2009年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

2009年7月 4日 (土)

「鐘」に感じること

浅田真央選手の今シーズンのFSがラフマニノフの前奏曲第一番Op3-2「鐘」に決まったことはネットで知っていたが、どんな曲なのか聴いたことがなかった。今日はオフの日で時間があったので(前のエントリーに貴重な時間を使いすぎたが...)、聴いてみた。

曲自体は、名曲とネットで紹介のあったとおり、ピアノの音の余韻と輪郭とが絡み合う、素晴らしい曲だと思う(ピアノ曲は苦手なのだが...)。ただ、競技スポーツで採用されてしかるべき曲なのかという点で、疑問が残る。

真央サイドが何を目的として今シーズンに臨むのか、それによってプログラムの評価が変わるかもしれない。

観客との一体感で盛り上げて点数をあげていくつもりなら、こういう雰囲気の曲はまず選ばないと思う。シーンとした、咳ひとつ許されないような緊張の中で選手の一挙手一投足に注目させるのなら、この曲がふさわしいのではないかと思う。でも、演技が終わって緊張から解放された感動は、果たして点数に結びつくだろうか?緊張を呼び込む曲で観客を沈黙させるよりも、どんな曲であっても観客の方が固唾を呑んで見つめずにおれない、真央選手の魅力はそこにあったのではないか?

振付は、しやすい曲だと思う。音と音との間にステップやスケーティングを入れていけば、表現のスキルはあげていけるだろう。スピンも入りやすいと思うし、腕の使い方に余韻を残せれば、不協和音は演技の印象を高めると思う。

でも、ジャンプはどうだろうか?もちろん、入れることは可能だが、おそらくは、演技にアクセントをつける大きめのステップという位置づけになり、ジャンプそのもので魅せることはできないだろう。いわゆる、トータルパッケージ、作品全体の仕上がりで勝負という感じだと思う。

そうすると、トリプルアクセルはどうなるのだろう?

ここで一発! もう一つ!! というノリが許されない曲だと感じる。

おそらくは、冒頭の”ダ~ン!”と打つ部分で二つ入れるのだろうけど、音とジャンプの質・タイミングとが余程あわないと、チグハグな印象を与えるのではないかと危惧する。逆に、3Aを含むジャンプをことごとく、ステップを踏むように、曲調に合わせて決めたとしたなら、それは神の領域かもしれない。鬼門となるか、天国への門となるか、全くわからないが、プログラム中のジャンプの扱いが今シーズンの真央選手の運命を決めるように思える。

全くの想像だが、ここまで真央選手を追い込んでいるのは、キム・ヨナのPCSの高さかもしれない。ありきたりの曲では、彼女を越えることができない。限界を極限まで高め、考えられないような超絶技巧を曲に篭めなければ、PCSで負けてしまう。そういう真央サイドの切迫感を、「鐘」から感じた。

このエントリーの最初では、競技スポーツで採用されてしかるべき曲なのかという点で、疑問が残ると記したが、勝つための極限への挑戦だとしたら、それもスポーツなのかもしれない。ただ、次善の策を考えられるだけのゆとりも必用だと思うが...。もしも、このプログラムが思うように仕上がらず、ミス込みでの演技を余儀なくされたら、歯車の狂いは増幅されるかもしれない。昨シーズンの世界選手権で、キム・ヨナはおろか、ロシェット、安藤にまで遅れをとった結果の再現も考えられる。

目指すのは一番なのか、それともトップスリーなのか、あくまでもキムとの勝負にこだわった場合、負うリスクは高すぎるかもしれない。

あるいは、シーズン途中でFSを仮面舞踏会に戻し、エレメンツが限られているSPは勝負しやすいものにするというオプションもあるかもしれない。 (というか、「鐘」をSPにして、仮面をFSの方が私は良いと思うのだが....「仮面」違いだが、タラソワにはゲンの良いタイトルだし...) 勝負前での曲目変更が奏功したケースとしては、トリノでの荒川選手もある。もっとも、コーチまで変更というオマケは勘弁してほしいが...。

結論を言えば、神演技をしなければ、オリンピックで勝てないという真央サイドの切迫感を思わせる曲だと思う。でも、伝説が生まれるかもしれない。浅田真央とキム・ヨナ、名勝負を期待したい。

セカンドインパクトを小学生に経験した学生達

昨夜、レイトショーで”ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破”を観てきた。

ーーーーーーーーー以下、モロ ネタバレですーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー以下、モロ ネタバレですーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーー以下、モロ ネタバレですーーーーーーーーーー

その2日前の水曜日にも観たので、2回目だった。初めて観た時の感想は、なんだかわけわからん...だった。事前予告などは全然観ておらず、今回の新劇場版:破でどこまでストーリーが進むのか予想がつかなかったので、物語の全体像をつかむだけで、水曜日は終わってしまった。でも、映像と音響の造り込みは素晴らしく、迫力ある動きが大スクリーンから迫ってくるのは、やはりアニメ映画の醍醐味だと思う。だから、消化不良で終わった水曜日のうちに、日をおかずに見直すことを決めていた。

興味深かったのは、上映後のお客さんの反応。「全然違ってた」とか、「夢オチで終わるとかにならないよな...(四部作の結末についての予想だと思われる)」、「途中で気持ち悪くなった(女性の声)」などがチラホラと聞こえたが、多くの人たちが神妙な面持ちで静かに出口に向かっていた。およそ、デートには向かない映画だと思う。

”今日の日はさようなら”のところに至っては、観客への精神攻撃か?と思うくらいにダメージを感じた。映像そのものはエヴァだから許容できるが、小学生時代を思い出すであろうBGMをああいう場面で使わんでほしいと思う。二回目では慣れたが...。

”序”は、スケート仲間だった方や、A様と観に行ったりもしたが、”破”はお独り様向けの映画だと思う。せっかく誘ったのに感想が、「気持ち悪い」では申し訳ない。お互いにエヴァを知り尽くしているカップルとか...あるいは、熱狂的な綾波ファンとかなら別かもしれないが(昨年度の卒業した学生で一人居た。雰囲気が似ていると言ったら喜んでいた...レイに似てるって嬉しいことなのか今でも疑問だが...)。

2回観てディテールが少しわかってきた。あと5回は観るつもりだが。

”序”もそうだが、”破”でも映像が暗めで展開が速いので、使徒やエヴァのフォルムがわかり辛い。仮設5号機と第3の使徒との戦闘は、余程目をこらさないと、5号機の義手パーツや脚部の形を把握することができない。というか、予備知識がないと、とてもじゃないけどこんな姿(リンクはこちら)だなんてスクリーンから想像することはできないだろう。使徒は、ワケわからな感が不気味さを煽るし、どうせ色々な形に変化してしまうのでカタチはわかり難くてもいいけど、主人公であるエヴァのわかり難さは「何度でも劇場に足を運んで、繰り返し観て理解してください」という、営業的な戦略ではないかとさえ思ってしまう。

その戦略に見事にはまり、何度も劇場に足を運ぶつもりだが...。

二回目でやっと、第3の使徒のコアをつぶすと同時にエントリープラグが射出され、その直後に5号機(仮設)は自爆するという流れを観ることができた。初回は、なにがなんだかわからなかった。ついでに言えば、第10の使徒との戦いでも、ビースト化した2号機がATフィールドを破り切って0号機がN2航空爆雷(かな?)をコアに貫こうとするが、その直前に使徒はシールドを閉じてしまったので、2号機と0号機の連携がフイになり、0号機が捕食されるに至るというのも、なんとかわかった。ここも、初めて観た時には全然わからなかった。ただ、素体が晒された0号機があっという間に喰われたことに衝撃を受けるばかりだった。

そして、0号機(+レイ)を取り込んだ第10使徒がネルフ本部を攻撃した衝撃で転んでしまうシンジが、もう一度立ち上がる場所、あそこは、加持のスイカ畑だったのだろう。「ミサトを守ってくれ。それは、君にしかできないことだ。」と、焼けた蛇口が語っていたのに、2回目で気づいた。

最後だが...エンディングのクレジットも流れ切った後で、今回上映分のストーリーの結末に至るのは、いかがなものかと思う。カヲル君光臨で初号機によるサードインパクトが止められるという、肝心な部分を、クレジット途中で退席したお客さんは観ないままになってしまうではないか。もちろん、次回予告の「サービス サービス」が終わるまで席を立つ人はいなかったけど、”破”をひとつの作品として観た時には、終わり方の半端さが気になる。カヲル君に至っては、一度も名前が出てこないし。渚カヲル=使者オワリ=タブリスという設定は、新劇場版でも生きているのだろうか?名前が出ていないのだが...。

で、結局、そのあたりのことが気になって”Q”を待つのだろう。カネゴンとか出る予定はないですよね?

気になるといえば、初号機がシンジだけでなく綾波も取り込んだままで凍結と、次回予告で言っていたけど、そりゃなんじゃ?と思った。綾波とユイとの関連がいまひとつわからないのだが、雰囲気的には拒絶するんじゃないかと...。シンジとレイとの邂逅自体が仕組まれたものだったのを考えると、二人を巻き込んだ凍結にカヲルがどう絡むのかが気になってしまう。特に、「今度こそ君を幸せにしてあげる」というのは、旧世紀版での人類補完計画の失敗を意識しているのかな...と。時系列的には旧世紀版と並行しているはずだけど、実際には、旧世紀版を前提にして、この新劇場版を進行させているフシがある。未だに名乗っていないけど、カヲル君のことを観客が知っているのはお約束のようだし...。

結局、私達の視点は、加持のようなものかもしれない。

新しい世界に適応せねばならないのだが、旧い世界への思い出も捨てきれない。新劇場版はそれとして楽しみにしているが、旧世紀版との比較も楽しみたい。そういえば、”破”では携帯電話を当たり前のように使っており、”序”で大活躍だったカード型公衆電話は姿を消してしまった。”Q”では、スマートフォンとか登場するのだろうか?

旧作との比較やそれによる今後の展開予想ができるのも、私達が旧・新の両方に関する情報を持っているからである。もちろん、”Q”以降の情報は無いに等しいが、”序””破”と積み重ねた蓄積は大きい。そこに、旧作の知識を補完しながら、新しいエヴァ世界を脳内に構築しているのだろう。私達は、エヴァの世界では海が赤いことを知っているし、南極大陸が消滅してえぐれていることも了解している。でも、加持が語っているように、昔は海が青かったこと、磯や潮の香りに満ちていて、生物の営みがそこで育まれていたことも体験している。

同様なことだと思うのだが、今の学生達を見ていて非常に不安を覚えるのは、アナログ世界を知らないゆえの脆弱さである。

物心つき始めた頃にはコンピューターが世間にあった彼らの思考がデジタルかと問うなら、決してそうではないと私は言いたい。むしろ、思考パターンは非常にアナログチックであり、ドライな割り切りが苦手なようである。論理性に欠けるとも言えるが...。

私が指導している学生達は、学業のレベルでは高い水準を維持していた人たちばかりのはずだが、コンピューターには親和性を持っていないようである。実習の指導をしていて一番苦労するのは、情報処理をパソコンベースでできないことである。ワープロに打ち込んだり、エクセルに入力することはできるのだが、そこから抽象レベルの概念を抽出していく作業をパソコンを使ってできないのである。あるいは、エクセルで表を作らせようとしても、真っ白な画面にレイアウトを考えることができずに途方にくれている姿をよく見かける。

現在大学生である彼・彼女達は、エヴァの世界観で言えば、ジオフロントがセントラルやターミナルといった深化の構造になっているとか、あるいは24層の特殊装甲とか、更にはエヴァのエントリープラグ内の深度によってエヴァのパフォーマンスと精神汚染リスクとが増していくという、多層的構造を理解することは苦手だと思う。そういう、物事を構造として把握し、自分でも語っていくという訓練をあまりしていないようなのだ。

逆に考えると、私達はなぜ、エヴァ的世界構造を容易に受け入れることができるのであろうか?これは、少年期の頃から荒唐無稽な空想を頭に描く習慣があったことと関係があるかもしれない。しかも、荒唐無稽でありつつも、構造はしっかりとしており、その世界ならではの論理を了解してもいた。なぜなら、与えられた世界観は、大の大人が真面目につくりあげたものだったのだから...。

たとえば、マグマ大使、地下にはアースの基地があり、それは巨大ロボット人間が待機できる巨大空間であることを幼稚園の頃から知っていた。あるいは、ウルトラマン。なぜかは知らないが、宇宙には遠い星ぼしの危機を救ってくれるボランティア組織があり、兄弟間や親子間といった世代的な序列があり、それは(スポンサーがつく限り)拡大していくものであることも、子どもながらに理解していた。仮面ライダーにしても、まるでパラレルワールドのように悪の組織は幾つも並存しており、それに対抗してヒーローは何人でも生まれるし、シリーズを重ねるにつれて悪の組織は、更なる上部組織のもとで改変をしていくという、後付設定の摩訶不思議さをも柔軟に理解していた。

テレビを通して学んだのは、テレビの世界には、画面では満足に語られないけれども複雑な世界観(=制作上の設定)が背後にあるということであった。それらを子どもながらに受け入れ、一生懸命理解することで、現実的には在り得ないはずの、複雑な概念を当たり前のようにしてきたのだと思う。テレビや関連雑誌から仕入れたその手の知識を、口角泡を飛ばしながら友達と話してきた。そういう知識を雄弁に語れることがステータスであったとも言える。今思えば、すごい思考訓練だったかもしれない。

もちろん、今の学生達に友達付き合いとか、コミュニケーションスキルが足りないといいたいのではない。そんなつまらないことを言っても仕方ないし、彼らはそういう訓練の経験は十分受けている。自分が大学生の頃に比べても、今の学生達はセンシティブであり、ナイーブに思える。だから、礼儀正しいし、社交的でもある。

でも、抽象的な概念を生み出したり、操作したりする訓練には乏しいとしか思えない。現象を理解するためには欠かせない、物事を部分レベルで吟味しながら自分なりに構築していくという思考の訓練に関しては、苦手なのかなぁと感じるのだ。見たものを見た通りに表現したり、教わったものを教わったとおりに記述することはできる。あるいは、感じたことを素直に言い表す時には、生き生きとした表情もみせる。でも、そういう感想や既存の知識を一時留保して、物事を自分の脳内で組み立ててみる作業は、できないのだ。

具体例を言えば、心不全とその症状は勉強すればわかる。チアノーゼという現象がどんなものかも理解してくれる。でも、「心機能の低下によって体内の酸素化が不十分なために、末梢でチアノーゼが出現するのではないか?」という、”酸素化”という概念をイメージするのがどうも苦手なようだ。もちろん、この概念についてもできる限り説明を試みる。だが、私の知識の不足もあり、具体的記述のレベルでは、酸素化という概念を学生達がストレートに理解できるほどにはしっかりと説明できないのだ。申し訳ないのだが...。ここは、酸化ヘモグロビンが酸素を必要としている臓器に十分に供給(=運んで)している状態をイメージしてもらうしかない。この場合には物流のイメージが良く、例えば、以前は高速道路で遠隔地まで供給できていたのに、今は高速道路に渋滞が生じてしまって届くのに遅れが出てくるようになったとか...だが。

こういうビジュアルイメージが得意な世代と、苦手な世代があるように思える。いわゆるテレビっ子世代と、活字で空想を広げたそれ以前の世代ならば当然かもしれないのだが、現代の大学生世代がビジュアルを苦手とするのは、なぜなのだろうか?おそらく、彼らは、LCLが口や肺だけでなく、パイロットの手足や脳内にまで満ち満ちていくという充実感を、エヴァの映像からイメージすることはできないのではないか、とさえ思ってしまう。見たものをそのままでは感じるのだが、そこから現実世界へと発想を応用させるように仕向けても、反応が芳しくないのだ。

仕事との絡みで、その原因を色々と探っていると、彼らがセカンドインパクトの時に小学生であったことが大きいのではないかと思うに至った。この場合のセカンドインパクトとは、1999年のiモードサービス開始をはじめとした爆発的なIT化のことを言う。

現在20歳(大学2年生くらい)の人たちが10歳(小学4年生くらい)の時に、iモードをはじめとして、IT化の流れは奔流となった。インターネットそのものは、1995年のウィンドウズ95発売の頃から一般に普及していたが、ネットやメールが当たり前になった決定的な要因は携帯電話からのネット接続だと思う。だから、小学生の時からITの洗礼を受けてきた今時の若者は、思考や意思決定のツールとしてIT機器をバリバリ使えてしかるべきなのだと思う。ところが、少なくとも私が知見する限りでは、彼らは私達、旧世代以上にデジタルオンチなのかもしれない。「パソコンは苦手」と言う学生達の多いこと。実際、彼らのメモリスティックを見せてもらったりすると、壮年期のパソコンユーザーのように、あらゆるファイルがごちゃごちゃに詰め込まれている。階層フォルダによる分類が得意でないのだろうか(このあたりの実態は、是非調査したい)。

気の毒なのは、彼らが受けた教育なのだろう...。

いわゆる、ゆとり教育については語らない。不愉快なので。

ただ、おそらくはいっそう不愉快だろうけど、初等・中等教育での教員の質(デジタル文化だけに限るが)に問題があったと推測している。

デジタル機器に関しては、小学校時代に算盤(あれだって立派な計算機だし、非常にデジタルなアルゴリズムを持っている...と思う)しか教わらなかった私達の方がマシだったのではないか。実際にはデジタルディバイドの被害者なのかもしれない教師達から、中途半端にパソコンやIT技術を教わる破目になった子達は、本当に気の毒だと思わずにはおれない。

私達にとっては、パソコン(その前はマイコン)は夢の機器だった。中学・高校生の頃、友達と自転車でマイコンショップめぐりをして、ピカピカのキーボードに触った時のドキドキ感は、今でも覚えている。ショップに行けば似たような仲間達と出会えた。今のスケートリンクのような場所だった。

父が勉強用に買ったPC-8801を触らせてもらい、BASICの本を読んで動かしてみた時の楽しさも忘れられない。誰も教えてくれなかったから、自分でしたいように勉強し、頭を全力疾走させながらフローチャートを思い描き、そして自分のものにしていった。エヴァで言えば、貪欲に捕食し、取り込んでいったのだ。そういう独学で、タッチタイピングやフォルダ内へのファイル保存、書式設定など、初心者が苦労しがちな課題をクリアしていった。

でも、パソコンが当たり前の時代になるにつれて、パソコンは学校やスクールの教材、そして科目になってしまった。理科や算数みたいなものと同じなのかもしれない。実際、九九ができないと社会で生きにくいように、パソコンも初等教育で馴染んでおいた方が良いのかもしれないが、多分楽しくなかっただろう...。そういう感想を学生達からきいたことがある。しかも、教える教員も、パソコンに触れたのが社会人になってから(1999年に45歳だとすると、8ビットマイコン全盛の1980年代前半には30歳に手が届いていた。40歳を越えてからWIN95にワクワクできる大人は、どれくらい居るだろうか?)としたら、義務感で教えていたのかもしれない。今のようにパソコン教材も充実していなかっただろうし...。

結局、彼ら、IT化の爆発的膨張という、セカンドインパクトの渦中に小学生であった世代は、ITのスキルで言えば谷間に位置するのではないかと危惧する。私達のように、誰からも教えられずにパソコンを友達やビジネスパートナーとできた世代、そして本当の意味でのチルドレン達(1999年以降に生まれ、IT環境が整備されたなかで初等教育を受けられた世代)のはざまにあり、パソコンを苦痛に満ちた電子算盤、あるいは不恰好で時代遅れの大型ケータイとしてみているとしたら、こんな不幸なことはないだろう。

「勉強は楽しくないと身につかない」と、学生達には常々言っている。発想を豊かにしてほしいので、テレビを見るように、マンガを見るようにと伝えている。本ばかりでは、情報の間口は狭くて仕方ない。読まないのもマズいが...。大体、「本を読め」と言う大人達は、テレビのない世代に育ったのだから、彼らの言うテレビ有害説はあてになるわけがない。テレビを知らない子供達だった大人よりも、テレビから豊かな世界を教わり、映像から目には見えない世界観を頭に描く訓練をさせてもらった私達の世代こそ、テレビの有用性を語るべきではないだろうか?

実際、そういう世代のクリエーター達が幅をきかせているし。

「結局、私達の視点は、加持のようなものかもしれない。」と先に記したが、2015年に30歳となる加持に近いのが、2009年に成人となった現在の大学生達であろう。ただ、加持はセカンドインパクトの時には思春期を迎えていた。衝撃の影響は後の人格形成に傷を残しただろうが、起こってしまった事件の前後を客観的に捉える視点は持っていたのかもしれない。反面、現実世界でのセカンドインパクトである1999年以降のIT化については、現在の大学生達はその前の世界を知らずにいる。彼らは、コードにつながった黒電話も知らないだろうし、レコードも知らない。物心ついた時にはパソコンは当たり前であり、学校で習う課題であった。放っておけばすぐに時代遅れとなり、使い物にならなくなる学校の備品に魅力を感じろという方が無理だろう。混乱の渦中を、前の時代と比較して受け止められた世代と、全然理解できないままに進まされた世代...。加持との4歳の違いは、実は途方もない世代間ギャップを生んでいるかもしれない。

私自身は、2015年には50歳になる予定であり、世代的にはゲンドウとほぼ同じである。旧世界からの変貌を受け入れ、身を施す術も考えてはいる。おそらくは、現在も、今後も手足のようにIT機器を使っていくだろう。「使いこなせるか?」は別だが、要求されている仕様やスペックに応えねばならないとも思わない。私にとってパソコンは、コミュニケーションツールであるのはもちろんだが、それ以前に、思考支援ツールである。自分で考え、思考としてまとめ、表現する。そのための機器であり、そのためのスキルを人からではなく、自分で学んできた。そういう自負がある。

そして、現在小学生である、本当の意味でのチルドレン達、彼らがIT機器にスイッチを入れている現在は、教育環境も充実しており、ちょうど私達が家電製品を当たり前のように使っていたのと同じ、あるいはそれ以上に自在に機器を使っていくだろう。今年高校生になった甥のプレゼン作品を見ていると、内容の若々しさは置いておくとしても、表現の巧みさと精緻さには驚きを覚える。手足どころか指先としてパソコンを使い倒している。今の大学生達のどれほどが、高校生になったばかりの甥以上のスキルを持っているだろうか?これこそ、個々の才能というよりも、世代間ギャップによるものだと思う。子供達にとっては、1999年付近の1年の違いは、その他の時代の5年の違いに相当するかもしれない。あそこには、明らかに爆心地があったようだ。初等教育の質の違いは、これから大人となる人たちにとっては大きなディバイドとなるのではないかと心配している。

さて、少しエヴァ脳から離脱して、現在指導している学生達のことだけに絞るが、私がやらなねばならないのは、IT化の流れへと慣れていくための支援であろう。私の専門である、老年看護学の領域でもIT環境を整備したうえで仕事するのは当たり前である。私と同じくらいの女性スタッフでも、自在に文書や表を作成するし、報告書はサーバーから書式を呼び出してくる。そういう、業務上の作業に違和感を覚えないのは当然だが、学問として看護を学ぶ以上は、思考支援ツールとしてデジタル機器を使えねばならない。

自分の頭の思考を見えるカタチに表現できないとしたら、何のための学問なのか?

.例えば、他者にわかってもらうために、どんな情報を表にまとめるか? 思考のプロセスを理解してもらうためのツールとして何があるか? それらを一生懸命考えてもらわねばならないし、私も工夫し続けねばならない。特別な研究報告とか手順書とかではなく、日常的な思考や情報の共有のツールとして、パソコンが使えなければいけない。

少しだけ専門的な話になるが、看護診断はセカンドインパクトにはなり得ない。思考プロセスが脆弱だから。大切なのは、診断ラベルを自分で産み出せる力である。それでも、”敢えて”既存の診断ラベルと照らし合わせて、そちらに表現を譲るとしたならば、それは素晴らしいことだと思う。そして、その過程は協働者達に理解してもらわねばならない。なぜ、その診断ラベルを適応するのか、その基準と妥当性の検証は、共同作業として続けなければ、看護診断は陳腐なスローガンに堕するだけだろう。(私としては、その方が好都合だが,,,)ITとは、そういうものだろう。常にブラッシュアップせねばならない。情報も思考も生鮮食料品と同じくらいの扱いでちょうど良いのだ。

そのような、フレッシュな思考過程を、皆で共有できる可能性が持てたことが、IT革命だと、私は思うのである。ブログやwikiはその典型例だが...。新鮮な食材を全国隅々にまで供給できるようになったのが物流革命とするなら、人々のフレッシュな思考を多くの人たちが共有・保存できるようになったことこそ、IT革命のはずである。写メールで切り取った一瞬や、思い出のデコメール、思いの丈を綴ったブログ、今までだったら風化してなくなってしまいそうな一瞬のひらめきが、ITによってカタチにでき、分かち合える。

そういうスキルを、社会で生かすようになってほしい。IT革命の混乱の渦中に初等教育を受けた、現在の学生達もである。彼らが社会人になった時に困らないように、精一杯の応援をしていきたいと思うのである。決して彼らはIT革命の申し子ではない。もう一度エヴァの話に戻れば、彼らは日向マコト(2015年に24歳)などNERV本部のオペレーターに近い世代だと思う。意志決定は上層部に委ね、前線はチルドレン達に託さねばならない、微妙な存在ではある....でも、彼らの働きがなければ事は動かないだろう。

映画では、第10の使徒にセントラルドグマが破壊された後も、モバイルパソコンで初号機をモニターし続けたマコトの根性に感動した。ああいう、真摯で強靭な遂行能力を、是非学生達にも伝えたいものである。そのためには、私自身がもっと進化せねばならない。

2009年6月21日 (日)

今日の氷上練習('09.6.21.日)

マスターズより1ヶ月ぶりにリンクに降りた。

邦和はいつもの日曜日と同じで、ボーイスカウトや子ども会の団体客が沢山来ていた。教室も相変わらず盛況。リンク経営の収支の状況はわからないのだが、休みの日に沢山のお客さん達が来ているのは、良いことだと思う。

ジャンプは早々に禁止になったが、今日は氷の感覚を戻すことが主な目的だったので、自分には関係がなかった。ブランクが長いといつもそうだが、今日も最初はブレードの乗り位置がわからず、後ろの方に重心がいきすぎてバランスを崩しそうになる。ただ、この時にあわててお腹を曲げたりして重心を戻そうとすると、今度はトゥが氷にひっかかって前につんのめりそうになることがある。なので、練習歴がある程度ある人なら、あわてずにバックバランスのままで滑走姿勢を維持し、少しずつ正しい乗り位置を探る方が安全だし、スムーズだと、私は感じている。

バランスが後ろにいったまま滑るのは怖いこともあるし、持ちこたえられなければ、当然尻餅をつく。でも、慣れてくればバックバランスでも粘りというか、その状態を我慢しながら滑れるし、アウトサイドモホークのターン(真央選手が上手だが)の時などは、重心は後ろの状態で維持していると思うのだ。

で、少しずつ乗り位置を思い出しながら、フォアのスケーティングの練習をしていった。お客さんが多いので、スピードは出さずに、乗り位置を慎重に思い出しながらだったが、自分的には良かったのではないかと思う。ある程度滑ったら、感覚は普段通りになっていた。

昼食休憩でお客さんが引けた時に、バックのスケーティングの練習もした。こちらは重症だった。乗り位置も、滑走中のエッジコントロールも、姿勢の保持も、ほとんど忘れてしまっていた。どちらかというと、私はバックスケーティングの方が好きだし、慣れていると思っていた。でも、ブランクの影響はフォアよりもバックの方が顕著だったようだ。もちろん、滑りながら段々に思い出していったが、バックエッジでの重心の位置は最後まであいまいだったように思う。あと、片足を保持してバック滑走するのが大変になっていた。途中で氷の溝にはまったりして、ひどく転倒したことがあった。普段でもそういうことはあるが、今日は特にひどかったし、バランスを崩した後の修正がきかなかった。

でも、できなかったところは今後取り戻せば良いと思う。今日は、ブランクの影響が確認できただけで成果があったと考えている。バック滑走をしていて、背部の筋力の低下を痛感したので、そこはプールでのトレーニングで戻せていけたらとも考えた。

先生にレッスンしていただき、トゥジャンプの踏み切りのタイミングとループジャンプでの上半身の向きをみてもらった。人は少なくなった時間だったのだが、ジャンプ禁止は解除されていなかったので、踏み切り段階までで回転はしなかったが。過去に指導していただいたのに、自分の中で忘れてしまっていたポイントが多いなと反省した、すみませんでした。それと、マスターズで指摘された事柄を先生に報告し、フットワーク改善の練習法を指導していただいた。

基本的には、今までやっていたスケーティングの練習の難度を少しあげ、コンパルソリに1級課題のフォアのチェンジエッジを入れること(今まではサークルばかりを描いていた。時々はチェンジも練習していたが、あまり一生懸命ではなかった)、スネークのフリーレッグを前に出して上半身の捻りと膝・足首の屈伸を使って大きくエッジを使う練習をすることを言われた。今までのスネークは、両手を広げてバランス保持をしていたのだが、腕に頼ったバランスではなく、フットワークだけでバランスを保つことがフィギュアでは要求されるようである。このあたりの、エッジワークだけでバランスが保てるという部分に、私の大きな不足があり、それを指摘されたのかもしれない。

正直、私にとっては一番苦手なところなのだが(エッジに乗るというのは、言うは易いが行うのは難しい)、良い機会なので、少し頑張ってみようと思う。あくまでも、家計と仕事とのバランスをとりながらなのだが。

エッジに乗ると言えば、逆の体験なのだが、氷上整備が終わってリンクに戻るときに、エッジケースをつけたまま出てしまった。当然、転倒した。でも、エッジケースを外していないことを知らないながらに、「あ、エッジにかからない」とすぐに感じて、あわてずに転倒体勢をとれた。詩子先生の目の前だったので、ご心配をおかけしてしまったが...。

焦らずに転べたことを振り返って、なんというか、自分にもエッジを感じ取る目みたいのがあるのだなと思った。ただ、ズルっと滑ってあわてるのではなく、「これじゃぁ滑れない」と、氷に着いた時点で感じたというのなら、逆に、「ここなら滑れる」というセンサーみたいなものが、氷と自分との間にあるということなのだろう。この感覚を育てていけば、少しずつ、エッジに乗る感覚の精度もあがっていくのではないかと思ったのである。

今日から練習再開します

おはようございます。

相変わらずの日々を過ごしていますが、今日は時間をつくることができ、予算も立ったので、レッスンを受けにリンクへ行きます。氷に乗るのは、5月のマスターズ以来です。靴の点検もしましたが、大きなトラブルはないようです。

陸上トレーニングは、ポツポツとやっていますが、感覚の変化はありません。ただ、部屋に缶詰になって仕事をしていたこともあり、脂肪が腹部・背部、胸部につきはじめ、走るとタルみを感じます。もともと体脂肪が多い体質なので、ちょっと油断するとせっかく落ちた分以上についてしまい、悩みの種になっています。

でも、大人の趣味ですので、真剣にダイエットということはしないつもりです。運動で落ちる分、節制で避けられるだけの体脂肪コントロールが良いかと...。食事量や間食の制限によって、仕事の集中力や心理的なゆとりがなくなる方が、私には由々しきことです。一日中机に向かい、時々間食もすれば太るのは当然ですが、それが仕事なら仕方ありません。摂った分を運動で消費できれば良いですが、運動すらも許されないくらいに切羽詰まった(6月は英論文の和訳の仕事があり....まともに英語に接するなんて、大学入試以来でした。それでも、仮定法とか過去完了形とか覚えている自分がすごいと思った)状態の日々もありますので、

太る=怠け=罪悪という構図は、自分の意識から断ち切りたいと思っています。

余分な脂肪はパフォーマンスにはマイナスなので(とにかく、重い!)、脂肪燃焼と節制には心がけますが、あくまでも、「ある程度」が大事だと思うのです。

お金の方は、かなり苦しいです。この仕事に就いて以来、書籍を買い込んでいますし、スケートにも湯水のように使ってきました。そのツケがいよいよ重みを増してきた感じです。なので、今年はDOIを諦めました。THE ICEも無理だと思います。それで、スケートを辞めて、まだお金のかからないスポーツを探そうと思ったのですが、15万円もしたスケート靴を無駄にして、新規スポーツを始めるための初期費用(テニスだったらラケット、バスケットボールなら靴とか必要ですし、スクール入学金も馬鹿になりません)を工面するのはおかしいと考えました。すごく当たり前の感じもしますが...。で、自分の予算が立てられる範囲内にスケート費用を減額し、それプラス、”つもり貯金”を加えてなんとか続けられる目処が立ちました。

このように、脂肪とツケで重くてアップアップの状態ですが、とにかくリンクに行きます。1ヶ月ブランクが空きましたので、今日は感覚を戻すような練習で終わりになると思います。マスターズの動画を見て、ジャンプの踏み切りに相変わらず難があることがわかりました。ですので、今後は、踏み切りの見直しと改善(特に、ルッツとループ)、それとプログラム中のステップの精度(特にブラケットとループ、あとチョクトゥ...酷すぎ!)あげを当面の課題としたいと思ってます。

今後とも、よろしくお願いします。

2009年6月14日 (日)

しばらく休みます(続きです)

前のエントリーは、かなり欝っぽい状態の時に書きました。病気そのものは完治(かなり理想的な経過をたどったようです。これは、スケートのおかげと感謝しています)していますが、疲れが貯まるとまだ、落ち込みはあります。でも、それは健康な人でもある、いわゆる「生理的反応」の範囲だと思いますし...(笑)。

もうひとつ付け加えで申し上げれば、落ち込みの反動で攻撃的になる自分がいることは、度重なる失敗で認めております。攻撃=口撃で、人様に手を上げることはありませんし、実社会では滅多にないのですが、辛らつな口調になって関係を悪くした失敗はあります。その反動で、普段は慇懃なほどに丁寧なのですが...。特にネットでは、相手の表情が見えませんし、相手からの反応も即座に返ってこないので想像や誤解が膨らみやすく、リアルでのやり取りよりもはるかに、フラストレーションがたまることがあります。それで、お互いに疲労し、感情の摩擦ばかりが大きくなり、結局分かり合えないまま傷つきあうというケースもあります。

ネットは、誤解やわだかまりの吹き溜まりと言っても良いかもしれません。2ちゃんねるくらい、割り切っていれば、楽なのですが...。

失敗の連続で閉鎖した前のブログ(タイトルは同じでした)以来、ネットでの自分の立ち居地や語る内容、そして頂いたコメントの受け留めと、色々考えさせられ、勉強させてもらいました。本当にありがたいことに、現在のブログで頂くコメントは、本当に温かく、フィギュアスケートに対する愛情のこもったものばかりです。本当に、ありがとうございます。細々と、不器用ながらにもブログを続けている者としては、ブロガー冥利に尽きるお言葉です。

ただ、それなので、このブログと今後の自分については、今、すごく悩んでいます。

フィギュアスケートを止めますとは、言い難いです。一部の身近な方々には、引退をお伝えしていますが、先生とクラブの代表には、「しばらく休ませてください」とお願いしてあります。ほとんど毎年のように、止めたいと言ってきたので、次に引退を言った時が最後だと思っています(笑)。でも、私にとっては、それだけ続けるのがしんどかった、本当に、「もうできない、続けられない」と思いながらも、その都度引退を撤回して続けさせてもらってきたというのが、この4年間です。

私のクラブに数人いました大人スケーターは、私を除いたら滑っていません。みな、クラブを去ったか、あるいは練習(役員としては残っていますが)を休止している状態です。それだけ、私の地元でフィギュアを続けるのは、社会人には厳しいのです。

何より、お金が大変です。名古屋までの交通費、先生へのお礼、リンクでの滑走代、その他こまごまとした経費で、毎月4万円の予算を組まねばなりません。冬も先生は名古屋でレッスンをしますので、地元のリンクがオープンしても交通費は変わらずにかかります。シーズン中はそれに、地元リンクでの貸し切り練習代が毎月2万円くらい、プラスされます。

同様に、時間や労力もかなり負担であり、休日出勤ができない状況は、仕事のしわ寄せとなっています。

それでも頑張った成果を発揮する場として、マスターズのような大会があるのですが、5月中旬という、少なくとも私にとっては一番ありがたくない時期というのも、辛いものがあります。3月で地元リンクのシーズンが終わり、4月は新学期で非常に忙しく、氷上はもちろん陸上でのトレーニングもままならない。5月の実習の合間を縫ってのギリギリのスケジュールで、深夜の貸し切りでなんとか氷上の感覚を戻しての演技です。正直、半分くらいのパフォーマンスしか発揮できませんし、「あのくらいしかできないのか...」という惨めさが強く残る結果でした。特に今回は、フットワークの悪さをレフェリーから言われましたが、動画をみたら、確かに足がぜんぜんついていってなかったです。それが自分の実力と受け入れる反面、この状況でそこまで求めないでと思ってしまう自分も認めざるを得ません。それをジャッジに言うことはできませんが...。

社会人として、どうしようもない事情はあります。でも、そこで味わった悔しさ、惨めさが、この一年間の成果・結果だとしたら、今までの頑張りは何なんだろう? マスターズ以降、どうしようもない迷いの中にあります。多分、来年まで頑張っても、同じような不全感は残るでしょうし、炎天下に塩水を飲んで渇きを増していくような矛盾を思うのです。

「もう、頑張れない。これ以上頑張ったら危険。」という水域に差し掛かっています。なので、マスターズ以降、細々と陸トレはしていますが、名古屋には向かえずにいます。仕事もそれを許してくれませんし。

でも、「引退」の二文字を自分から語る勇気がないというのも、正直なところです。

まだできるんじゃないか、なんとか続けられるのではないか?と未練が残る自分もあるのです。何より、音楽が好きな自分だけは否定できないのです。

今、中森明菜の”石狩挽歌”ばかりを車の中で聴いています。彼女は、きっとこれから名を残す歌手になると思います。もちろん、1980年代に一時代を築きましたし、最初のレコード大賞をとった”ミ・アモーレ”は歌謡曲の集大成とも言える完成度だと思います。翌年の”DESIRE”は、当時の彼女のスタイルの完成形のように思えますが、実際には、打ち込み系でミュージックコンクレートを意識したようなアレンジの実験的試みが評価されるべきだと、私は感じています。”ミ・アモーレ”のアレンジは、日本のラテンミュージシャンの松岡直也によるものですが、ホーンセクションの使い方は従来の歌謡曲風で、”歌謡ロック”で一世を風靡したアン・ルイス風に言えば、”ラテン歌謡”の極地のような素晴らしさです。

その中森明菜は、1989年の騒動以来迷走を続けていましたが、カヴァーアルバムでの成功もあり、80年代とは違った歌い方(独特のヴィヴラートは健在ですが)、情感の込め方で今も歌手を続けています。彼女は、私とたった5日しか誕生日が違わないので、なんとなく応援したい気持ちが強いです。基本的には、私は”聖子派”なのですが,,,(チェリーブラッサムは名曲です)。

私たちが10歳の時に北原ミレイが歌った”石狩挽歌”を、40歳を過ぎた中森明菜が歌うのを聞き、なんというか、音楽を大切にすることの原点を感じます。どんなに貧しくても、食うものに困っても、口にできる唄がある。

練習してて時々感じるのですが、自分は音楽のある星に生まれてきた。大気や水の星であると共に、文化や音楽のある星であることに感謝しないといけないのかなと思うのです。今は、楽器もできませんし、歌も歌いません(カラオケなんて、何年間行ってないやら...)。だから、自分にとっての音楽表現は、フィギュアスケートしかないのです。ボロボロになったとしても、みすぼらしい成果しかないとしても...でも、体が動くならば、もしも動かなくなったとしても、それなりに...跳びたい、滑りたい、回りたいという思いはあります。中森明菜の歌を聴くと、「ああ、本当にこの人は、歌うために生まれてきたんだなぁ...」と思います。私の方が5日早く生まれたのですが、同時代にこのような歌手がいてくれるのは、とても心強いものです。

結論としましては、当分は氷に乗れません。経済的な事情が大きいですし、時間の制約もあります。でも、陸上トレーニングは続けていこうと思います。頸の調子は悪く、今もめまいや耳鳴りに悩まされています。でも、筋トレのおかげで症状の悪化を防いでいるという側面もありますし、運動を止めれば身体の不調は更に出てくるはずです。きっとどこかで滑れなくなる時が来るとは思います。あと、私は眼にも病気をかかえていますので、そちらで限界を悟るかもしれません。

でも、まだ、その時ではないと思います。

そして、大学院の勉強もしていますので、そちらを優先させないといけないという事情もあります。来年は修士論文を書きますし。でも、それだけで、スケートを諦める理由にはならないとも考えます。スケートを止めればいい論文を書けるとも限りませんし...。結果としてスケートができなくなるのでしたら、それはその時に判断すれば良いと思います。

家計、心身、仕事、勉強など、さまざまな要因のバランスをとりながら、あくまでも自分にできる範囲で可能ならば、練習していきたいと思います。難しい状況でバランスを保つ、これこそ、フィギュアスケートの極意であり、求められるスキルです。だから、バランス良く、折り目正しく、生きていきたいのです。今は、陸トレをしながら、機を待つしかないでしょう。来年のマスターズは、まず無理だと思いますが、可能性は模索していきたいです。でも、チョクトウさん達と気まずい思いをするのも、良くないかなぁ...と。

今年の演技は、反省も多いし、やり残しも沢山あります。ただ、このブログで、きんときさんがコメントして下さった、「自分たちが頑張った頃を思い出した」という言葉に、救われました。あの曲は、そういう曲ですし、そういう思いを共有したかったので、頑張ってみました。ほんと、大変なんですよ、あの曲。死ぬかと思いました。特に最後の方なんて...。

でも、”アフリカンシンフォニー”が大好きで、あるいは野球選手達を応援するために、吹いてきた、耳にしてきた人達は多いはずです。「曲を聴いて、ああ、この曲か」とmitoさんはおっしゃって下さいましたし。そういう思いを共有するために、頑張ってみるのも、自分たちの楽しみなのかな、とも考えています。

まだ、元気は出ませんし、気力もわきません。でも、止めますとは言えない自分もいます。多分、来年は今年以上の頑張りはできないと思います。杉爺からボロクソに言われるかもしれません(運よく出れたらの話ですが...)。でも、それでも、自分と思いを共有して下さる方がいるのなら、やっぱり頑張れるかな...とも思うのです。

このブログと同じで、細々と、時には厳しいお叱りも受け、時にはわだかまりで反目し合って別れたとしても、それでも命まで捕られる訳ではありませんので、一人でも応援して下さる、共感して下さる方がいらっしゃるのなら、できそうかな...とも思います。

ちょっと休み、仕事に専念してますが、お許し下さい。

なお、ブログの更新はチョボチョボやっています。フィギュア以外のことが多くなりますが、氷に乗れない間のつなぎとしてご理解下さい。お別れの言葉をもらうのが怖いので、コメント覧を一時閉鎖しましたが、もう少ししたら開きます。とにかく、過去のトラウマがあり、時にコメント覧閉鎖をすることがありますが、どうかご勘弁下さい。

どこまでできるのか、わかりませんが、最後までがんばります。

2009年6月12日 (金)

しばらく休みます

マスターズからリンクに降りてません。仕事の関係と体調でしんどい状況にあり、少しずつトレーニングはしていましたが、色々な状況で今後の継続は無理そうです。

マスターズまで、思いっきり頑張れたので、それを思いでにすればいいかなと思います。

止めるとかどうかではないのですが、今は抜け殻みたいな感じです。

こんなブログでも、毎日30人位の人が来て下さったことがなによりの励みでした。コメントを下さった方々一人ひとりに感謝してます。

ありがとうございました
あと、お返しの言葉は結構です。前のブログを炎上させた時のトラウマがあり、円満なブログの閉じ方がわからないのです。あの時のことは反省してますが、今のフィギュアに関するネットの状況をみると、あの時はああせざるを得なかったと思います。
つくづく、業の深いスポーツですね。審(美)と神(聖化)、探(索)の三つのSinがフィギュアをオタク化させ、素人の老化を早めていると思います。でも、自分よりも上手で、自分よりも熱心な大人のスケーターを知ることができて嬉しかったです。
たとえオタクの天下になっても、フィギュアにマニアの情熱は尽きないと思います。

2009年6月 2日 (火)

八木沼純子さんの婚約

昨日、ニフティのサイトで記事を目にした(記事はこちら)。

あんなに素敵な人なのに。。。というか、素敵すぎて結婚できないのかと思っていたが、伴侶は決まっていたらしい。ちょっと残念...でもないか(笑)。やはり、いつまでも輝く女性には支える男性が居るものだなと、改めて感じた。

活況の日本フィギュア界だが、八木沼さんがいなかったら...?と思うこともある。

何より、フィギュアがまだマイナーな時代からプリンス・アイスワールドを引っ張ってきた人だ。伊藤みどりさんという大看板が不在となりながらも、プリンスが続いていたのは、この人の功績が大きいのではと想像する。

現役時代の伊藤みどりさんは孤高の存在のように語られるが、「ジュンジュンや有香ちゃんは、こんなことやっているらしいよ」と山田コーチにはっぱをかけられながら練習していたことが、本(確か”タイムパッセージ”だったと記憶している、時間がなくて確認できません、すみません)に書いてあった。伊藤みどりさんの成長の軌跡には、きっと八木沼さんの姿が映っていたのだろう。

もう一つ、コアなファンの方々にはあまり評価されていないが、タレント性のある解説者としての存在は、荒川静香さんがメジャーになるまでは非常に大切な役割だったと、私は考えている。今のフィギュア人気はテレビ主導であることは、多くの人たちが認めていると思う。それが良いか悪いかは別だが、真央選手や安藤選手達が国民的な人気を博す過程では、八木沼さんの解説ぶりがお茶の間に馴染みやすかったというのは、とても大切なことであったと思うのだ。

乱暴な例えで言えば、塩原アナの(かなり)しょっぱい実況に、八木沼さんの甘みのあるややクールな解説は、塩スィーツのような感じでマッチしやすかったと思う。スィーツというには、塩気が効きすぎているが...。でも、2008年世界選手権、サラマイヤーのフリー演技での二人の中継は見事だったと思う。

結婚は秋ごろということだが、八木沼から改姓されるのだろうか...。

でも、いつになってもジュンジュンは変わらないのかもしれない。

ご多幸とご活躍を祈ります。

2009年5月26日 (火)

For the Next

おはようございます。

今年のマスターズチャレンジカップが終了して、もう1週間が経ちました。

この週末は職場の大学で、全国規模の研究会があったため、私もお手伝いに参加して休みなしで仕事をしていました(ボランティアですが)。そのため、マスターズ以降はまだ、氷に乗ることができていません。日々は、試合のために先送りしていた仕事に追われ、忙しくなっています。今からも、シャワーを浴びたら職場に向かいます。

でも、全ては次のチャンスのためです。

それが発表会なのか、試合なのかはわかりませんが、その時のために練習を続けようと思います。靴は磨かれ、ブレードには油がひかれ、リンクに降りるスタンバイはしてあります。

正直、限界は感じますし、仕事との兼ね合いを考えると今季以上に集中して練習することは、もうできないと思います。事情が許してくれません。なので、今年のマスターズを最高のパフォーマンスの機会として臨みました。「それでも、あの程度か...」というので、気持ちが落ち込んでいます。頸の調子も良くないですし...。

でも、なんか違うな...とも感じています。限界だから、これ以上練習できないから、だから辞めるというのは、大人のスポーツじゃない気がするのです。プロなら立派な引き際ですが、趣味でやっている大人の場合は、「ピークを越えても続けるのは嫌!」というのはすごくもったいない気がします。

おそらく、来年のパフォーマンスは期待できないだろうと、自分では感じています。もう、頑張れませんというか、別のことで頑張らねばならないのです。それでも、自分にしかできない何かが、フィギュアスケートでもあるようにも感じています。「とにかく、頑張れ!」と、もう一人の自分が言っております。リアルでも、ネットでも応援して下さる皆さんも、私が神演技をしてスタオベを受けるなんて期待していないと思います。むしろ、転んでもすぐに起き上がり、曲に遅れまいと演技を続ける、そういう姿を評価して下さるのだと思います。

音楽は、待ってくれないのです。

先生からも、練習中の私のそういう部分は、子供達も見習ってほしいと、言ってくださったことがありました。たとえ満足できなくても、たとえ格好悪くても、それでも頑張る、できる範囲でできる努力を続ける、そういう大人の姿を見て、子供は育つのだと思います。

だから、もうちょっと頑張り続けようと思います。トレーニングの密度は減っても、リンクに降りる時間が少なくなっても、できる時間で頑張る、できるだけ工夫して練習を楽しんでいきたいと思います。

全ては、次のチャンスのため...もう、来年への遠征は始まっています。

皆さんの声に、心から感謝しております。ありがとうございます。

2009年5月18日 (月)

プリンスアイスワールド豊橋公演(取り急ぎ)

おはようございます。

マスターズの応援を、本当にありがとうございました。

報告をブログにアップしたら、その午後にはプリンスの豊橋公演(16時~)にいきました。

詳しいレポは、いただいたコメントへのお返事をしてから着手しますが....

素晴らしかった、沢山の人たちに観てもらいたい!!

という気持ちを速報したいです。

東京公演のプレオーダーも始まっているようですので、チャンスをみて、もう一度行きたいです。評判のアイスチームのシンクロ、なにげに凄いです。軸を移動しながらの二重のサークル(しかも手をつながずステップを踏んで)とか、ブロックでの隊形の美しさとか、あとさりげなくエッグビーターを入れていたと思います。

シンクロスケーターの内田絢子さんのブログ(こちら)でシンクロナイズドスケーティングについておさらいすると、更に面白いかもしれません。

公演全体を通して、質が高く楽しめるショーになっています。スケート仲間3人で観に行きましたが、皆満足の公演でした。退場時に後ろの方からは、「お金払って来ただけの甲斐があったね」というご婦人の声もきかれました。

ぜひ、多くの人たちに観てもらい、来年・再来年と続いてほしいと願っています。

2009年5月17日 (日)

'09マスターズチャレンジカップの振り返り

昨日、東伏見のダイドードリンコアイスアリーナで開催された第15回マスターズチャレンジカップに出場しました。最後の選手の演技が22時近くに終わり、それから帰途について、今(17日6時)に着きました(パーキングエリアで仮眠をとったので)。

結果から報告すると、10人中6位で入賞(8位まで)となり、表彰状をいただきました。

昨年は10人中8位でしたので、順位が二つ上がったのは嬉しいです。でも、得点が技術・プレゼンテーション共に2.2くらいで、昨年の2.0(くらい)に比べてあまりあがらなかったのがショックでした。演技時間を1分から2分30秒に増やし、ジャンプやステップの数と種類も増やしてもらったので、2.5点を越えることを期待していました。でも、昨年からの大幅アップとはならず、前に滑走していた方々が3点を越えてきたので、得点を見た時にはちょっと落ち込みましたし、「これだけ練習してもダメなのか...」と限界も感じました。

ただ、着替えのために戻って少し落ち着き、ジャッジの先生方が何を要求しており、自分はなぜそれに応えられないかを理解しないといけないと、考え直しました。評価されないのには理由がある、それは社会生活をしていて、とことんわかったことです。ならば、教えてもらえるものならば教えてもらう、自分で気づかないといけないことなら考える、そう思い、帯同して下さった先生のところへ戻りました。

ちょうど、私達のグループの最終滑走のkemeさんの演技が始まるところでしたので、先生と一緒に観ました。彼の演技には先生もびっくりしたようで、滑りのなめらかさと空中で軸がとれるジャンプ(トゥループとサルコウをダブルで降りたと記憶しています)に感心していました。マスターズがこんなにレベルが高い大会だと思わなかった、ともおっしゃっていました。

その後で、私の演技の反省会をし、トゥジャンプとループジャンプの踏み切りが両足荷重になっていること、ストレートラインで苦手なステップ(ブラケットとループ)で失速してしまうことが得点の伸び悩みの原因ではないかと教えてもらえました。

あと、いわずもがななのですが...スピンの失敗と最初のジャンプ(シングルアクセル)がスリーになったことは、私の方から先生に言いました。スピンは、頸への負担が大きすぎて、日ごろから練習できないことは先生に言ってあります。やりすぎると次の日に起きることができないくらいめまいが起こるのと、シット姿勢で回ると頸が痛むのです。頸部周囲の筋肉を増やして、少しずつスピンも練習できるようになっていますが、かなり慎重にしています。頸は大事です。

なので、スピンができない分点数が出ないのは覚悟のうえですが、それでも...(一応)シットに入るところで前向きに転んでしまい、あれは残念でした。練習不足のバチかもしれません。曲かけ練習では、ヘロヘロながらも3回は回ってからアップライトに変化できていたのですが...。

あと、最初のジャンプの失敗は、自分でも許せないタイプのものです。ああいう失敗はいかん!!反時計回りのモホークからアクセルに入るところを、間違えてトゥループの入りになってしまい、パニクリました。多分、気持ちを落ち着けようと、コールされる前にトゥループを一回跳んだのがまずかったと思います。このジャンプが一番好きなのですが、今回のプログラムではコンビネーションのセカンドでしか入ってません。なのに、前の演技者の得点表示の間に単独で跳んだりしたので、最初のジャンプで混乱したのだと思います。

プログラムに予定されていない動きは、演技直前にすべきではない。

考えても、自分に腹の立つ失敗ですが、良い勉強になりました。もっとも、シングルアクセルは、まだツーフットでしか降りれないので、いずれにしても課題は残ったままです。なので、この失敗がなくても点数はあまり変わらなかったと思います。

とにかくファーストジャンプはきちんと降りる。この重要性を思い知りました。

マスターズの素晴らしいことですが、世界選手権でのレフェリーのご経験のある先生方や国際審判で現在も活躍されている先生方がジャッジして下さいます。そして、レフェリーの先生が演技後に控え室で一人一人に講評をして下さるので、非常に勉強になります。

昨年同様、私達のグループは杉田秀男先生がみて下さり、私の演技も講評して下さりました。その後でもお話(フィギュアスケートでのジャッジングの観点など)を個人的にうかがう機会もあり、そこでも私の演技の課題を追加で指導してもらえました。

特に言われたのは、フットワークの悪さです。腕では一生懸命表現しようとしているのはわかるが、脚がそれについていってない。全身で曲を表現することは大切だし、たとえ技術では選手達に劣っても、曲の表現は大人でもできるはずである、と言われました。

そのためにも、正確なエッジワーク、クリーンなスケーティングは大切であり、プログラム中に両足で滑る部分が多いのも気になったとのことです。

これらのことは、”アフリカンシンフォニー”の練習中に自分でも課題としてあげていたことですが、全然できてなかったんだなと、ホロ苦い思いで聴いておりました。でも自分が感じていた課題と、杉田先生(2005年までISUのレフェリーで、現在も審判をチェックする仕事をISUから任命されているーWikipediaによるー先生ですよ)が言われたことが通じているようで、少し嬉しかったです。

ジャンプに関する課題と併せ、インストラクターの先生と相談していけると思います。その意味でも、今回、インストラクターの先生に帯同して頂いたことは本当に良かったです。

その他、リンクを一杯に使うこと、ジャンプだけでなくスケーティング(フットワーク)やステップ、プレゼンテーションの質を上げて、プログラムをパッケージとして評価されるようにしないと点数は低くなること、難易度の追求はやはり大事であるがその前提としてクリーンな技術が求められること、そういうことをジャッジはみているとも教えていただけました。そして、聴いて感動する曲とフィギュアで感動が伝わる曲は異なることがあるそうです。自分の技量に合わせた曲を選ぶこと、空間を通して相手に伝える思いを持つことが大切ともおっしゃっておられました。

もちろん、私の頸のことは杉田先生はご存知ないはずですが、それでもスピンのマズさには触れられなかったのは、先生の優しさかなと思います(指摘するのが可愛そうなほど、ひどかった...泣)。頸部の故障は整形外科の先生とも相談していますので、できる範囲で、頑張っていきます。

正直に言うと、もともとスピンは嫌いだったので、怪我を言い訳にしている部分もあるかもしれません。A様(元クラブの先輩で、現在は名古屋在住、今回マスターズにも参戦)に話したら、自分は酔い止めを飲んで練習しているとのことでした。「負けた! この人には勝てない...」と思います。もちろん、頚椎ヘルニアがある以上、私は無理しませんが。

あと、杉田先生からは、アフリカの雰囲気を出そうという衣装や演技の意図はわかったと言われました。「でも、足元が...」とのつながりなのですが、振付からニュアンスを理解して表現するのは自分ですので、その自分の努力はある程度、実を結んだのかなとも感じます。振付では、動作や滑走コース、各種エレメンツの内容やリンク上の位置取りについて教えていただくだけです。「ここはこんな気持ちで...」とか、「こんな雰囲気で...」というようなニュアンスとか意図に関する指導は受けておりません。大人ですので、曲や振付の解釈は自分でするのが一番だと私も思いますし、おそらく先生も私に任されたのだと思います。

今回の演技では、自然の営みと人間のプリミティブ(本源的)な動きを意識していました。それが、演技が雑になった原因かもしれませんが...。でも、練習中はとても楽しかったし、昨日の本番中も、無心に演じていました。

というか...真っ白だったのですが...(汗)。

最初のジャンプでパニくったので、「まずい、次転ぶ、ルッツ降りれない...あれ、おりちゃった...あ、じゃぁ次のサルコウで転ぶ...あれ? あれ?  とにかくストレートラインに入らないと...(ストレートライン中)...やけに会場が静かだな、みんな白けちゃったのかな...それでもやんないと...」と、ものすごくネガティブモードでした。

それでも転ばずに済んだので、「よーし、ラストまで!!」と気を取り直して、シット(仮)に入ろうとした瞬間に両膝を突きました。「あ!」と本当に声を出してしまい、後悔した時には、最後のジャンプシークエンス(フリップ→トゥループ、ホップしてサルコウ)をやってました。

よくわからないのですが、心は乱れていたのに身体は動けたのは、練習のおかげかもしれません。とても嬉しいです。心身ともに充実して演技できるとは限りませんので、常に悪コンディションを想定して練習していました。もちろん、基本的にはポジティブシンキングなのですが、悪いときにも悪いなりに滑りきれるのも練習成果だと信じてます。

身体的には、とてもコンディションが良かったです。もちろん、仕事や移動の疲労は感じていました。でも、それは仕方ないです。当日午前3時からの貸切練習もしましたが、地元で顔なじみの子達が、お母様方と一緒に参加しました。わざわざ東京まで来て1時間半の貸切に乗るのって、子供達にとって意味があるのかな...とも思いますが、彼らの先輩(私と一緒にマスターズに出場しました)と私への応援も兼ねているということで、子供達もすごく楽しみにしていたそうです。

将来が期待されている子達ですので、長距離・夜間の移動→初めてのリンクでの曲かけ練習は、もしかしたら将来への良いシュミレーションになるかもしれません。なので、今年も敢行して良かったなと、つくづく感じます。来年は...お子様方の意見を聞いてから決めます。

もちろん、私も良い練習になりましたし、今年は出番が午後3時30分からだったので、2時くらいまで車の中で熟睡できました。ただ、打ち込んでいる今、気づいたのですが、運転席では脚を伸ばせずに寝てました。脚の疲労抜きでは問題があったのかもしれません。それは、来年の懸案とします。そうだとしても、昨年に比べればコンディションはとても良かったです。昨年失敗した、靴ひものトラブルも今年はなく、思いっきり滑れました。

やはり、5分間練習では緊張が先走りましたが、途中で先生のところに行き、「緊張しているみたいです。落ち着いてやります。」と話すことで落ち着くことができました。やはり、心強かったです。

振り返ってみると、収穫がとても多い大会でした。他の方々と同じ2分30秒のプログラムで10人中6位ですので、今の私の実力は、この組のアヴェレージのやや下ということだと思います。残念な結果ですが、昨年からはアップしてますので、来年も同じようなアップを目指していけたらと思います。

具体的には、順位5位、得点で2.5点が目標として現実的だと思います。このクラスの上位と中位とは点数に少し開きがあるようですので、4位以内は結構大変だと思います。でも、目標はノルマではないので5年・10年後を考えながら楽しみにしていきたいです。

大会運営に携わって下さった方々、審判役員の先生方、帯同して下さった先生、会場やネットで応援して下さった皆様、そして一緒に参加した方々、多くの人たちに感謝します。

«アフリカン・シンフォニー