーレイが新採点システムで評価されないことを考えても、左バック滑走のトゥジャンプで踏み切り時のエッジを厳しく見るのはバランスに欠けていると私は感じる。

5.それでも、ルッツジャンプの踏み切り時のエッジを厳しく見ることには、私は賛成だ

・ルッツは、カウンター図形を描くはずなのに、助走は直線でトゥ踏み切りといういびつな構造を持っている。なので、正確なエッジワークはとても難しいと思う。踏み切り時には上半身をしっかり保ち、空中では厳しく絞らないと降りられないと感じる。でも、だからこそ、正確なエッジワークを論じる時期に来たのかもしれない。今では、ジュニアでも3ルッツからのコンビネーションに挑戦するようになった。骨の成長発達の途上であり、大人の体をつくらないといけない大切な時期に、ポンポン跳んで良いジャンプか、私は疑問を感じる。

・むしろ、フルッツの方が体に優しい合理的なジャンプではないかとさえ思う。それがルッツとして採点されて良いものかは別だが...。

・もう一つ暴論だが...ルッツは大人のジャンプだと思う。しっかり体が出来上がってからでないと怪我をしやすいジャンプと感じる。ウォーレイはなおさらかもしれない(怖くて試したことすらないが...)。だからこそ、ルッツのエッジ判定を厳しくして、「そんなに簡単にできるジャンプじゃないよ」という共通認識を持つことは、ジュニア世代には良いことではないだろうか。しっかり跳び、降りるために、アスリートとしての身体づくりを頑張り、そして挑んでほしい。

・いつかは...3ルッツ、何を隠そう自分もそう思ってトレーニングしている。「馬鹿いっちゃ困る!」と怒られそうだが...。

(おまけです)

ルッツを踏み切るなら、足首はこの向きだと思います Cimg0460  

同じアウトサイドでも、これだと怪我をするかもしれません (多分)

Cimg0466              

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