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2008年3月30日 (日)

ISUは何を目指す

なるべく建設的な意見をと心がけてはいるが...フィギュアスケートという競技は面白みを失っていると私は感じる。

個人と個人のぶつかり合いという面では、面白い。例えば、浅田真央選手とキム・ヨナ選手の対決は今後も続くだろうし、お互いに高めあっていけば素晴らしいことだと思う。そこに、ジュニアで世界を席巻しているアメリカの若手がシニアに上がってどこまで上位に食い込むのか、それも注目する。男子でも、ジャンプ、スピン、ステップ、スケーティングのそれぞれに個性を発揮する選手達がおり、とても楽しみだ。アイスダンスも素晴らしい競技だと思うし、各国の世代交代は見守っていきたい。

しかし...シングル競技だけに語る範囲を絞るが、ジャッジングシステムの変更が重なるにつれて、観客の印象とジャッジの採点との乖離が大きくなっているのではないかと感じる。それを顕著に感じたのは、今シーズンの世界選手権。特に、中野友加里選手のフリースケーティングでの得点表示だった。演技中と演技直後は会場は大いに沸いた。スタンディングオベーションで讃えた観客も居た。だが、得点表示ではブーイングが起こった。それは、観客の評価に反したジャッジへの抗議であったと思う。演技中、観客は高評価を拍手や歓声で示したのに、採点の権威を有するジャッジがそれに反した得点しか出さなかったら...その不一致はブーイングだけで済むものだろうか?

彼女への低い得点表示は、実は、彼女を評価した観客にも向けられていると私は考えている。「あなた達は評価しているみたいだけど、専門家から見たらこんなものよ」と、電光掲示板は語っていたのではないだろうか?沸いた分だけ、得点表示で白けさせられる、そんな懸念を私は抱いている。

フィギュアスケートのマニアならば、「実はね、彼女の演技は...」と見た目の印象と表示された得点との齟齬について、解説できるかもしれない。「なんであの演技で点数が出ないの?」と大会翌日に職場の同僚に解説を求められた経験は、私にもある。あるいは、大会後に公開される採点の内訳(プロトコル)を見て、回転不足やレベルの取りこぼし、あるいはザヤックルールへの抵触などを知って納得できるのかもしれない。

でも、勝敗の理由を納得するのに、かなりの知識と時間を要するスポーツってなんなんだろう?と素朴に思う。

現在話題になっている、5種類のジャンプを跳び分けたらボーナス点加算というルール案だが、完全に観客をおいてきぼりにした案だと感じる。電光掲示板やテレビ画面の端で、既にこなした3回転ジャンプの種類を表示してくれるなら別だが、生の演技中にジャンプを見分け、5種類を全て跳び分けたか否かを理解できる観客がどれくらいいるのだろうか?これに、回転不足でのダウングレードまで考えると、単に跳び分けが見分けられるだけでなく、3回転と認定されたか否かの判断までしなくては、得点評価の予想がつかなくなる。要するに、自分の目で見た印象ではなく電光掲示板に出た点に評価を委ねるしかなくなるだろう。更に、ロングエッジ判定まで加わったら、プロトコルが公表されるまではブラックボックスに等しいだろう。

新採点システムは、採点基準の明確化を目指していたはずだ。プロトコルの公表はその意味で画期的だと私も思う。だが、採点方法の複雑化によって、演技の見た目の印象と得点の積み重ねとの乖離がはなはだしくなった。このため、プロトコルを見ないと納得できないという現象を生んだのではないだろうか?

要するに、演技中の自分の印象は信じられない。ならば、ルールを熟知し、演技中にジャッジの得点経過を推測することに精力を費やすべきか? そこまでしないと、フィギュアスケートは楽しめなくなるとしたら、どれだけのファンがついてくるだろうか? マニアには楽しい、でも、素人にはついていけない、そういう競技にフィギュアはなるのだろうか?

こと、自分で滑ることについては、このブログも私自身もマニアックだと思う。少なくとも、観ることを楽しまれる方には、このブログは全然面白くないし、つまらないと思う。申し訳ない話だが...。だが、浅田真央選手の笑顔、それには理屈はいらない。彼女が跳び、滑り、回る、それだけでワクワクするし、幸せになれる。スポーツというのは、本来はそういう自然な心持ちに訴える楽しみなのだと思うのだ。あるいは、ジュベールの頑なまでなこだわり、高橋大輔選手の真摯な艶やかさ、そういう個性が爆発したところにスポーツの醍醐味があるのではないだろうか。

だからこそ...e判定をものともせずに真央選手が世界チャンピオンになったことには意義があると思う。あるいは、最後の粘りでコンビネーションジャンプを跳んでしまったがために表彰台を逃してしまった高橋選手に空しさを感じる。そう、空しいと私は思う。あの時点でコンボやシークエンスの回数制限なんて、計算しても空しいだけだ。たとえ0点だとしても、より高得点を目指した高橋選手の頑張りに、私は心から拍手を送りたい。

だが、ルールが複雑になれば、そういう個性は排除される方向には行かないだろうか?観る方も大変だが、滑る方はもっと大変だ。高得点を生む出すアルゴリズムを見つけ出し、それをトラブルなく実行できる、そういう努力ができるスケートマシーンが勝つ、そういう競技にはならないだろうか?結局のところ、ISUはジャッジングシステムに適ったプログラム通りに演技する、正確なプレーヤーを求めているのかもしれない。不測の事態、例えば転倒とか、回転不足とか、あるいは特別な拘りを持っての挑戦とか、そういうものはフィギュアスケーターには要らないということなのだろうか? だったら、演技内容は全競技者同一なものとして、スタンダードに一番適合した演技者を優勝にしたら良いと思う。コンパルソリのような感じで。

もう少し突っ込むと、フィギュアスケートの文化がそれを要求しているのかもしれない。よく目にする「癖のないジャンプ」 あるいは 「基礎がしっかりしている」 そういう欠点のない演技をするものが理想とされる文化をフィギュアには感じる。でも、人は本来そういう存在なのだろうか?”無くて七癖”は、人のあり方を示唆する真理だと私は感じる。悪い癖は直すに越したことはない。それでも、「無くした」と思ってもまだ七つも残っているのが人間ではないだろうか? 基礎にしても、それは永遠に追求するものであり、誰が十分と言える領域に到達し得たであろうか。逆に言えば、各国の代表とされる選手達は一定の技術レベルを有しているはずであり、それらの選手達に基礎的技術の有無を問うのはあまり意味がないとも思える。

結局のところ、欠点が無いようでも実はある、あるいは欠点がありつつもそれを赦してもらえるだけの魅力も有する、それが人間ではないだろうか。だから、エッジが間違っているだとか、全てのジャンプを跳べないといけないとか、そういう文化はあまり人間的ではないと私は考えるのである。

予測できるのは、フィギュアスケートでは、人間的なドラマが生まれる余地が狭まるだろうということだ。もちろん、まだ何も決まっていないし、今後の決定次第では、観ている側も滑る側との感動を共有できる競技であり続けるかもしれない。そのためにも、心配しているのは、ISUが何を目指してルール作りをしているか、ということである。ルールの複雑化は観客の期待を裏切る結果を招きかねない。楽しむためには、高度な見識と努力を要するというのであれば、マニアのためのスポーツから脱することはないかもしれない。そして、滑る側も人間であるという単純な事実、これは決して忘れてはならないと思う。

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思うこと」カテゴリの記事

コメント

難しいことだと思います。
たしかに、個性やおもしろみが減った感じがしますが、
逆に、過去に疑問に思っていたところ、
たとえば、「エッジがおかしいのに、同じ点数てどういうこと?」とか、「回転不足で同じ3回転って・・」とか「スピンやステップが適切に評価されていない」とかいうのが改善されている面もあります。選手としては大変でしょうけど。
新しいルールが生まれれば、それに対応するためみんな同じようになってしまうのは、ある程度仕方がなく、むしろ、厳しいルールの中、いろいろと工夫チャレンジしていくことが大切なのでは無いでしょうか?
そういう意味では、大輔の「スワンレイク」は一つの答えになっていると思います。
考えても見てください、
日本の俳句は、世界でもっとも厳しいルールを持った詩ですが、あのルールがあったからこそ、あれだけ俳句は発展し、世界に誇る文化芸術となったと思います。
それと同じでは無いでしょうか?
また、
以前より、「観客優先」の考え方に疑問を持っています。
「観客優先」「わかりやすさを優先」「テレビ放送を優先」するため、競技そのものの本質が失われている前例が他の競技でもたくさんあります。
「コンパルソリー廃止」もその悪い前例の一つでしょう。
個人的な意見としては、「その競技の一番を決めるのに一番いいルールは何か?」だと思っています。
フィギュアスケートは、「スケートが一番旨い人を選ぶ競技」です。
表現というのは、スケートの技術を使って音楽をどう表現するのかということです。
もし、スケートの技術がつたなくても、客受けがいい人が上位に立つようなルールだったら、わざわざスケート靴を履く必要は無いはずです。
ちなみに、
中野選手がそうだという意味ではないですよ、念のため。
もちろん、今のルールがベストだとは思っていません。
あまりに、失敗に対する罰則が思い気もしますし、
たぶん、作った人たちも、こんな風になるとは思っていなかったんだと思います。
最初は、「スピン・ステップが得意な選手も評価できるように」と工夫したと聞いています。
まだまだ、発足してから、歴史の浅いシステムです。
だからこそ、毎年の様にルール改正が行われています。
もうすこし様子を見てもいいのでは無いでしょうか?
まあ、気持ちは分かります。
私も6点満点時代のプログラムの方が好きでしたから(笑)
長文で申し訳ありませんでした。

yuuji0502さん、コメントをありがとうございました。

幸いココログはコメントの字数の制限がないので、心置きなくコメントを書いて下さい。私もかなり長文の癖がありますし...。

お考えについては、心から同意できるところと、お互いの視点が違うなと感じたところがあります。だからこそ、感謝します。「うん、うん、そうなんだよね」という意気投合も大事ですが、やはり視点の違うもの同士が「あ~でもない、こ~でもない」と意見交換できるのも楽しいと思います。

喧嘩にならないように注意しないといけませんが...(古傷が...)。

心から同意できるのは、

>>新しいルールが生まれれば、それに対応するためみんな同じようになってしまうのは、ある程度仕方がなく、むしろ、厳しいルールの中、いろいろと工夫チャレンジしていくことが大切なのでは無いでしょうか?

                   というご意見です。

やはり、高得点を得るためにエレメンツの構成などは似通ったものになるのは仕方ないと思います。レベルをとるためには、あまりに細かい条件をクリアせねばなりませんので、雛形となるエレメンツ(これならレベルがとれるという模範)を組み合わせて、それに曲や演技者が合わせていくという方法が現在なのかもしれません。

でも、挙げられました高橋選手の「白鳥」のように、厳しい要求に応えつつも個性も発揮できる演技が生まれつつあるのかもしれませんね。俳句や短歌のようにエッセンスを究めていけるかはわかりませんが、楽しみにしていきたいですね。

あと、競技の本質が失われてはいけないというのは、本当にその通りだと思います。

私自身は、フィギュアスケートが多くの人達に理解してもらい、愛してもらえるためには、現在のメディアの路線を肯定します。むしろ、もっとわかりやすく、明快な放送が望まれるのではないかとも感じます。

(ちょっと余談ですが、ご容赦下さい>yuujiさん)
民放のアナウンサーについて、批判的な意見を散見しますが、もともとキャラクターで売り出しているところもありますので仕方ないと、私は考えます。ですので、BS放送では場内音声のみとして地上波と区別したフジテレビに賛意を送りたいです。塩原アナは、地上波放送の役割を理解したプロの仕事をしていると思います。私はそう感じます。


それでも、フィギュアとして大事にしなくてはいけない、守らねばならないものもあると思います。yuujiさんの立場では、コンパルソリがそれなのかもしれません。私は、コンパルを競技から除いたのは良かった(観ていてもつまらないので)と思うのですが、それでも、コンパルソリの精神というか、エッジワークを磨くことの大事さは守らねばならないと思います。

あるいは、ロングエッジのルールも、総論は賛成です。微妙なエッジの使いかたでジャンプの種類が変わる、それもフィギュアスケートの醍醐味です。各論的には色々ありますが...。


反対に、観る側をおいてきぼりにしてはいけないというところで、yuujiさんとはちょっと違う考えになるかなとも感じました。

理想は、素人でも楽しめる、でも奥深さがあってマニア(表現がきついかもしれませんが、ご容赦下さい)にも見応えがあるというものだと考えます。ですので、ルールと氷上の演技とを橋渡しするツールがもっとなければならないと思います。e判定やダウングレードがリアルタイムに把握できないと、「ノーミスなのになぜ点が伸びないのか?」という疑問をもったままその日を過ごさねばなりません。そういうスポーツって、他にもあるのでしょうか?それとも、フィギュアのユニークな点として前向きに考えるべきか、実は悩んでいます。ブログのネタ的には助かるかもしれませんが...。

あるいは、ジャンプが揃ったならボーナスというルールができるのなら、認定されたジャンプの種類をリアルタイムに表示する、そういう観る側にフレンドリーな配慮が求められると、私は考えます。例えば、野球で審判がストライクとかボールとかをコールしてくれない...。あるいは、電光掲示板に出してくれない。そういう中でカウントだけが進んで、いきなり「アウト!」と宣告される、それじゃぁ、観る側は(もしかしたら打者も)たまったものではないと思います。

せっかく、得点基準の明確化が進んだのですから、できるだけリアルタイムに表示してくれたらと思うのです。それが果たされないままに、ルールだけが複雑化することに、私は不安を覚えます。

ここまで記して気付きました。私は、現行のルールそのものを批判したいのではなく、そのルールに沿って点数が出されるプロセスが、観ている側にわからないことに不満を持っているのだと思います。

複雑なルールゆえに個性を出しにくいという批判については、yuujiさんがおっしゃる通り、高橋選手の「白鳥」など、その批判を覆す例も出始めてます。ちなみに、Hip Hop、私も習い始めました。ジムでの週一回のプログラムですが...。まぁ、年寄りの冷や水になりかねませんが...。

高難度のジャンプ以外にジャンプで評価を出すことは、複数の基準の並存になりますので、優劣がつけにくくなります。でも、戦略やプログラムの妙を考えるなどマニア向けの楽しみ方を拡げる可能性はあります。マニアックに傾くのはまずいのですが、素人にもフレンドリーならば、奥深さはあった方が楽しいと思います。ただ仮に、演技を観ながらTSのコールもわかるようなツールがあっても、それが本当に観る者に有益なものかは自信がありませんが...。

>>フィギュアスケートは、「スケートが一番旨い人を選ぶ競技」です。

非常に明快な基準だと思います。世界の流れはそちらに向いているのではないでしょうか。むしろ、新採点になったからこそ、この基準が明確になりつつあるのかなと思います。旧採点では、強烈な印象を与えた者が有利だったとも思えます。

ただ、スケートでも特にフィギュアにおいては滑る他に、跳ぶ、回る、踏むという要素がありますし、それを土台にして演じなければなりません。ですので、「上手さを競う」といっても、採点対象が多岐にわたり、基準が複雑になるのは、やはり仕方ないことなのでしょうか...。

>>だからこそ、毎年の様にルール改正が行われています。
もうすこし様子を見てもいいのでは無いでしょうか?

おっしゃる通りだと思います。6月の総会でまた、動きはあるでしょうし、どんなルールでもその縛りを超えて感動を生む選手達は出てくるのでしょうね。

むしろ、yuujjさんが記された通り、本質を忘れた安易なルールになびくことへの注意は頭に置いた方が良いのかもしれません。例えば、柔道衣のカラー化の是非、あるいは、バレーボールでのラリーポイント制の導入などが気になります。両方とも否定しているわけではありませんが。

なんとなく、頭が整理できた気持ちがします。
若干一人相撲なところもあり、すみませんでした。

コメント、ありがとうございます。
また、よろしくお願いします。

お返事ありがとうございます。
わたし、理屈っぽい達なので、
喧嘩にならない程度の論議は大好きです(笑)
日本人は論議=喧嘩のイメージがあるので、なかなか意見を言いにくいのですが、個人的には、異論・反論することはとても大切だと思います。
なので、ねくすとさんのお返事はとても嬉しいです。

あと、
民放に対する考え方が、最近変わりはじめています。
スケートを知らないに興味を持ってもらうためには、
ああいう演出は仕方が無いかなぁと思うようになりました。
そう思うと、最近腹が立たなくなってきます。

面白いなぁと思ったのは、
画面の端っこにエレメンツが表示されているのですが、
表示するかしないかを、任意で決めることが可能なんですね。
あ、これはいいなぁ。と思いました。
素人、玄人、両方に配慮がされていて、好感が持てました。
あと、これで、もう少し男子の放送が増えてくれるとありがたいんですけどねぇ(笑)

>yuuji0502さん

お返事をありがとうございました。

文章を拝見しても、あまり理屈っぽい感じはしないのですが...。ホットな雰囲気を感じております。でも、色々悩み、考え、そういう体験から出てきた言葉なのかなとも思います。

>>日本人は論議=喧嘩のイメージがあるので、

そうなのかもしれません。私も議論が上手ではないのですが...。

でも、このブログでもスリーターンを捻るか否かでコメントを下さった方がいらっしゃいました。私の立場と少し違うご意見のように思えましたが、非常に勉強になりました。今回、中野選手のスリーターンを間近で観ることができましたが、「ああ、やっぱりその方の言うとおりだ」と思いました。自分の意見を否定するわけではないですが、立場の違うもの同士の意見交換は、とても良い実を結ぶことがあると思います。

>>スケートを知らないに興味を持ってもらうためには、
ああいう演出は仕方が無いかなぁと思うようになりました。
そう思うと、最近腹が立たなくなってきます。

そういうお言葉をうかがうと、なんだかホっとします。
この事柄については、沢山の後悔を背負っておりますので...。私自身も、今の放送スタイルが無問題とは考えておりません。ただ、子供達や一般の方々の目線を想像すると、インパクト重視のキャッチーな路線は仕方ないと思います。ほんと、「仕方ないのかなぁ...」という気持ちが正直なところです。

「○○選手、いよいよ登場」というようなテロップは、蕎麦屋の出前での「今、出ました」程度に考えています。

でも、ファンの方々の意見があればこそ、少しずつ放送も工夫がされているのではないでしょうか?いつまでも、”ミラクル真央”とか”ステップ王子”でもないと思いますし...。ああいうVTRからも貴重な情報が得られるので、嫌いでもないのですが...。

教えて下さった、エレメンツ表示の選択は、地デジ放送でのことでしょうか?実は、私は存じませんでした。とても画期的な配慮ですよね。フジやテレ朝がBSやCS放送でのスタイルを変えてきていますし、是非、一般の方々にも熱心なファンにも支持される放送スタイルを見つけていってほしいです。

>>あと、これで、もう少し男子の放送が増えてくれるとありがたいんですけどねぇ(笑)

ほんとうですね。実は、男子の方がタレント揃いではないかと思いますし。東京ワールドでのランビエール→ジュベール→高橋→バトルの争いは、今でも繰り返し観てます。あれがあったからこそ、イェーテボリでのバトルの勝利が輝くのかな...と。

あと、ダンスにも注目してほしいなと思います。あんなに華やかで躍動感がみなぎるスポーツって、滅多ないと思います。CSでフィギュア専門チャンネルをつくってくれたら、すごく嬉しいのですが。

字数ばかりで読みにくいブログですが、今後もご笑覧いただけたら幸いです。

P.S.名古屋フィギュアスケートフェスティバルで、柴田選手が”イルミネーション”で演技をしていました。

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